2/素敵な先輩方





「あ、そういえばさ、シア、サークルとか入るのか?」
 通学時。
 隣で完璧な女装をしている男があたしを見下ろしながら尋ねてきた。
 いつも通りに二人分の朝食を作らされ、いつも通り弁当も作って、いつも通りの通学最中に、唐突に。あたしは少し不機嫌にナオのほうを見上げる。
「入るわよ」
 しばし答えようか迷って、隠してもしょうがないし、あたしは素直に答えた。
 実は大学に入る前から決めていたのだ。大学のサークル。いわゆる部活動には必ず入ろうと!
「何に入るか決めてんの?」
「あったり前よ」
 大学パンフレットで活動内容を見た時から、絶対入ろうと決めていた同好会。
「何にはいんの?」
「聞きたい?」
「いや、別に」
 ちょっと! そこまで煽っといてそれはないでしょ!?
「聞けよ!」
 平手付きで突っ込むと、待ってましたといわんばかりに満足して頷く。ただ単に突っ込まれたかっただけかい。まぁ、いいわ。
「フフフ。聞いて驚くなかれ。その名も、手芸同好会!」
 すばらしい!
 手芸同好会。それは清純な乙女が集う花園。
 っていうかそれも大いに選んだ理由にもあるのだが、一番の理由はやっぱり活動内容。何をするかというと、その名の通り、手芸をするわけなんだけど、やる内容がなかなかにレベルが高い。
 パッチワークなども出展して賞とかとってるし、刺繍なんかも芸術! これは見たことがあるんだけど、遠くから見るとまるで絵画のように細かく鮮やかなのだ。
 あたしはそういう細かい作業が好きな分、かなり興味がある。まぁ、作業は地味っちゃ地味なんだけどね。
「手芸同好会ぃ??」
 しかし、どうやら予想外の答えだったらしい。ナオは「はぁ?」となんと表現すればいいのかわからないような表情を浮かべていた。
「はぁって何よ? そんなにおかしい?」
「いや、おかしくはないけど……シアのことだから運動系だとばっかり思ってた」
「は? 何で運動系なのよ」
「なんとなく、イメージ的に」
 イメージ的にって……確かに運動は嫌いじゃないけど、高校までの体育の成績もよかったけど。
 でもそれよりあたしは手芸が好きなのさ。
 出来上がったときの喜びといったらもう! たまんない。
「何で手芸?」
「細かい作業が好きなのよ」
「案外家庭的な奴だな」
 ボソリとナオがこぼす。
 あたしはそれにピクリと反応して、奴の耳たぶを引っ張ってニコリと笑うと、思いっきり耳元で叫んでやった。
「悪かったわね! 案外で!」
「うぎゃっ!!」
 手を離すと奴はしゃがみ込み、両手で耳を塞いだ。もう遅いってば。
「おま……いきなり何すんだよ!」
「うるっさい! あんたが余計なこと言うからよッ」
「褒めたんだぞ!」
「あんたが言うと貶しにしか聞こえないのよ!」
 もしくはバカにしているかのどっちかだ。癇に障ることには変わりないけど。
 全く。誰かさんのせいで朝から叫んじゃったじゃない。喉痛いし頭いたいし!
「ちょ……ちょっとまてよ、シア!」
 一人早歩きするあたしを、ナオが追いかけてくる。あたしは奴を無視したまま、さらに歩く速度を速めたのだった。



 +++++



 放課後。
「ほへぇ〜。ここが部室かぁ」
 千夏が感嘆の声を上げる。扉の前であたしとナオ、そして千夏の三人が立ち並んでいた。
 扉には可愛らしく手芸同好会というプレートが張られている。
 何でこんなところで突っ立っているかというと、学校に着くなり、ナオが朝の会話を千夏に話し、千夏も面白そうと入部を希望したからだ。
 それで、放課後早速入部しに行こうという話になってしまったのだった。ナオに至っては、あたしが行く所には例え興味がなくとも共にするんだとさ。奴のことはもうこの際どうでもいい。
 あたしは回想を打ち切り、目前の扉を凝視する。いざ入部となると、緊張するなぁ。
 部員とかどんな人がいるのかも知らないし、雰囲気とかもやっぱ気になるし……あたしは色々思考をめぐらせながら、運命の扉を開けた。
「あら、お客さん?」
 扉を開けて、一発目に発せられた声。おっとりした優しそうな響きのそれは、もの珍しいものでも見るかのような口調だった。
 あたしはその声で視線を上げる。その瞬間、滝に打たれたような衝撃を受けた。
 お、お、お姫様がいる――――――っ!!
