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1/おかえりなさい





 あはは……
 ついちゃったよ? あっさりとご到着しちゃったよ?
「ふわぁ、すっごいおっきな旅館だねぇ」
「老舗旅館、って感じだな。すげぇ趣きがある」
 あたしの心情そっちのけで、後ろの二人は感嘆の声を漏らす。
 はは……そりゃどうも。二人の言う老舗旅館ですっごく大きくて趣きがある旅館こと、揺藍(ヨウラン)。この旅館こそが……
「! シアちゃんっ!? シアちゃんじゃないの〜!」
 突然旅館の中からでてきたその人物に抱きしめられる。
「「!?」」
 あたしは慣れたものだが、ナオと千夏にとっては予想外の自体なのだろう。驚きをかくせないでいた。
 つかよ、強く締めすぎだってばさ。
「ぐっ……く、くるし……」
「おかえりなさぁい! 待ってたのよ〜」
「は、はなし……て」
「もぅ、すっごく忙しくて、やっぱりシアちゃんがいないとダメねぇ」
 やばいって。息できないって……
「っ! だぁっ! いい加減はなさんかあぁぁぁ――――っい!!」
 我慢の限界でした。
 あたしはありったけの力でその人物を引き剥がす。
「いい加減にしてよね!」
「あぁ〜ん、シアちゃんったら冷たぁい」
 着物の袖で顔を覆いながら、大げさに泣き真似なんかし始める始末。
「なぁ、この女性は?」
 ことの成り行きを見守っていたナオが、こっそりとあたしに耳打ちする。あたしは盛大に息を吐き出して、目の前の人物を真っ直ぐ見据えた。
 品のいい着物に身を包んだ女性。
「ここの旅館の女将」
「「女将さん!?」」
 ナオと千夏がハモった。
「始めましてっ」
「あ、は、始めまして!」
 それぞれ緊張気味に挨拶を交わした二人に、女将がニコリと微笑んだ。
「シアちゃんのお友達かしら? はじめましてぇ〜。揺籃の女将でシアちゃんの……っんぐ!?」
 言いかけた女将の口元を、あたしは咄嗟に手でふさいでいた。あぶねぇあぶねぇ。事実を知られないに越したことはない。こうなったら隠しとおしてやる!
「あっはっは。女将さん、彼女達はあたしの大学の友人で、黒知 凪嗚と壱原 千夏さん」
 瞬時に話題を変える。あたしはじたばたと暴れる女将を解放し、ニッコリ笑顔で二人を紹介した。
「ぷはっ……はぁ。シアちゃん、いきなり何を……」
「二人ともバイトしに来てくれたのよ」
「え? まぁ、それじゃぁ、助っ人なのね!?」
 途端、きらきらと目を輝かせて、二人に喰いついてくれた。あたしはそれに胸をなでおろす。この人の扱いにはもう慣れたもんだった。
「シアちゃんがいつもお世話になってます〜。わざわざ遠いところをバイトに来てくれるなんて、いいお友達ねぇ」
「言っとくけど、バイトとして雇ってもらうんだからね? ちゃんと給料出してよ?」
「当然じゃないの。世の中ただ働きなんて言葉は存在しないんだから。あ、シアちゃんに限りそれは有効だけど」
 うぇ。やっぱあたしはただ働きなんだ……
「あ、あのぅ……」
 あたし達の会話を断ち切った、やけに遠慮がちな千夏の声。あたしはそっちに視線を向ける。それを追うように女将も振り返った。
「お二人の関係は? 何かやたら親しそうだけど」
 んぎゃ!? なんでそう鋭い疑問を投げかけますかな!
