4/アクマ



 この17年間。
 あたしはそれなりに真っ当に生きてきたつもりだ。
 犯罪だってしたことないし、髪だって染めたことない。もちろん、装飾品をつけて学校に行ったこともないし、生徒指導室に呼びさしされたことさえない。
 それなのに……
「それって、どういうことぉ!!?」
 あたしはテーブルをバンッ! と叩いて立ち上がる。
 だって納得できない。
『落ち着けよ。俺だって嫌だ』
「あんたの事情なんか聞いてないわよ! あたしは? あたしはどうなるわけ!?」
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
 今度はナルちゃんがお静め役になっている。
「落ち着いてなんかいられるもんか! いきなりワケわかんない奴が出てきて、しかもそいつは悪魔だって! そんであたしに勝手にとり憑いたって!」
 そうなのだ。
 この男。信じ難いが、悪魔らしい。
 しかも、魔力がなくて生きていくには人間の生気が必要だとか言ってあたしにとり憑きやがったんだと!
 ていうか、真っ当に生きてきたあたしに、なんでよりによって悪魔がとり憑いたりするのよ!?
『しょうがないだろう? それが決まりなんだから。羽根を手にした奴は、俺を天使に変えないといけない。お前は羽根を手にしちゃったんだから、俺の面倒は見ないといけないんだよ』
 だそうだ!
 さっきのあの羽根。あれが悪魔の魔力を封印したもので、それを手にしたあたしは、その羽根の中に封じられた魔力を聖力に変えなければならないらしい。それであたしにパートナーになれって!
 んなことほいほいと承諾できるか!
「そんな面倒なことができるか!」
『面倒なのは俺だって同じなんだよ! しかたないだろう!? 協力しろよ!』
「それが人に物を頼む時の態度か!」
 椅子の上でふんぞり返って、さぞ俺が一番みたいな態度取りやがって!
「どうどう。まぁ、飲め?」
 ナルちゃんが気の毒そうにあたしを見遣り、それから紅茶を入れてくれた。
 さすが、持つべきものは友達、親友だ。
「ナルちゃん……ッ! ありがたくいただきます」
 一口含む。さすがナルちゃん。インスタントでも美味しいよ。
「はぁ……」
「落ち着いた?」
「それなりに」
 ホント、落ち着くわ、これ。深呼吸といい、茶といい、落ち着くには最適ですな。
「じゃぁ、話を進めようか。おだやかにね」
「そうだね。で? もうちょっと詳しく話しなさいよ」
 あたしはとりあえず気持を落ち着けて、客観的に聞くことにした。
 悪魔、ナインは頷き、口を開く。
『人間も知ってるだろう? 悪魔と天使の存在ってやつ。もともと、悪魔と天使ってのは人間が死んだあとに部類される魂のことなんだけどな。俺の魂は悪魔のほうだったわけ』
「ちょっとたんま」
 あたしはしょっぱなから疑問を投げつけた。
「天使と悪魔って、神様と魔王が生み出したもんじゃないの?」
『……違う。厳密にいえば、神や魔王なんて存在しない』
「えぇ!? いないの!?」
 ショックだ。今までやってきた、困った時の神頼み、ってやつは、まるっきり意味無しだったのか……
『そんなものはいない。あるのは魂のみ。二つに分かれた魂を悪魔なり天使なり呼んでいるだけだ』
「魂……」
『納得したか? 話を戻していい?』
「あ、うん」
『つまり、その魂は輪廻転生する。再び肉体を得るには、悪魔と部類された魂は改心して、天使にならないといけないんだ。 もちろん、生まれ変わる気のない奴はそのまま悪魔でいてもかまわない。悪魔は好き勝手にやりたい放題だからな。それでも、中には生まれ変わりたいって奴もいるわけだ』
 悪魔も色々事情があるんだな。
 などと感心している場合ではないか。
『それで、そういう奴らは、虚……お前が拾ったタマゴのことだけどな。それに封印されて人間界へ落とされる。 そこで拾われた人間にとり憑いて、改心する手助けをしてもらうんだ』
「へぇ、よくできてるじゃない」
 ナルちゃんが小さく感嘆した。
『だろ?』
 ナインも同感、といった感じで頷く。それはいいんだけれど。
「でもさぁ、事情はわかったけど、なんで人間なの?」
 ちょっと疑問。
『何が?』
「だからさ、なんで天使になるのを手伝うのが人間なのかって。天使になりたいなら天使に手伝ってもらえばいいじゃん?」
 その方が手っ取り早いのでは?
『それはな? さっきも言った通り、天使っていうのは基本的に存在しないんだ』
「は? でも天使に部類する魂って……」
『ああ、言った。けどな、生まれ変われる魂が天使ということは、そのまま次の器を捜せるってことだ。つまり、天使と呼ばれているものはただの綺麗な魂ってこと。 人の姿をしているわけじゃない。悪魔だって、最初から俺みたいな人の姿をしているわけじゃないんだ。光の球が寄り集まったようなもので、 人型になれるまでに、相当年月がかかるんだぜ? それこそ、魔力なんか得るまでには、もっと莫大な時間がかかる』
「え? じゃぁ、生まれ変われる魂のことを天使、って呼んでるだけなの?」
『そういうことだ。だから天使は存在して存在しないようなもんなんだ』
 綺麗な羽根を背につけた天使は、どうやらこの世には存在しないらしい。
 何か改めて真実を突きつけられると、結構ショックだ。
『そう落ち込むなよ』
「だって……」
『まぁ、天使はいないけど悪魔はいるんだからいいじゃねぇか』
 悪いがちっとも良くない。どうせなら悪魔よりも天使の方が存在していてほしかった。切実に。
「それで、あんたはこの子にパートナーになれ、と?」
 ちょっと脱線した話を元に戻し、ナルちゃんはナインに再度確認した。彼は、そうだ、と頷く。
「それって強制なの? だいたいそっちが勝手にあたしにとり憑いただけで、あたしは何の承諾もしてないんだよ? フェアじゃない!」
 あたしは訴える。
 だいたい、悪魔を天使のように改心させるなんて、無理に決まってる。
 悪魔は悪いことするから悪魔なんだし。
『ほとんど強制かな。虚に最初に触った奴が強制でパートナーにならざるをえない。一度とり憑いたら天使になるまで離れられないし、結局改心できなかったら俺もお前も消滅するし』
 はいはい、そうですか。できなかったら消滅するんですか。って……
「はぁ!? 消滅!? 消滅って、言い換えれば死ぬってこと? 何それ聞いてない! ちょっと、あんたあたしを道連れにする気!?」
 何その身勝手な設定。人間の立場は? 拒否権は?
「裁判にだって黙秘権ってのがあるのよ!? あたしにだって拒否権くらいあったっていいじゃない!」
「それ、意味わかんないから」
 すかさずナルちゃんが突っ込む。
「だって! さっきから聞いてれば好き勝手言ってくれちゃって! あたしはどうなるわけ!?」
『まぁ、落ち着けよ。死ぬっていったって、悪魔がとり憑いてから百年か二百年の間に改心できなかったらってだけの話だぜ? それだけあれば余裕で改心できるって』
 百年、二百年?
「なぁーんだ」
 そっかぁ、それだけあれば確かに改心できてそう……
「ってそんなわけあるかぁ! 百年、二百年いう前に、人間のほうがくたばっとるわぁ!」
 人間の寿命なんてよくても百年前後。しかもすでに十数年生きてる人間にとり憑いて百年、二百年だとう?
 ふざけるなよこんちきしょう。
『あぁ? 人間ってのはそんなに寿命短いのか?』
「まぁ、女子の平均寿命が85、6歳くらいだからねぇ」
 ナルちゃんはまるで人事のように、いや人事だけども、腕なんか組んだりしちゃってしみじみ答えた。
『85!? そんな瞬きするような年月の間に一体人間は何をするんだ? あっという間に死んじまうじゃねぇか』
「さぁ? ていうか、一度死んでるあんたの方がわかるんじゃないの?」
『……分からない。一度死んだものに生きていた頃の記憶はない。次の器に前の記憶をもっていくことはできなからな。死んだら全て記憶を排除される。それがルールだ』
 何か、結構シビアよね。
『とにかく、お前は俺のパートナーにならなきゃならねんだよ。いい加減、覚悟決めたらどうだ? どっちにしたってお前が生きてる間に俺を改心できなくても、死ぬことはないんだからよ』
 問題ないじゃん、とにっこり笑って言う。問題大有りだ、馬鹿者。
「やだ。ぜぇーったい、や・だ」
 悪魔を傍に置いとくなんて。
 今のところは手のつけられないほどの悪って感じじゃないけど、何か問題起こされてからじゃ手遅れだし、そうなると色々面倒だし。
『何でそんなに拒否るんだよ? 別にお前に悪魔になれ天使になれって言ってるわけじゃねぇのにさ』
「あのねぇ、あたしはあんたの話、全部信じてるわけじゃないの。悪魔だの天使だのって。例えその話が事実だったとしても! 何であんたの勝手な事情にあたしが一方的に巻き添えにならなきゃなんないわけ? あたしはそれに腹立ってんの!」
 なぁにがパートナーよ。
『なんだお前、俺の話信じてないわけだ?』
「そーよ!」
『じゃぁ、証拠見せたら信じて俺と契約するか?』
 あ?
「何? 証拠? 契約?」
『そう。俺とお前が対になる契約』
 対となる、契約?


