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1/タマゴ



 きっかけは些細なことだった。
 ちょっとした好奇心。
 それで、あたしの世界はがらりと変わったのだった。
 数日前。
 あたしの人生を変える大変な出来事が起こった。
 詳しく言えば5月10日、水曜日
 もっと詳しく言えば、午前6時32分。
 さらにもっと詳しく言えば、あたしが新聞配達し終えて家に帰る路地にて。
 あたしは、それを見つけた。




「なんだこりゃ?」
 最初はほんの些細な好奇心。
 誰にだってあるでしょ?
 見たこともないようなものが道端に落ちてたら、何かな? とか思ってとりあえず近づいてみたりしたことがあるはずだ。
 あたしは今がまさにその時で、なんか変なモノが落ちてるなぁとか思って、その変なモノの傍へ近づいていった。見た目は、タマゴみたいにツルッとしてて、楕円形だ。色は綺麗な翡翠色。
 まるで風が吹き抜けていくような淡い色。
「うわ、かっるい。まるで羽根みたい」
 持ち上げてみると、ホントに羽根のように軽いのだ。
 中身なんて無いんじゃないかってくらい。
 これじゃ、目玉焼きは期待できそうにないな。これがあたしの素直な感想だった。
 あたしはこのタマゴみたいなのをどうしようかと思いながら、とりあえずつついてみた。
 コツコツと音が鳴る。殻はそれなりに厚そうだ。
 割るのには一苦労しそう。
「はっ!」
 そこで我にかえる。
 なんかさっきから食べる方へ、食べる方へもっていっている気がする。いかんいかん。つい癖が出てしまった。
 にしても、このタマゴのような物体は何なのだろう?
 首をひねっても、脳みそフル回転してみても、やっぱり答えは出ない。タマゴはどうやってもタマゴにしか見えない。ちょっと普通とは違うけど。
 だいたいあたしは勉強だって標準以下のいわゆるお馬鹿さん系なんだ。どんなに考えたって解るわきゃない。ちょっと切ないけど、事実だ。仕方ない。
 あたしは考えるのをやめて、とりあえずもとあった場所にそれを戻した。ここでやっぱり戻すのは展開的には面白くないが、こんなものに構ってる暇は今のあたしにはない。
 今から学校に行かなきゃならないのだ。そのための準備とか支度とか。ちょっぴり名残惜しいけど、あたしはタマゴを静かに戻し、その場から立ち去った。
 そう。
 その物体をその場所において立ち去ったはずなのだ。
 確かに置いた。
 これは自信を持って言える。
 置いた。
 置いたはずなのに……
「何だコリャ――――ッ!!」
 あたしは思わず叫んでしまった。
 ギャー、とこっぱずかしくも悲鳴を上げて。
 だってしようがないよ。置いてきたはずのタマゴっぽいのが家の玄関の前に平然と置かれてるんだから!
 こんなん見たら誰だって悲鳴の一つも上げたくなるはずだ。
「なんで! なして!? どういうことぉ!!?」
 何が言いたいのか、完全にパニクッて呂律もうまく回らない。
 とりあえず今明確なのは、あたしが近所迷惑な人物であることくらいだ。
「だって! 卵が! 道が! 置き去りに!!」
 ちょっと言い訳してみようと思ったけど、誰に対しての言い訳なのか……
 あたしはとりあえず落ち着こうと、深呼吸することにした。
 うん、これは結構名案かもしれない。少しだけ落ち着いた気がする。あくまで気がするだけだけど。
「えっとぉ? なんだっけ……ぁ、そうそうタマゴっぽいの!」
 もう面倒くさいから、今後からタマゴと断定系で呼ばせてもらおう。で、このタマゴ、どうやってここへ?
 それとも何かい? このタマゴは一個ではなくて、たくさんあるとでも?
 たまたま家の玄関とさっきの道端に落ちていただけ、とか?
 んなバカな。そうだとしたって、何でこんな得体の知れないタマゴに二回もお眼にかからなきゃならないわけ?
 あたしはその場に座り込んで途方に暮れた。
 もしやタマゴが瞬間移動…?
 そんなバカな発想まででてきたけど、ちょっと疑いづらくなってきたその事実に、あたしは苦悩する。だってありえない。何のタマゴか知らないが、人間の足より早く人の家の玄関までたどり着くなんて。
 転がったにしたって、壁にぶつかって、グシャッて中身が出ておじゃんになるのがオチなはずだ。
 タマゴに突然手足が生えて歩き出すわけもなし。想像しただけでゾッとするし。
 それなのに、キレイなままご丁寧にもあたしの家の玄関前に、ちょこんと当たり前のようにあられちゃ、こっちとしては反応に困るわけで。
 ちょっと想像してみなよ。
 はっきりいって怖いし困るでしょ?
「ていうか、どうすんのコレ」
 あたしはまたも途方にくれる。
 これから学校だっていうのに。まだ朝ご飯だって食べてないのに。
