3/ナイン



「で? そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? ワケありのワケをさ」
 ナルちゃんは紅茶をすすり終えてから、気になって気になって仕方なかったんだからね、と軽くあたしに睨みを利かせた。
 ああ、そうか。
 例のタマゴの処理を相談しようと思ってナルちゃんを呼んだんだった。
 あたしは頷いて二階へ上がると、机の上に行儀よく置かれたままのタマゴを持って下へ降りた。
「実はさ、これなんだけど……」
 ちょっと見せるのを躊躇ってから、ズイとナルちゃんの前にタマゴを押しやる。
 半ば強引にそのタマゴを受け取らせる形で。
「ぁ? 何……これ? なんかのタマゴ?」
 やはり。ナルちゃんにもタマゴに見えますか。そう、そうですよね。やっぱタマゴだよね。
 それから、あたしはこのタマゴを拾うまでの経緯を話した。
「拾ったはいいんだけど、何のタマゴかわかんなくて、調理法とかもやっぱり影響してくるのかなぁなんて」
 つい言葉を滑らせると、ナルちゃんは今度こそ本気で呆れたらしい。
 はぁ?と口をあんぐりさせてあたしを凝視した。
「あんたねぇ、もしやこれ食べる気でいんの? どうやったらそんな発想につながるわけ?」
 解せないという表情であたしを見る。そんなこといわれたって、タマゴときたら食べるしかないでしょう。
「いくら見た目がタマゴだからって、中身まで普通のタマゴとは限らないでしょうが。しかもこんな風変わりなタマゴよ? 中身が普通にタマゴだったとしても、食べる気なんて起きないでしょうが」
 普通気味悪がって捨てるとかするでしょ? とかいわれて、あたしはとことん常識外の人間なのだということを思い知らされた。ていうか、捨てるのは勿体無くない?
「だってさぁ……」
「だってもヘチマもないの。大体こんな軽いタマゴなんて……中身なんかないんじゃないの?」
 ナルちゃんは軽くタマゴをふって見せ、首を傾げて呟いた。あたしも同じこと思ったけど。
「展開的には何もないっていうのは面白くなくない?」
「面白いとか面白くないとか、今はそんなもの求めてないでしょうが」
 う、確かに。
 あんたは正しい。けども……
「やっぱそんなにキレイなタマゴだからにはさ、中からすっごいキレイな生き物とかでてきそうじゃん? 天使とかさぁ」
 とかちょっとガラにもないことをいうと、ナルちゃんに思いっきり嫌な顔をされた。
 そこまで引かなくってもさぁ。
「何ロマンチックなこと言ってんの? 天使なんているわけないじゃん」
「わかんないじゃん! 人には見えないだけでいるかもしんないじゃん!!」
「そんな風に断言すんのあんただけだっつの! 冷静になって考えてもみなさいよ。もし仮にこれが天使のタマゴだったとして、どうして道端なんかに落ちてんのよ!?」
 ぅぐ……
「そ、それはぁ……」
「ほら、考えてみて普通におかしいじゃないさ。大体天使がタマゴから孵るのかもわかんないのに。ていうか、いるかもわかんないような存在期待するんじゃないの」
「ちぇ」
「ちぇ、じゃない! 全く……何事かと思えばくだらない」
 くだらないとは何だくだらないとは!
 これでも結構本気で悩んだんだぞ。ほとんど調理法だったけどさ。
「じゃぁさ、これ、どうしたらいいと思う?」
 あたしはナルちゃんからタマゴを取り戻すと、自信なさ気に尋ねた。
「どうしたらって言われてもねぇ」
 二人してしばし悩む。ほら、やっぱ食べるべきなんだよ。って声に出して言ったらまた怒られそうだから言わないけどさ。
「手っ取り早く割ってみるとか?」
「へ? 割るの? これを?」
 ナルちゃんの大胆発言に、あたしは驚いた。素で驚いた。まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかったから。
「でもさ、割ってみてホントに変なのでてきたらどうすんの?」
「そん時はそん時」
 行き当たりばったりな。ある意味、あたし以上にアバウトだよね……って今はそんなことどうでもいいってばさ。
「じゃぁさ、ナルちゃん割ってくれる?」
 あたしにはそんな度胸ないもん。中身がわからないタマゴ割るなんて。
「……あんたさ。割る気がないならどうやって調理しようと思ってたわけ?」
 それはおそらく素朴な疑問だったのだろう。しかし、あたしはその問いにハッとしてナルちゃんを凝視した。
 あたしの反応を見て、ナルちゃんは深い溜息を落とす。
 つまりあたしは、そこまで考えてなかったってことだ。誰かが割った中身の調理法しか考えていなかった、と。
「バカじゃないの?」
 ごもっとも。返す言葉もございません。
「あはは」
 もうカラ笑いするしかないわけで。あたしは泣きたい気分だった。
「まぁ、いいけど。問題はどうやって割るかよね? 高い床から落としてみるのもいいけど、それじゃ後片付けが大変だし……」
「んじゃ、新聞紙か何かの上においてトンカチで割ってみれば?」
「そうねぇ。それが一番無難かな」
 二人の意見がまとまったので、あたしは新聞紙とトンカチを持ってきてナルちゃんに手渡した。
「んじゃ、いくわよー?」
 ナルちゃんがトンカチを構える。
「ラジャーでありまッス!」
 あたしは敬礼して、勢いよく返事を返した。それを聞いて、ナルちゃんが構えたトンカチを振り下ろす。
 しかし、タマゴが割れるまであと何秒、というところで。
「え……?」
「っわ!?」
 あたし達は同時に声を上げた。
 それもそのはず。突然タマゴが光りだしたのだ。
 あまりにも眩しすぎて、あたしは思わず目を閉じてしまった。おそらくナルちゃんも同様だろう。
 なんなの、一体?


