3/帰宅と、熱と、看病と





 ……帰ってきた、帰ってきたわ、自宅にっ。
 長かった。この二週間がとにかく長かった。
 あたし達は東京に到着後、結局ナオのおごりで焼肉を食し、その後に解散となって、たった今自宅へと帰ってきたのだった。やっと長い長い旅が終わったような気分。
 ちなみにナオはそのまま自分の部屋に帰った。夜の八時を回っているし、何だかんだいってもあの労働は相当堪えて疲れも溜まってるはずだから、今日はおそらくこっちには来ずにそのまま休むだろう。
「あー、我が家ってやっぱいいわぁ」
 身体を四方に思いっきり伸ばして、買ってきたミネラルウォーターに口を付ける。
「我が家って……まるで俺とシアの家みたいに聞こえるな」
「っんぐ!?」
 危うく水を吹きだしそうになった。あたしは咄嗟に振り返る。
「な、ナオ!? あんたいつの間にっ!」
「さっきからずっといたけど」
 さらりと告げるナオ。いや、そういうことではなくて……
「何でここにいるのよ!?」
「は? いっつもいるじゃん。何を今更」
「いや、そうだけど、ってそうじゃなくって!」
 確かにいつもあたしの部屋に入り浸って入るけど、それは認めるけど、そうじゃなくて、疲れてるくせに何でわざわざこっちにくるのよ?
「さっさと寝なさいよ! っていうか、何かあんた顔赤くない?」
「え? そうか? 心配してくれんの?」
「っ、あたりまでしょ。熱でもあるんじゃないの? ふらついてるようにも見えるけど……」
 流石にあたしだって、そこまで非常な人間じゃないわよ。身近な人が体調を崩すようなことがあれば、心配だってする。
「……」
「? 何よ? 黙り込んじゃって。って、ホントに顔赤いけど、大丈夫なの?」
「あーいや、これは多分嬉しくて」
「は?」
「いっつも否定してたから、今も当然否定されると思ったんだけど、あっさり肯定されたからさ、嬉か……」
 言葉は、途中で途切れた。ふらりと、ナオの身体が傾ぐ。
「なっ……ナオ!?」
 床に倒れる前に身体を支え、なんとか顔面直撃は免れた。あたしは突然のことに反応が少し遅れた。
「ナオ? ナオ!? どうし――――っ!」
 身体を何度か揺するが、反応がない。身体を起こそうとしてふれた首筋が熱いのに気づき、あたしはハッとしてナオの額に手をあてる。
「凄い熱……」
 マジで熱があったのか……まぁ、あれだけ働いた後で、シメといわんばかりに焼肉ー! とかってはしゃいで無理すれば、熱の一つや二つでるかもしれないわよね。
 きっと、今までの疲れが一気にでたのだろう。あたしも、最初に見習いとして仕事に出た次の日には、熱はないものの疲れで半日寝込んだことがある。慣れない過剰な労働で体に限界がきてたのだ。
 あたしはナオの肩を掴み、半ば引きずるようにしてベッドまで運ぶ。正直、ナオの部屋まで運ぶ元気も体力もなかったから、ここはあたしのベッドで我慢してもらおう。看病するのにもその方が都合がいいし。
「全く、世話の焼ける……!」
 ナオをベッドに放り込むように寝かせると、薄いタオルケットをかける。それから急いで氷枕を作り、頭の下に敷いてあげた。
 その間も、ナオは苦しそうに喘いでいる。熱を測ると、38.6℃という高すぎる体温の数値が表示された。
「予想以上に高っ。病院に連れていった方が……」
 でも、無理に動かすのもかえって逆効果になるかもしれない。ここは、少し様子を見た方がいい、か。あたしはベッドの横にイスを持ってきて、腰を降ろす。
 汗が玉となってナオの首筋を流れる。それをタオルで間隔的に拭ってあげながら、何度か氷枕も変えた。それ以外にはすることもなく、かといってテレビもつけられないし、寝るわけにもいかないので、あたしはしばらく読書することにした。
「……し、ぁ?」
 何時間経った頃か。擦れたような声に、あたしはハッとしてナオを見やった。昏々と眠り続けていたナオが、薄っすらと瞳をあける。
「ナオ? 気が付いたの? あんたね、自分が熱あるってことくらい自覚しなさいよ。いきなり倒れるから驚くじゃない」
「ごめ……」
「謝るくらいなら最初から熱なんか出すんじゃないの」
「はは、きびし……な。シア、は」
「当たり前でしょ。それより、薬飲む? 疲れからきてるんだろうけど、少しは楽になるかもしれないし」
 問うと、ナオは微かに首を横に振った。
「苦いから、嫌だ……」
「あんたねぇ」
「寝てれば、治る。も、少し、ベッド……貸してくれ、な」
「ナオ?」
 呼びかけてみるが、返事がない。どうやらまた眠りに入ったみたいだ。薄っすらと額に汗を滲ませて、眉を顰めている姿は、痛々しい。
 もとはといえばあたしがこき使ったせいでもあるわけだから、責任を感じてないわけじゃない。やっぱりいきなりあの労働には無理がありすぎたんだ。慣れてないナオなら余計に。千夏、大丈夫かしら。
 にしても、熱があるなら自分の身体の異変にも気づいていただろうに、それを言わないなんて、変なところだけ意地っ張りなんだから。
 軽口は叩くけど、辛いことも厭なことも、本心は、肝心なことは一度だって口にしたことがない。それが意図的になのか、無意識になのかは、今のところ解らないんだけどね。
「ホンット、いっつも自分勝手なんだから……」
 あたしは肩を落とす。
 思えば、ナオの女装発覚から、いきなりの告白に次いで、日常は振り回されっぱなし。今だって、こうやって心配かけまくってるわけで、ホントナオに関わるとろくなことがない。
 でも、それでも一緒にいるのは、やっぱりナオのこと好きだから、なんだろうか……?
 思うも、どうもそれを自覚できない。母さんの台詞にそう思い込まされているだけなのか、事実ナオのこと好きになってしまったのか、そこら辺の区別が付かないのだ。まぁ、どっちにしてもあんまり納得したくないんだけどさ。
 一つ嘆息しながら、ナオの額に浮かぶ汗をタオルで拭ってあげる。ぎゅっと、少し湿ったタオルを握り締めた。
「大体あんたが熱なんか出すから、考える時間が増えて、ややこしいことになるのよ」
 目の前に本人がいれば、厭でも考えてしまうというものだ。あたしは思考をとめるように軽く頭をふる。
「それに、落ち着かないったらありゃしないのよ」
 いくらろくなことがなくても、振り回されっぱなしでも、やっぱりいつもみたいにバカやって、はしゃいで、迷惑かけまくってくれるナオの方が、ナオらしいんだから。
 だから……

「早く、元気になりなさいよ」


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