2/熱い気温、寒い懐





「なぁ、なぁ! 旅行とか行きたくない!?」
 開口一番それかよ。しかもまぁた、思いつきでそういうこというし。
「あんたにしてはまともな意見だけどもさ……」
「だろ〜?」
 いや、誉めてないし。
「あんたと二人でなんて嫌だからね」
「やっぱ避暑で北海道っショ!」
 聞いてないし。つか北海道は驚嘆過ぎじゃないか?
「なぁ〜、行こうよぉ、旅行」
「行かない」
「何でだよ」
「なんで男と二人で旅行なんか行かなきゃならんのよ。ジョーダンじゃない」
「ぶぅ」
 ぶぅじゃないわよ。何よ、それ。
 突っ込もうと思って口を開きかけた瞬間、あたしの携帯が鳴った。
「誰だろ?」
 あたしは携帯を手に取り、電話に出る。画面には千夏と名前が出ていた。
「もしもし?」
「今から行くからぁ!! すぐに行くから!」
 ぶちっ、ツーツー……ってなんとも空しい音が響く。
 何? 今の何? 用件早過ぎだろう!?
 というか、こんなこと突っ込んでる場合じゃない。
「ナオ! 早く部屋っ、部屋戻って!」
「あ? 何で?」
「千夏がくるのよっ」
「は? ちなッチャンが?」
「そうよ! だからあんた、ここにいるんなら女装! 女装してからこいっ」
 この間みたいに鉢合わせなんてゴメンだ。変に勘ぐられるのもいい気はしないし。
「あ、そか。解った」
 ナオは素直に頷いて自室に戻って行く。それと入れ違うように、チャイムが鳴った。
 あ、あぶね――――!
 あたしははやる心臓を抑えながら、玄関の戸を開ける。
「シーちゃんっ!!」
「ぐはぅ」
 開けた瞬間タックルかよ。や、やるな、千夏……
「何、どうしたの」
 いきなり泣きついてきた千夏に、あたしは少しばかり戸惑った。またなんかあったんだろうか。
 どっちにしても、波瀾が起きそうな予感。
「バイト!!」
「へ?」
「バイト一緒にやってほしいの!」
 ち、ち、ち、チーン……
 その単語を呑みこむのに約三十秒かかったわい。いきなり何を言い出すかと思えば。
「バイトぉ?」
 しかも一緒にやれって……
「なんでバイト?」
「そ、それは色々と入用なんですよっ!」
 なぜか頬を紅潮させながら叫ぶ。……なんだかなぁ。すぅぐ顔に出るなぁ、千夏は。
 どうせ橘 壱とどっか旅行でも行くってところかねぇ。はぁぁ……おぼえてやがれ橘 壱ッ!
「シーちゃん?」
 メラメラと闘争心を湧き立たせていたあたしを不思議そうに見上げながら、千夏は首を傾げている。うっ。かわいいなぁ、ちくしょうっ。
「まぁ、別に付き合うくらいいいけど」
「ホント!?」
「うん。でも、何で一緒にしなきゃなの?」
「あ、それはぁ、わたしバイトってしたことなくて。だから……」
 つまり? 一人じゃ不安だから一緒にやってくれと?
「なるほどね。で? なんのバイト?」
「それが……わたしそういうのよく解らなくて。なんかいいバイトないかなぁ?」
 いいながらあたしを見つめるのやめて。その子犬のような潤んだ瞳攻撃はやめて頂戴。
「わ、解った! 探すっ。探すから!」
「ホント? ありがと〜! さっすがシーちゃん」
 つってもバイトねぇ。やっぱこの場合は短期になるのか。夏休み開けても続けるってのは面倒だし。そこまでお金には困ってないし。千夏もそうだろうし。短期のバイトねぇ。
 すでに夏休み入っちゃってるし、すぐに決まるようなバイトっていっても……
「あった……」
「え?」
「一つだけあるわ、短期のバイト」
「え!? ホントに!?」
 つい口を滑らせた後で、あたしはしまった、と深く後悔するが、すでに後の祭り状態だった。
「どんなバイト!?」
「……仲居さん」
「仲居さん!? 旅館とかの? すごぉーい! 着物とかって憧れてたんだぁ。そこにしようよ!」
「で、でも」
 でも、あれは……
「ね? ね? 決まり!」
「え、そんなあっさり!?」
「何々なんの話?」
