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3/鬼神





「蓮の間のお客様、お食事は何時?」
「あ、さっき聞いてきました! 六時半だそうです!」
「ねぇ、お子様用の浴衣サイズ、他になかったっけ!?」
「あ、ありますよっ。私とってきます!」
 バタバタと、仲居さん達が走り抜ける。すげぇ、メチャクチャ忙しい!
「仲原さんっ、料理出す時間だけど、六組以上は重ならないようにしてますよね!?」
「わ、若女将っ! はいっ、それ以上は人手が足りないので、ちゃんと配慮してます!」
「ありがとう、私も戦力として出るけど、色々と大女将が融通がきかなくて。大変だろうけど頑張ってくださいね、皆さんっ!」
 仲居とは違った、シアは仕立てられた女将用の着物を身ごとに着こなし、さっきからバシバシと無駄なく指示をだしていく。
 ちなッチャンはシアお墨付きの仲居さんの指導のもと、あちこちと駆けずり回ってる。俺は一応女装してる立場から、大概シアと行動を共にしていた。これも彼女の配慮だとは思うんだけどな。
「ナオッ! 次、行くわよ!」
「へいっ!」
「返事ははい!」
「はい」
 こんなやり取りを繰り返しながら、いつもとはまるで別人の様子のシア。なんというか、女将だ、という感じ。威厳があると思うぞ、これは。
 さすが仲居さん達の信頼が厚いはずだ。
「っていうかさ、なぁんで黙ってるかな? 自分が若女将だってこと」
 その事実を知ったのはつい先日のことだ。一瞬何をいわれたのか理解できず、たぶんそん時の俺は目が点状態だったと思う。ちなッチャンも同様だろう。
「う、うるさいなっ。別に自慢するようなことじゃないし、知られなきゃ知られないでいいと思ったからよ!」
「ふぅ〜ん? あ、でもこれってもしや逆玉?」
 だって、有望された未来の老舗旅館の女将だぜ? スゲェな俺。将来は支配人とかか? 逆玉の輿ひゃっほう!
「はぁ!?」
 何気なく呟いた言葉に、過剰な反応が返ってきた。心底嫌そうな顔を浮かべて、シアが俺を悲観している。そこまで嫌な顔しなくてもよくないか?
「あんた何バカなこと言ってんの!?」
「何って、普通に考えたら逆玉だなって」
「何がどう普通なのよ! さも将来結婚するみたいなこと言うなボケッ!」
「ボケまで言わなくても」
「もう、無駄なこと考えなくていいから、さっさと働く! それでなくても忙しいんだからッ」
 いい合うだけ無駄、といった感じで、シアが会話を切り変える。むぅ。若女将モードのシアは反応がつまらないなぁ。
「イエッサー」
 けど一応バイトという立場から、返事だけは返しておく。
「返事はハイ! 二回目っ」
「はいっ」
 条件反射で答えてしまった。まぁ、別に問題はないが。
 むしろ問題があるのはここ数日の仕事場の空気の方だ。なんていうか、まるで戦場。女の戦い。
 はっきりいうが、怖い。無言の威圧。耐えられねぇ。
 そして、『鬼神』の恐怖。
 そう。この旅館には『鬼神』がいる。間違いなく『鬼神』だ。これほど的確な表現はないというほど、ぴったりと当て嵌められた表現。
 その名を囁かれている人物が……
「藤の間のお客様、食事に卵は使わないでほしいとのことよ。急いで作り変えるように連絡してちょうだい。全く、こういうことはお食事の時間を尋ねるときに聞いておくものよ? いった誰が担当なの、気が利かないわ」
「わ、私です。すぐに伝えますっ」
 女将の絶対零度の怒りが、新人仲居を竦ませる。絶対的な存在と威厳。
「そこ! 廊下をバタバタ走らないっ」
「は、はいぃっ」
 さっきから前線基地で指令を出しまくっている、旅館の女番長。大女将である揺亜さんその人である。シア曰く、彼女は『普通モード』と『仕事モード』の二つの顔を持ち、みごとに使い分け、後者バージョン時は容赦がない。
 僅かな失敗も、あの冷笑が許しを与えない。
 だからというか、従業員は一向に減るばかりで、こんな多事を強いられているわけなんだが。俺そろそろ身体が限界に来てます。
 だって、労働時間12時間以上ってどうなんだよ!? 半日だぞ!?
 それに苦も言わずさらにそれ以上働いてるシアを、俺は思わず尊敬してしまったほどだ。なんというか、雰囲気がまるで違う。いつもみたいな突っ込みとかがなくて、若女将として客の相手をしている姿は、何とも惚れ惚れするほどの辣腕さ。余裕すら感じる。確かにあの大女将が全信頼を寄せるだけのことはあるな。
「ナ・オちゃぁ〜ん? 動きが止まってますよ! ボサッとしてる暇はないのよ!」
 女将の指摘に俺は打たれたように現実に引き戻された。
 そうだった。ボサッとしてる暇はねぇんだよ。これから各部屋の挨拶周り。大女将に代わって若女将がこれを努めて、俺はそれの付き添いと補助。
 ちなッチャンは今頃配膳に目を回していることだろう。俺もこれが終わったらそっちに助っ人に行かなきゃならないわけだが。
「しっかし……」
 俺は思わず零す。
 シアと共に一室一室を尋ねていくと、ここの旅館は殆ど常連によって成り立っていることが解ってきた。
 客が無駄に金持ちそうだということも。
「まぁ、若女将。随分と成長なさってぇ」
「瀧川様。いつも当宿をご愛用くださいましてありがとうございます。今年も観光めぐりですか?」
「えぇ、旦那と二人で。この歳になると旅行くらいしか楽しみがないのよ」
「お元気なことが何よりですわ。旅行を楽しめるなどまだまだ若い証拠です」
「相変わらずお上手だこと」
 おほほ、とばーちゃんは品よく笑った。やはり常連さんのようだ。俺の計算によると、八割近くが常連を占めているとみた。
 シアは難なく会話を弾ませて、切りのいい所で切り上げると、部屋から退出しようと立ち上がった。それに続く前に、食事は何時ごろかを確かめる。二人揃って部屋を出た。
 聞いたことはすぐメモだ。何しろ客が多いだけに、いちいち記憶していられない。メモ帳とペンは常備。
「にしても、流石だなぁ」
「何が?」
「客を捌くの」
「捌くって……接客できないとこんな職業にはつけないもんでね」
 皮肉めいた口調で返され、俺は小さく息を吐き出した。褒めたつもりだったんだけどなぁ。
「無駄話は後! 次、いくわよ!」
「はいっ」
 俺もなかなか、返事が板についてきたような気がした。


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