1/親バカ炸裂





「詩亜ちゃん、忘れ物ないわね!? ハンカチは? ティッシュは持ったの?」
 女将が忙しなくあたしの周りをうろちょろと動き回る。それにため息をつきながら、あたしは前髪をかきあげた。
「あのねぇ……子どもじゃないんだから。それにそんなもの忘れてたって対した支障にはならないわよ」
 せめて財布とかケイタイとかいう単語は出てこないものかね?
「え? あら、そうねぇ。私ったら、嫌だわ」
 失敗失敗と舌を突き出しながら、女将はおどけてみせる。いい加減、自分の歳を自覚してください。
「そう言うな。揺亜は寂しいんだ」
 料理長こと、父があたしの肩に手を乗せ、前方で柱にぶつかるという世にも珍しい光景を披露した母を指差した。
 た、確かにあの鬼神女将らしからぬ落ち着きのなさ。やっぱり、娘が目の届かないところに行くっていうのは親にとっては寂しいものなのかしらね。そういえば、あたしが上京するときもこんな感じだった気がする。 そう思うと、ちょっと居た堪れない気分になってくる。
 二週間という期限を終え、あたし達は今日から東京へ帰る。やっとあの地獄から開放されると思うと嬉しいような寂しいような気もした。
「ホントに帰っちゃうの? 寂しいよぅ」
「そうだぞ。まだ休みあるんだろ? もっとこっちにいればいいのに」
 見送りにきたジュンとメアが、それぞれわかりやすい表情を浮かべながら詰め寄ってくる。ジュンは不機嫌そうに、メアは縋るように目を潤ませながら。
 前者はともかく、後者の態度には何だか良心を痛めつけられるような錯覚さえ覚えた。あたしって、妹に弱すぎ……
「また帰ってくるわよ。何だったらあんた達が遊びに来たっていいしっ。ね?」
 説得するように告げると、二人とも渋々頷く。
「絶対遊びにいくからね。シアちゃんもまた帰って来てね?」
「当たり前でしょ。それまでいい子にしてるのよ、メア。ジュンとも喧嘩しちゃだめだからね」
「うんっ」
 なんつーか、まるで会話が親子のようだわ。まぁ、もうメアなんて娘のようなものだけどさ。
「さぁてと、そろそろ出ないと。新幹線の時間もあるし」
「まぁ、もうそんな時間? また来てくださいね、ナオちゃん、千夏ちゃん。今度は遊びにでも」
「「あ、はいっ」」
 ハンカチを咬みながら、今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、女将は二人の手を握る。
「あの、お世話になりましたっ」
 千夏が貰い泣きしながら女将の手を握り返す。ナオもうんうんと頷きながらそれに混じっていた。
「ほら、いつまでやってんの! おいてくわよ」
 旅館の広い玄関を出て、あたしは二人を呼ぶ。それに答えるように返事を返し、二人とも荷物を持って近づいてきた。見送りメンバーもその後に続き、門の前でお別れとなる。
「あ、そうだわ、詩亜ちゃん」
 別れを告げ、いざ門を出ようと足を踏み出したあたしの腕を突然引っ張り、母が顔を寄せてきた。
「ちょっ、な……」
「なかなか良い子を見つけたわねぇ」
 悪態をつく前に、母があたしの耳元で囁く。
「は?」
 何のことか解らずに、あたしは目を見開いた。母の顔を凝視するが、にっこりと微笑んでいるだけだ。それは、あまりにも穏やかで、慈しむような。
「ママ、ナオちゃんがお婿さんになってくれたら嬉しいわぁ」
 は……?
 ちょっと待って、今なんと?
「ちょっ……母さん!? な、何で……っ!」
 もしかしなくとも、ナオが男だって、ばれてる……? ばれてんの!?
「何でって、どう見たって女の子の体型じゃないし、私服では解らなかったんだけどねぇ、やっぱり着物を着ると解るわね。長年見てきているし」
「じゃ、じゃぁ……初日からばれてた、ってこと?」
 あたしは荒れ狂うような動揺を内心に鎮め、冷静を装って尋ねる。
「もちろんよ。ねぇ? 愛亜ちゃん」
「うん」
「へ!?」
 いつの間にか母の横に佇んでいたメアが、ニッコリと笑みを浮かべながら頷いている。ていうか、メアにまでばれてたの!? やっぱりあの金閣寺の時それらしい素振り見せてたけど、ばれてたんですか!?
「ちーちゃんは知らないみたいだったから言わなかったんだけど、会った時から解ったよ。だって、ジュン君と同じ匂いがしたもん」
 うそーん! ま、マジで? メアにそんな特殊能力があったとは知らなかった……
 っていうか、母とメアが知ってる時点で、父もジュンももちろん知ってるってことよね? それで、ジュンのあの態度? あ、ありえん……
「ナオ君が義兄ちゃんになってくれたら、私も嬉しいな」
 おいおい? 何でどいつもこいつもナオとあたしをくっつけたがるの!
「それに、ナオちゃん恋占いの石でもちゃんと辿りつけたし! これはもう時間の問題ね」
「ちょ、ちょっと! あたしの気持ちは無視!?」
 叫ぶと、母とメアはきょとんとした顔を浮かべた。え? 何、何でそこで意外そうな顔するわけ?
「……だって詩亜ちゃん、あなたナオちゃんのこと好きじゃない」
「は? 好きじゃないわよ! ちっとも!」
 何をわけの解らない勘違いをしてるんだこの母親は。
「だって、女装してるって解っても傍にいるくらいなんだから。何だかんだいっても、詩亜ちゃんナオちゃんといるとき楽しそうだったし」
「あんな顔今まで見たことなかったもん」
「いい顔してたわよねー?」
「うん、してたしてた」
「なっ……」
 指摘されて、あたしは返す言葉が見つからなかった。だって、自分でも気づかないところでそんな顔してたなんて……嘘でしょ?
 ていうか、相手が女装してるの解ってて認めてるんですか、家の家族どもは……寛大なのか何にも考えてないだけなのか。
「何話しこんでんの?」
「!」
 突然にゅっと背後から伸びた腕に両肩を掴まれ、あたしは叫びそうになるのをすんでで抑えた。
「な、ナオッ!? ちょ、離して!」
「あらあら、ラブラブねぇ」
「私応援してるからね! 頑張って、ナオ君っ」
「ちょっ! 何言ってんの二人とも!」
 ニッコリスマイルを浮かべる二人に、あたしは慌てて叫ぶ。
「何の話?」
 何のことか解らないような顔をして、首を傾げるナオ。よ、良かった。本人解ってないのが唯一の救いだわ。
「ナオちゃん、詩亜ちゃんのことよろしくね」
「え? あ、はいっ」
「なっ、も、もう帰るわよ! ほら、ナオ!」
 珍しく母親の顔なんか浮かべるものだから、本気で動揺してしまう。あたしは半ば強引にナオの手を引っ張り、母から遠ざけた。千夏が最後にぺこりと頭を下げ、あたし達の後を追い、そのまま門を出る。
「また絶対きて頂戴ね! 詩亜ちゃんも、休みごとに帰ってくるのよー!」
「もう絶対帰ってこない――――ッ!!!」
 見送りメンバーの声を背に、あたしは力強く叫んだ。


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