 考えなおすように指摘しようとした時、ナオがヅラ装備で入ってきた。なんてタイミングの悪い。
「あ、黒ッちぃ。あのね、今仲居さんのバイトしようって話してたの」
「仲居? 面白そうじゃん! アタシもやりたい!」
「うんっ。みんなでやろう! 決定〜」
「や、でもっ」
「そういえば、どこの旅館?」
「へ?」
「この辺に旅館なんてあったけ?」
 千夏がうーんと首をひねる。さすが地元っ子。
「あのさ……」
 非常にいいにくいのですけど。言わなきゃだよね、やっぱ。二人とも目を輝かせてあたしの言葉を待ってるし。
「その、きょ、京都」
 間が開いた。
 ざっと三秒ぐらい静寂が流れる。
「「京都―――――!!?」」
 ああ、予想通りな反応。そうよね。やっぱ驚くよね。京都なんて行くだけでお金かかるもんなぁ。
「私京都行ったことないんだぁ! 何か旅行行くみたいっ」
「京都かぁ。綺麗な町だよなぁ」
「へ?」
 いや、しかし。それ以降の反応は全く予想外だった。ぜったいブーイング来ると思ったのに、なんか二人ともあからさまに嬉しそうなんですけど?
「京都まで行ってバイトかぁ。じゃぁ、バイトしつつ旅行、みたいな?」
「女三人旅〜」
 や、三人じゃないし。ナオは一応男だし。って、突っ込めるはずもないけど……いいの!? ありなの!?
「でも何で京都? しかも何で短期のバイトやってるって知ってんだ?」
 はたと現実に戻ってきたナオが、不思議そうにあたしに尋ねる。
「そ、それは……」
 できればあんまり言いたくないなぁ。特にコイツには。
 どう言い訳しようかと色々と思考をめぐらせていると、またそこでタイミングよく携帯が鳴った。あたしはナイスタイミングとばかりにかかってきた電話に、相手も確かめずに出てしまった。
『あ、シアちゃん!? ママだけど! 今夏休みよね? 暇よね!? 暇ね! SOSなの!! 帰ってきてくれるわよね!? え? 帰ってきてくれるって? ありがとう! それじゃ、まってるから!』
 ブチッ。ツーツー……
 またこのパターンかよ。
 ていうか、あたし一言も喋ってないじゃん。携帯を虚しく眺めながら、肩を落とす。千夏のバイトの話がなくても、結局帰らなくちゃならないわけか。
「誰から?」
「母親」
「お袋さん? なんだって?」
「帰ってこいって」
「「え!?」」
 言った途端、二人が声を上げる。
「そんなぁ〜。それじゃぁ、バイトは?」
「京都巡りは?」
 いつの間にか目的が旅行に変わってるし。小さく溜息をつきながら、あたしは前髪をかきあげた。
「心配しなくても、バイトはするわよ」
 あたしの場合、ただ働きなんだけどさ……あの地獄を味わうのか、今年も。
「でも、実家に帰るって」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。全然問題ないわ。だって、あたしの実家も京都だから」
 こうなったら、悪いけど二人にも犠牲になってもらおう。
「そっかぁ! だから京都の旅館で短期のバイトがあるって知ってたんだ?」
「え? あ、あぁ……まぁ、そういうこと」
 千夏がグッドに勘違いしてくれた。よし。そういうことにしておこう。
「じゃぁ、京都に行くってことでオッケーね?」
「うんっ」
「おう」
 二人とも意気込みよろしく頷いた。よしよし。これでもう、泣こうが喚こうが変更ナシだからね。
「じゃ、出発は二日後ってことでいい?」
「「ラジャー!」」
 ビシッと二人そろって敬礼の真似。そういうとこだけ息ぴったりだよね、あんたら。
「では、みなさん。頑張りましょ――――!」
 千夏が力強く言い放つ。
 オー! とナオも腕を振り上げた。えぇーいっ、あたしもこうなりゃ自棄だ!
 三人一緒に意気込み、気合を入れる。

 こうして、みごと悪夢の幕開けとなったのだった。



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