 第一印象はそれだった。ふんわりと長い髪をゆるく巻いて、可愛らしく小首を傾げているキレイなお姫様風お嬢様が、そこにいた。
「あのですねぇ、わたし達入部を希望しにきたんです」
 あまりの可愛らしさに見惚れていると、千夏があたしの変わりに答えた。それで我にかえる。
「まぁ、入部希望者さんなの? 嬉しいわ、じゃぁ、新一年生ね」
 喋り片までお嬢様だ。なんとも大人の女性って感じ。
「さぁさぁ、中に入って? 今お茶を入れるから。あ、確かこの間先生に頂いたお菓子もあったわねぇ」
 言いながら、お姫様はせっせとお茶を入れてくださる。なんていうか、歓迎されているととってもいいのか、これは?
「はい、お口に合うかわからないけれど、よかったらどうぞ」
 ニッコリ笑顔でお茶とお菓子を進めるお姫様。
 うぉぉ、生きててよかった。こんな美人にあえるなんて! なんていうか、ナオとはまた違ったキレイさだ。
 もっとも奴は男だけど。
「やり! ちょうど腹へってたんだ。遠慮なく〜」
 隣で唇を舐めながらナオがお菓子に手を伸ばす。くそう、雰囲気ぶち壊しやがって、この男。思いながら反対側を見ると、こっちもこっちで遠慮など欠片もないらしく、幸せそうにクッキーを頬張っていた。
「それで、入部希望なのよね? ちょっと待ってね、もう少しで帰ってくると思うから」
 お姫様はあたし達三人が横に並んだ向かい側の席に座り、微笑みながら言った。
「誰か来るんですか?」
 そういえば、結構賞とか取って目立っているはずの同好会にしては、部員とかいない。目の前にいるお姫様だけだ。あたしは不思議に思いながらも尋ねる。
「ええ。会長がね」
 会長。なるほど、同好会の長ですな。
「今、今度出展する作品の買出しに行ってるの。あの子、素材選びは自分でやらないときがすまない子だから」
 あの子?
「あの、会長さんと……えっと、先輩、は親しいんですか?」
 口調からして何だか親しそうだ。先輩後輩の関係にしても、会長の方が学年が上なのでは? それにしては、このお姫様の方が立場が上のような発言だし……
「ええ。同級生で幼馴染だから」
「同……っ!? え、と、すみません、先輩は何回生ですか?」
「私は二回生よ」
 二回生? 二回生が会長!? ってことはつまり?
 まさか、他の部員って……
「喜べ、梢! ちょうどセール中で材料が安く手に入ったぞ!!」
 尋ねようと思った言葉を思わず飲み込んでしまうくらいの勢いで部屋の扉が開け放たれ、嬉しそうな声があとに続いた。
 あたしは、もといあたし達は驚いて、部屋に入ってきたその人物を振り返る。
「……って、あれ? 客?」
 入り口に立って荷物を抱えているその人物は、あたし達の存在に気づいてきょとんと目を瞬かせている。
 まるでどこぞの国の王子様といわんばかりの容姿。というか、男!?
 そう、サラサラの茶髪に、すらっと身長高く、キリッとした面立ちのキレイな、男がそこに立っていた。
 ちょっと待ってよ。ここ女子大よ? まさか第2のナオじゃ……それにしては堂々としすぎてるけど。
「おかえりなさい、啓。聞いて喜んで。入部希望者よ」
 しかし、お姫様は何の疑問も浮かべず王子様に慣れた様子で返事を返している。
「マジ!?」
 しかもそれに王子様は露骨に喜んでるし。まって、今の状況飲み込めないんですけど。
「マジで君達うちの同好会入ってくれんの? んじゃ、さっそくこの入部用紙に記入を」
 ニッコリ笑顔で王子様は紙切れを手渡してきた。うわ、今の笑顔、普通の女の子なら卒倒もんだよ。
「啓、その前に自己紹介しないと」
 受け取ったはいいものの、躊躇っていると、助け舟といわんばかりにお姫様が王子様に突っ込む。
「あ、そっか。ゴメンゴメン、紹介が遅れました。手芸同好会のリーダー、相楽 啓(サガラ ケイ)です。ちなみに二回生だよ。んで、彼女が副リーダーの幹枝 梢(ミキエダ コズエ)。同じく二回生」
 リーダー、副リーダーってアンタ……戦隊ものじゃないんだからさ。
「よろしくね」
 しかし、お姫様は何の違和感も感じさせずにニコリと笑う。ああ、もう。この笑顔の前では突っ込めない。
「よ、よろしくお願いします」
 あたし達三人は慌てたように同時に挨拶を返した。っていうか部長が男だというところの部分を説明してください。
「びっくりぃ〜。まさかプリンス啓様がこの同好会の会長だなんて」
 疑問に思っていると、横で相変わらずクッキーを頬張りながら、感動したような表情で千夏が小さくあたしに耳打ちする。
 てか、何? そのプリンス啓様って?
