3/キズつける。キヅかされる。





 ねぇ、知ってる?
 きっと、あんたは気づいてないんだろうけど、あたし本当は、結構今の生活気に入ってたのよ?
 何だかんだ言って、あんたのことも今じゃ普通に受け入れてるし、いないと物足りないと感じるようにまでなったのは、あんたが四六時中あたしの周りをうろちょろするからで、それに慣れてしまったから。
 最初は絶対受け入れられる日なんて来ないと思ってた。
 女装してまで女子大に入学してあたし達を騙し続け、その理由も言わないあんたのことなんて、絶対許せる日は来ないって思ってたんだから。
 でも、今じゃそんなの忘れかけてる自分がいる。
 どうでもよくなってるあたしがいるんだよ。
 それよりも、あたしは今のあんたの態度の方が気になるし、許せない。
 ねぇ、そんなに嫌だったの?
 だったら、その場で言ってくれればよかったじゃない。
 「いきなり抱きついたりするな」って。黙ってちゃ解らないし、何でそんな風にあたしのこと避けるのかも、言ってくれなきゃ解んないよ。
 だから……
「大人しくとまれバカナオ―――――ッ!!!」
 逃げてんじゃないわよこの女装男がっ!
 あたしは逃げ回るナオをひたすら追いかけた。ちなみに何でこんな追いかけっこをしているかというと、委託簡単な話である。
 買出しに出たナオを探して見つけたはいいが、あたしの姿を見るなり逃げたナオを条件反射のごとく追いかけてしまったために、引っ込みがつかなくなったからだ。
「とまれ! 止まりなさいッ、逃げるなァァァッ」
「無理! だって止まったらシア容赦なく殴りかかってくるつもりだろ!?」
「当ったり前でしょッ!? 一発殴んないとあたしの気がすまないっつーの!」
「じゃぁ絶対止まれねぇ――――ッ!」
 なんですって? 生意気な。
 かくなる上は、あれしかないわね。
「あんたがそう出るなら、いいわ。受けてたとうじゃないのっ! この女そ―――――」
「わーわーわああぁぁぁ!!!」
 うわ、ものすっごい勢いで戻ってきた。やっぱ効果絶大だわね。
「ひ、卑怯だぞ!」
「逃げる方が悪いんじゃない」
「それは……」
 言い淀み、視線を外すナオ。やっぱり、まだ怒ってるの?
「ねぇ、ナオ? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれて構わないから」
「え?」
「ナオがあたしのこと避けてるのは解ってる。その理由はよく解らないけど、怒ってるんだったら、謝るわ。ごめん」

『今失いたくないものが大切な人だから、怖いと思うんでしょう』

 そうなんだよね。
 いつの間にか、ナオが大事な存在になってたから、だから怖いと感じ、前に進むことを拒んでいた。
 でも、そんな風に逃げ続けても、先輩の言うとおり何にも変わらない。そりゃ、状況を変えることだけがいい結果に繋がるわけじゃないけど、何もしないで後悔するよりよっぽどましだと、あたしは思う。
 答えを聞くのは、正直ちょっと怖いけどね。
「だから、あたしを避けてる理由を教えてくれない? 解んないまま無駄に時間が過ぎてくなんて勿体無いし、いつまでもこんな状況続けてたって仕方ないでしょ?」
「いや、あの……」
「言えないの? ナオは、いつも肝心なこと何にも言ってくれないよね。あたしはそんなに信用が無いの?」
 だから、そうやってあたしから逃げるの?
「ちがっ……!」
 ナオの焦ったような顔を、思わず睨みつけた。疼く痛みに歪む顔を隠すように。
 あたしは、一緒にいたいって。いて欲しいって、思えるようになった。
 そりゃ、最初はウザかったけど、今はもう一人の自分みたいな、足りないものを補えるような関係に、心地よさを感じていたんだ。
 だから余計に、寂しいと。
「言っとくけどね、あんたの面倒見れる奴なんて早々いないんだからね!? 解ってる!?」
 あんたみたいな身勝手ですぐ暴走する男なんて、制御できるのはあたしくらいなんだから。
「あんたが言ったのよ、あたしのこと信じてるからって。暴走しても、必ず止めてくれるって。あんたにはあたししかいないんでしょ!?」
 何て傲慢な意見。
 こんなの、子ども染みたただの押し付けでしかないけど。でも……
「あんたの帰る場所は、ここでしょ?」
 今までずっと、あたしの隣に帰ってきたじゃない。来るなといっても、無理矢理にでもいたんじゃない。
 だから今更、別の場所に行こうとか、離れるとか言わないでよ。
「それって……」
「だ、だからって勘違いしないでよ! 別にナオのこと好きになったとかじゃなくて、これはあくまで友達として―――――っ!?」
「解ってる。解ってるよ」
「ナ、オ……」
 久々に感じる、ナオの体温。
 いつもなら引っぺがすのに、今日は抱きしめられても身体が動かなかった。
 汗で湿ったシャツも、このうんざりするような気温の中でも、心地いいと不覚にも思ってしまうくらい、懐かしい気がした。
「ごめん、違うんだ。別に怒ってるわけじゃなくて、どうしたらいいか解らなかったんだ。どうやってシアに接したらいいのかわかんなくて」
「え?」
「いや、いきなりシアの方から抱きついてくるから、その、俺も一応男だし、い、色々複雑なんだよっ」
 困ったように顔を赤らめ、頬をかくナオ。……もしかして、ずっと照れてただけ?
「改めて好きだって自覚したら、どうも意識しちまって、今までみたいにシアのこと見れなくってさ……なんていうか、きっちり心の整理つくまで近づかないようにしてたんだよ。こんなこと知られたら恥ずかしいし、間違って傷つけちゃいけないと思って」
 じゃぁ、最初から怒ってるわけでもあたしのこと嫌ってるわけでもなく?
 ただ単に照れていただけ? 普段こっちが照れくさくなるようなこと散々しといて、あたしがちょっとからかったらこんなややこしい照れ方をするわけ?
「でもその、誤解させて結局傷つけたみたいだな。ごめん」
「何だ……」
「へ?」
「なぁんだ、あたし一人で何やってたんだろ。あははっ」
「し、シア?」
 何だ、あたしが勝手に一人先走った想像してただけなんだ。
 怒ってるわけでも嫌われたわけでも、嘘つかれてたわけでもない。ナオは何一つ変わってなんかいない。
 何だ、そっか。そうなんだ。そうと解ったら、笑が止まんないや。
「お、おい? シア?」
 答えを知ったら、何のことはない。何だ、そんなことであたしは一人で落ち込んだり傷ついたりしてたのか。
 今思い返すと、酷く滑稽だ。
 でも、そんな自分も悪くないと思えた。
「……よかった」
 何か、ホッとした。ホッとしたら、気分もすっきりした。
「あの、さ。俺やっぱり、ここがいいよ」
「ナオ?」
「シアの隣が、一番いい」

 そうやって笑った奴の顔に見惚れてしまうなんて、不覚。
 一日に二回も不覚を取るなんて……悔しいけど、でも、たまになら悪くないかな。


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