『対となれ』


 え?
 光の中で、微かに聞こえた声。
 あたしは思わず目を開けた。眩しい。けれど……
 光の中に、何か人影を見た気がした。
 そしてその直後、体の中を駆け巡るようなざわめき、寒気。
 あたしは気持悪くなって、咄嗟に口元を抑えた。いつの間にか、光は消えていた。
「……? 何だったの、一体?」
 光がおさまったのに、ナルちゃんも気づいたらしい。目をあけて少し強張った表情を浮かべている。
「ねぇ……って、ちょ、どうしたの!?」
 そしてあたしに気づく。
 口元なんか抑えて蹲ってるあたしを見て、ナルちゃんは心配そうにあたしの傍に駆け寄った。
「なんか……気持悪い」
「気持悪いって、吐きそうなの?」
「わかんない。何か、すごい寒いし……」
 季節は夏間近。
 暑いと感じても、寒さを感じることなどないだろう。なのに尋常じゃないくらい寒いのだ。
 骨の芯から震えているような、この身体の震え。
 ああ、悪いけど冗談もいえない。
「一体どうし……あら?」
 ナルちゃんが何かに気づいたような声を上げた。あたしも咄嗟に彼女の視線の先を見ていた。
 そして……
「……何? あれ」
 二人同時に声を上げる。
 目の前にあるモノ。
 淡い光をまとい、上から舞い降りてくるもの。
 それはあたしの目の前で止まり、ふわふわと弧を描いている。これって、手にとれっていってるようなもんじゃない? あたしはほぼ無意識に掌を出していた。
 それはふわりとあたしの掌におさまり、光が消えた。その瞬間に、さっきまでの気持悪さも消えた。
「羽根……?」
 そう。宙を待ってあたしの手におさまったものは、真っ白い一枚の羽根だった。タマゴを見ると、パックリと二つに割れている。
「タマゴの中身?」
「これが?」
 あたし達は互いに見つめあい、はぁと溜息をついて肩を落とした。タマゴの中身は一枚の羽根。
 どうりで軽いはずだって、二人で納得した。
「ていうか、タマゴの中身が羽根って……常識的に考えられなくない!? 黄身は? 白身は? あたしの目玉焼きは!?」
 あたしは体調復活もいいことに、ありったけ叫びまくった。
 だって考えられない。どうやったらタマゴの中身が羽根になるような発想が生まれるわけ?
『おい、そこの食い意地女』
「食い意地女……」
 ナルちゃん、それ結構酷いよ。事実かも知んないけどさ。
『誰が目玉焼きなんだよ』
 誰って、誰も何もこのタマゴの中身が、って……
「え?」
 ナルちゃんの声じゃない。ていうか、もっと低い、むしろ男の声?
 顔を上げてナルちゃんを見ると、彼女は引きつった笑みを浮かべている。
「ナルちゃん?」
 顔の前で手を振ると、ようやく我にかえったのか、彼女はハッとしてあたしの後ろを指差した。
 あたしは小首を傾げながら振り向いてみる。
「どうしたの? 何が……」
 ストップ。
 言葉も出ない。
 何、何なんだ、これは?
『俺は食いもんじゃねんだぞ』
 喋ってる。浮いてる!
「な、な……な――――――!?」
 なんだコリャ、なんだコリャ、なんだコリャぁ―――!
「ななな、ナルちゃん、な、何これ、何これ!?」
 ナルちゃんも今の状況をうまく把握できてない。やや放心気味で微かに首を横に振るだけ。
 そうだ。こういうときこそ深呼吸。あたしは思いっきり息を吸った。吸いすぎて咽てしまったけど。
「何よ……あんた誰!?」
 あたしはとりあえず尋ねた。信じられない。
人間が宙に浮いているなんて!
あたしくらいの年齢の人間が、宙に浮いて喋っている状態。
ありえない。
『俺のことか? 俺はナイン。ナイン・リトルバー』
「ナイン・リトルバー? 何それ」
『だから、俺の名前だろうが。ナイン・リトルバー。ナインって呼べ』
 ナイン……
 何気に口調が命令形だ。
「はぁ……」
 もはや何がなんだかわからない。ていうか今日は厄日か!? こんなんばっかなんですけど!
『で? お前は?』
「へ? 何が?」
『名前だよ、名前! 人の名前聞いといて、自分のは名乗らないつもりか?』
 あぁ、そういえばそうだ。あたしは妙に納得して、ポンッと手を打った。
「えぇっと、あたしは……」
「ちょっと!」
 名乗ろうとした所で、ナルちゃんの侵入。どうやら思考が復活したらしい。
 すごい形相であたしとナインを交互に見比べてる。
「なんなの!? 一体どうなってるわけ?」
 彼女は完全にパニクッてる。ヒステリックに取り乱して奇声に近い声を上げた。
「ナ、ナルちゃん落ち着いて」
「落ち着いてなんかいられるもんか! だって人間が浮いてるなんて!」
『ったく、うるさい女だな』
 せっかく宥めようとしてるのに、ナインとかいう奴が余計な一言。
『俺は意味もなくギャーギャー喚く女が一番嫌いだ』
「はぁ!? こっちだってあんたみたいなワケわかんないもん願い下げだわよ!」
 一体何の口論なのか。
 ワケ解らないにしてはいがみあってるし。
「まぁ、二人とも落ち着いて。話し合おう?」
 そしてやけに冷静なあたし。
 もうこうなったらどうにでもなれってやつでしょう。
 あたしは小さく溜息をついてから、二人の静め役に入った。





BACK   TOP   NEXT