「プリンス……?」
「えぇ!? もしかしてシーちゃん知らないの? 有名だよぉ? 女にして見た目王子様な先輩は、大学内じゃその名を知らない人はいないってくらい人気者なんだよ。みんな敬意を込めてプリンスって呼んでるの。FCまであるしね」
 はぁ? てか、女の人だったのか……どう見ても男に見える。男くさい男じゃなくて、さわやかキレイな男って感じだ。
 ちなみに今の会話はあくまで小声である。
「しかも相方はあのプリンセス梢様。ダブルで有名だよ」
 プリンスの次はプリンセスか。でも、それはよくわかるわ。あたしも最初マジでお姫様がいるって思ったもん。
「でも嬉しいねぇ。早速後輩ができちゃったよ」
「憧れだったものね、啓は。後輩を持つのが」
 二人はそれぞれ笑い合う。う〜ん……傍から見ると理想のカップルって感じだ。それにしてもこの光景、かなり眼の保養。
「あのさぁ、一つ聞いてもいいッスか?」
 しかしそこで、一人雰囲気をぶち壊す奴が身を乗り出した。もちろんナオだ。しかも思いっきりタメ語だし。仮にも相手は先輩よ!? しかも学内生徒が公認するプリンス&プリンセスよ!?
「ん? 何かな?」
 だが、先輩は気にとめることなく小首を傾げてナオの疑問を待っている。何て人のいい。
「他の部員は?」
 が、奴がその台詞を吐いた瞬間、先輩の顔から表情が消え、動きが止まった。
 嫌ぁぁ!! 何? 何をいってしまったの!? ナオのばかぁ! 何か気に触ること言っちゃったんだよ、絶対! じゃなかったらこの異様な雰囲気は絶対におかしい!!
「先輩?」
 あたしと千夏は咄嗟にこの異様さに気づいてお互い顔を引きつらせているのに、当の本人は全く気づかないほどの鈍さ。
 あぁ、このバカどうにかして……あたしは渋面しながら頭を抱えた。
「それには私が答えるわね。簡単に説明すると、今この同好会には私と啓の二人しかいないの」
 先輩。それ簡潔すぎますね。しかも直球ときたもんだ。
「部員が二人だけ? なんでまた? そんなにマイナーな同好会なのか?」
 おい!! そこのバカ!
 ちったぁ、口を慎め!! 貴様も直球過ぎるわ!
 あぁー、もう終わりだぁ〜。今度こそ怒られるぅぅ……あたしは祈るような思いで先輩の反応を伺った。
 その顔はきっと怒りに引きつっているのだろう。
 けれど顔を上げると、意外や意外。相楽先輩は苦笑したような何とも言えない表情を、幹枝だ先輩は相変わらずニコニコと微笑をそれぞれ浮かべていた。怒っているようには見受けられない。
 その事実にちょっと安堵しながらも、あたしはこの反応の意図がわからず首をひねった。
「はぁ。そうずばっと言われるとなぁ……」
 ぇ!? 先輩、ナオの言ったこと正解なんですか!? マイナーなの? この同好会。だってあれだけ賞とかとってるのに?
「マイナーというよりは、なんでか部員が入ってくれないんだよ。いや、最初は入ってくれるんだけどさ。どういうわけか大半がやめていくんだよね」
 先輩は不思議そうに首を傾げながら、唸るように呟く。あたしはそれを聞いて妙に納得してしまった。
 そりゃぁ、誰もが認めるプリンスが、ルンルンな顔してコマコマと縫い物してる姿を見れば、居た堪れなくもなるだろう。
 おそらくそのあまりにも似つかわしくない光景に、涙しながら去っていったんだろうなぁ……
「つかさぁ、部員二人でよく廃部にならないよな」
 ナオの台詞にハッとする。確かに……それはそうだ。
 っていうか、もう少し気を使った発言はできんのか! 直球過ぎるわ! 思いながら、あたしは奴を思いっきり睨む。その視線を感じ取ったのか、ナオは引きつった笑みを浮かべ、顔をそむけた。
「ふふ。それには色々と事情があるのよ。まぁ、細かいことは気にしないで」
「はぁ」
 あたしはそれに生返事を返す。
 あからさまに何かあるな。まぁ、先輩相手に突っ込みは憚るから止めるけどさ。
「で、今の話を聞いてもまだ入部する気はある?」
 先輩は話を当初の話題に戻し、あたしの顔を覗きこむように、不安げに尋ねてきた。
「入りますよ。だって、そういう作業が好きだからこそこの同好会に入部希望したんですし」
「マジで!? やった! 梢、やっと念願の後輩!」
 先輩はパァァッと顔を輝かせ、ガッツポーズを決める。にしてもアンタ、何やっても格好いいですね。
「おめでとう、啓」
 ニコリと微笑みながらパチパチと手を叩く幹枝先輩。あなたも何やっても可愛らしいですな。
「んじゃ、早速ミーティング始めよう!」
 先輩はあたしの手をブンブンと振りながら、嬉しそうにホワイトボードを叩く。
 こうしてあたし達三人は、素晴らしい先輩方のいる手芸同好会へと入部したのであった。



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