 さすが学内トップなだけはある! ほら見ろ、女将めっさ暴露しそうな勢いじゃないか。
「うふふふ、良くぞ聞いてくださいました。私とシアちゃんは……」
「ただの知り合いです」
 女将が言う前にあたしが断言する。
「昔からよくしてもらってるの」
 うーわー……本人目の前にしてキツイいいわけだ。
「シアちゃん!? 何を言って……」
 案の定、抗議しようとあたしを振り返る。ナオと千夏は微妙に首を傾げながらも、特に疑ってる様子もない。よし、このまま押せばイケる。
「厭だわ女将さん。女将さんこそ何言ってんの〜。さ、この話はこれまでこれまで。二人とも疲れてるだろうから、とりあえず部屋に案内してくださいな」
 半ば強引に話を切り上げ、あたしは女将の背を押す。いまいち状況が飲み込めてない彼女は、終始疑問符を放っていた。進むあたし達の後を追うように、ナオと千夏もついてくる。
「あたしはすぐに手伝いに入るけど、二人は明日からでいいよね?」
「え? ええ、もちろんよ。今日は長旅で疲れているでしょうし。シアちゃんも今日くらいゆっくりしてもいいのよ?」
「いいわよ。慣れてるし、この状況じゃそんなこといってられる余裕もないでしょ」
 旅館に入るなり、バタバタと足音荒く走り回っている仲居さんの姿。はぁ。毎年見てきたけど、今回やけに人少なすぎじゃないの?
「また、人減った?」
「あら、解っちゃう? 最近の若者はダメね。すぐに根を上げちゃうんだから」
 それは貴方の指導が厳しすぎるからじゃないですかね? 陰で何ていわれてるか知らないのだろうか?
「それじゃぁ、とりあえずお部屋にご案内しましょうね」
 忙しそうに動き回る仲居さん達を後目に、女将が踵を返す。何食わぬ顔で廊下を進んでいると、顔見知りの仲居さんに遭遇した。
 あたしは咄嗟に顔を背け、ササッとナオの背後に隠れる。気づかれたら終わりだ。
「大女将。そちらお客様ですか?」
 女将自らが案内してることに仲居さんが首を傾げている。うちの女将は案内は滅多にしない。お客様の各部屋の挨拶周りと旅館の経理などが主だった。
「いいえ。こちら、明日から働いてくれるバイト生よ」
 告げた途端、仲居さんが目を輝かせた。文字通り、キラリン、とまぶしい閃光を放つ。そりゃそうだろう。
 これだけ人手不足なら、僅かな人材でも喜びの対象だ。
「それより、早く仕事に戻りなさいな」
 突如厳しい口調になった女将に、ナオと千夏が唖然と女将を見つめた。先ほどまでとは偉く違う雰囲気に、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。あたしは慣れたものだったが。
「あ、はい! 申し訳ありませんでしたっ」
 仲居さんも慣れたもので、ナオ達ほど怯えてはいないものの、やはり注意されたことに少し動揺を見せながらこの場を去って行く。
 あたしは気づかれなかったことにホッとし、胸をなでおろした。
「さぁ、こちらですよ。どのくらいまでこっちにいられるのかしら?」
 ある一室の前で歩を止め、部屋の戸に手をかけながら、女将が振り返る。
「二週間くらいかな」
 それ以上は千夏のスケジュール上、滞在は難しい。橘 壱との約束があるらしいからね。ケッ。
「そう。じゃぁ、それまでこの部屋自由に使っていいから。着物も部屋に置いてあるの、解るわよね?」
「うん」
「それじゃぁ、二人とも。今日はゆっくり休んでください。温泉もあるから、行ってみることをお薦めしますわ。旅の疲れもすぐに吹っ飛びますよ〜」
「「温泉!?」」
 すぐさま二人が飛びついた。単純だ〜、この二人。
「ええ。場所はシアちゃんが知ってるから、案内してあげなさいね。それでは私は仕事がありますから」
「あ、はいっ。ありがとうございます」
 二人は声をそろえておじぎをする。それにニコリと女将は微笑んでから、退散していった。とりあえず、嵐は去った。
「んじゃ、まぁ、中に入って休憩しますか」
 あたしが中に入るよう二人を促して、しばしの休憩を味わうこととなった。



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