 今日の朝ご飯はちょっと時間かかるけどホットサンドとかにしてみようかしら? とか思って、昨日の夜から仕込んでたのに。
 ホットサンドと温かい紅茶を入れて朝から優雅なひと時を楽しもうかなんて計画は、あっさりダメになってしまって。
 それどころか朝食さえ食べる時間があるかどうかも分からなかった。
 あたしはとりあえず嘆きながらも家に入り、学校へ行く準備をしながらタマゴをどうするか考えることにした。
 あのタマゴ。
 大きさはバレーボールくらいの大きさで、結構大きめ。そのくせ見た目以上に軽くて。まるで羽根が生えているみたいな感じ。
 あんなのどんなスーパーでだってきっと売ってない。見たこともないし。
 やっぱ食べられないか……とかまた食に走ってしまった。ダメだなぁ。どうも、あたしは食にはことかけて敏感かつ浅ましいらしい。全て食べることにつながっているようだ。
「17にもなって、色気より食気か……」
 我ながら虚しい。
 けどどうしようもない。あたしは何より食べることが好きだし。
 小さく溜息をつく。
 いけない。話が脱線しすぎてる。
 今はあのタマゴをどうするかについて考えなきゃならないんだ。思考が脱線しているうちに、あたしは制服に着替え終わっていた。
 支度を終えて、とりあえずスクールかばんの中に例のタマゴを入れた。なんとなく、家に置き去りにして行くのはマズイ気がして。
 それから時間を確認すると、いつもあたしが家を出る時間まであと10分しかないことに気づく。あたしは慌てて何か手っ取り早く食べられるものを探した。
 いくら時間がないからとはいえ、朝食抜きなんてまっぴらごめん。何が何でも、それこそ遅刻したってあたしは朝食は抜かない派だ。これは貫き通す。
 貪欲でも何とでも言えばいいさ! 何と言われようともこれはあたしの信念だ。
 こんなことにプライドかけなくてもいいような気もするが、自分じゃどうにもできない。
 あたしは昨日おやつに焼いたパンとミルク、それから冷蔵庫の中を物色して発見したヨーグルトを即効食いした。 ホントはもっと味わって食べたかったけど、時間がないからそこは我慢だ。食べ終わると片付けもそこそこに家を出る。
 かばんの中には例のタマゴが入ってる。重くないからべつにいいんだけど、潰してしまいそうでいつものように肩にかけられなかった。
 それこそ腫れ物を触るように慎重に持ち運ぶ羽目になり、いつもよりも遅くに学校に到着。
 それでも遅刻なんて間抜けなことはしないのが、さすがあたし。
「あれ? 今日いつもより遅くない?」
 教室に入るなり、親友とも呼べる友人がずいと顔を寄せて尋ねてくる。寝坊でもしたのか、と。
 あたしは今きっと疲れたような顔を浮かべてることだろう。思いながら席につくと、とりあえず寝坊説を否定した。
「違うよ」
「んじゃ、また食べることに夢中で時間を忘れちゃってたとか」
 ニヤニヤと笑いながら、友人、遊間 生夏(アスマ ナルカ)はあたしをからかった。彼女とは中学校からの付き合いだ。ていうか、またってなにさ、またって。
「ナルちゃん。人聞きの悪いこといわないでくれる?」
「どこが人聞き悪いのさ? 実際あんたは食べ始めると、食べることに夢中になって周りなんか見えてやしないじゃないの」
 う。
 確かにそうかもしんないけど。
「でも、今日遅かったのそのせいじゃないもん」
 ちょっと拗ね気味に言うと、ナルちゃんは爆笑した。何が一体そんなに面白いんだか。
「あはは。んじゃ何さ? 遅かった理由。あんた時間には煩い方なんだから、遅れるなんてよっぽどの理由があったんでしょ?」
「まぁ、あったと言えばあったし、なかったと言えばなかったし」
「どっちだよ」
 あったよ。バリバリあったよ。
 けどあたしは、こんなおおっぴらな所であのタマゴを取り出してもいいものか迷っていた。
 口だけで説明したって、どうせ信じてはもらえないだろうし。
「んー……ここではちょっと。ねぇ、今日放課後ヒマ?」
「あん? これといって予定はないけど?」
「じゃぁ、今日家こない? ついでに泊まっていきなよ」
 これって我ながら名案かも。一人じゃあんなタマゴの対処しきれないし、相談に乗ってもらおう。
「そりゃ別にかまわんが、またえらく唐突だわね」
「確かに。でも一人じゃどうにもならんのよ」
「そんなスゴイことなわけ?」
「……微妙?」
 果たしてあのタマゴの存在はそんなにスゴイことになるのかどうか。ちょっとよくわからない。あたしは頭をかしげた。
「なんだそりゃ」
 あたしの回答に、ナルちゃんは苦笑する。まぁ、こんな会話いつものことだから、ナルちゃんも慣れたもので。
 快く家に泊まるのを了解してくれた。





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