3/思わぬ収穫





「あらやだ、こんな所に固まってどうしたの?」
 突然にかけられた声で、一気に空気の温度が変わった。あたし達は咄嗟に声のした方を振り返り、そこにいた人物を見つけると、様々な表情を浮かべる。
「揺亜」
「お母さんっ」
 声をあげたのは親父とメアだ。残りのメンバーはあたしを含めて結構逃げ腰だったりする。なぜならば、声のトーンが仕事モードのものであったからだ。ジュンに至っては、元から母親の二重人格を受け付けないらしい。
「まぁまぁっ、愛亜ちゃん? 珍しいわねぇ、こっちに顔を出すなんて」
 しかし、メアの顔を見た途端、通常モードに切り替わった。表情が明るくなり、嬉しそうな笑みを浮かべる。それに、あたし達三人が安堵の息をついたのは言うまでもない。
「えへへ、ちょっとお母さんにお話があったんだけど、お出かけしてたの?」
「えぇ、ちょっと私用でね。それで話って?」
「ん? んーと……ここではちょっと」
 言いながら、ちらりとメアはジュンを垣間見た。すぐに目線を逸らすが、あたしもジュンもその一瞬を逃さない。ジュンは明らかに怪訝そうな顔を浮かべた。
「あらお願い事? 直隆さんではダメだったの?」
「うん。お父さんはダメ。お願いごとじゃないの」
 メアに悪気はない。告げる人物が相当ではないといいたいのだろうが、何というか言い方が不味かった。
 案の定、親父メッチャ傷ついた顔してるし。かなりショック受けてるし。あれは三日は立ち直れないね。なんといっても、親父はメアに激ラブ激甘で溺愛しまくってるんだから。
 あたしが長女でしかもこの旅館の跡継ぎだから、甘やかすこともできずにその分矛先がメアにいっちゃったんだろうと思うけど、あたしからいわせれば今の状況は良かったと思ってる。あたしがメアの立場だったらぶっちゃけウザイから。
「お願いごとじゃなかったら相談? でも相談なら淳隆にいつもしているのに、淳隆はダメなの?」
「……うん。ジュン君じゃダメ」
 メアはいい辛そうに、それでも声を絞り出す。その返答に、当然ジュンは激ショックを受けていた。リアクションが父親にそっくりだ。やはり親子というべきか……
「なんだよメア! 俺には言えないことか!? 隠し事するのかよ!?」
 当然ジュンは気に入らない。反論を繰り出す。でた、ジュンの過保護、多干渉っぷり。
 家はぶっちゃけたところ、メアが中心になっている。家族がまず一番に気にかけるのはメアであり、その中でもダントツでジュンはメアに甘い。
 双子という特殊な立場にあるせいなのか、二人の間には他人には踏み込めない絆ってやつがある。にしても、奴のメアに対する態度は過剰だと思う。メアのことになるとジュンは人が変わる、極度のシスコンだ。
 ジュンの世界はおそらく、メアを中心に回ってんだとあたしは断言する。
「か、隠しごとじゃないもんっ。ただジュン君には言えないのっ」
「それ十分隠し事だろ!? 何で母さんには言えて俺にはいえないんだよ!」
 普通なら全く問題ない傾向だと思います。同性の兄弟ならまだしも異性同士で今まさに思春期を向かえたようなお年頃な娘が、兄にではなく母に相談するのは至って普通だと思います。
 突っこんでもいいッスか。つーか突っこんでやりたい。
「だって、言えないんだもん……」
 やばっ、泣きそうになってる! あたしは咄嗟に親父を振り返った。当然の如く包丁を構えている。
 今までの親父の態度で解るだろうが、メアを溺愛するもの同士、ジュンと親父は何かと対立しているのだ。
 っていうか親父! これ以上状況がややこしくなったら収拾つかなくなるから、包丁投げだけはやめてください!
「ちょっとちょっと! はい皆さん落ち着いて――っ!」
 あたしはわざと声を張り上げた。一斉に全員の視線があたしに集まる。よし、親父の手が止まった。最悪の事態はこれで免れたわ!
「二人とも喧嘩しない。ジュン、メアにも一つや二つ、あんたには打ち明けられない悩みってもんがあるのよ。女の子になら誰にだってあるのよ。だからあんまり追い詰めないこと。つーかそろそろ妹離れをしろ」
 あくまでにこやかに、でも口調は命令で。
 ジュンはあたしの言葉に、悔しそうにグッと息を詰める。そんなあたし達の様子を、元凶であるメアはハラハラとした様子で見守っていた。
「とにかく。喧嘩はしない。男なら引くことも大切よ? そう、男ならっ」
 あたしはやけに男の部分を強調する。半分はナオに言い聞かせるためであるが、当の本人はすでにこの会話に飽きてしまったのか、つまらなさ気に欠伸しながら、全く聞いちゃいねぇ。
 肝心なとこいっつも聞いてないんだから!
「やっぱりさすがはシアちゃんね〜」
 女将が感心しながら言った台詞に、親父がうんうんと頷く。……あんた達がやらないからあたしがしつけてんじゃんか。もうちょっと親らしいことをしてくださいよ、頼むから!
「そうだわ。折角だからシアちゃんに相談にのってもらったら? 愛亜ちゃん」
 へ?
 すみません、女将たん? 今何と仰いました? また状況がややこしくなりそうな発言を……あたしは掌で額を抑えた。
「シアちゃんに任せておけば間違いはないもの」
「うん、そうする〜」
 メ〜ア〜! あっさり提案に乗るなぁ……あたしはがっくりと項垂れる。
「じゃぁ、相談にのるなら時間がいるわね。明日は一日仕事オフにしましょう」
「え! マジ!?」
 思わぬ台詞に、あたしは食いついた。さすが女将。メアのことになると甘い。甘すぎる。
「えぇ。ついでにナオちゃんと千夏ちゃんもオフにするわ。せっかく京都まで来たんだから一日くらい観光したいでしょう?」
「マジで!?」
 その女将の台詞に食いついたのはナオだ。すでに会話に飽きていた奴は、途端に生き生きとした表情を浮かべる。
「マジマジ〜。あ、次いでだから淳隆と愛亜ちゃん、案内してあげなさいな」
「何で俺が!?」
「うん、いいよ〜」
 双子の意見が割れた。メアの返答を聞いて、ジュンは目を丸くする。珍しい、二人の意見が別れるなんて。
「……メアがいいなら、いい」
 そしてやっぱりおれるのはジュンなのか。顔を背けてそっけない態度をとりながらも、メアの意見を受け入れる姿は何とも健気に見えてくる。
 あたしはそんなことを思いながらも、仕事オフの方が嬉しくて、すでに気分はそっちに傾いていた。帰省してからずっと働きづめだったから、一日仕事オフってのかなり嬉しい。
 メアに感謝すべきかな、この場合。相談には乗らなきゃだけど。
「やったシアー! 観光観光っ、京都巡り〜! ちなッチャンにも伝えてくるな!」
 小躍りしながらナオは足取り軽くこの場から去って行く。よっぽど嬉しいんだろうなぁ。きっと千夏と一緒になって小躍りどころか舞い始めるに違いない。
 容易に想像できて、あたしは苦笑した。
「それじゃぁ、今日は明日の分まで働いてもらいますよ」
 ふふふっ、と不適な笑みを零し、瞬時に仕事モードに切り替わった女将。ぅおぅ、過酷労働が待ってるのね……だけど明日休みだから断然やる気はあるもんね!
 あたしは女将の台詞に、珍しく力強く頷いたのだった。


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