―――――対となれ


 これってばフラッシュバック?
 そういえば、タマゴが光ってる時に聞いたあの声。
 あの台詞は……
 ナインだったの?
『……なんだよ? いきなり大人しくなって』
 その言葉で、あたしはハッとナインから視線を外した。顔が紅潮してる。
 バカだあたし。一瞬でも見惚れていたなんて。
 今更だけど、ナインの容姿は結構いい方だ。名前のとおり、東洋というよりは西洋系な顔してるし、目の色は高貴な感じの薄い紫。 けれど髪は漆黒で。凛とした高い鼻に、形のいい唇。
 人懐っこそうな表情、雰囲気。
「べ、別に……」
『? それより、今は契約の話だろ』
 言われて、あ、と顔を上げた。
「そうだった。その契約って何?」
「何か話が本格的になってきたねぇ」
 なんてナルちゃんがチャチャを入れる。でも確かにそうだ。
『契約っていうのは、パートナーになるための約束事みたいなもん。で、儀式によって契約の証を立てるんだ』
「儀式ぃ? なんじゃそりゃ。んなメンドイことしなきゃならないの?」
『しなきゃならないの。試しにやってみる?』
「へぇ、試しとかできるんだぁ? そうよね、どんなもんかやってみないと想像つかないし……」
 ……て、あり?
 ちょっと待って、なんかおかしくない?
「ちょっと! さり気に契約させるよう流すのやめてよ! 今本気で契約しそうになっちゃったじゃん!」
 試しもクソもあるか。冷静に考えれば、契約に試しなんかあるわけないじゃんか!
 試す以前にそれが契約本番じゃん! 契約しちゃったらそれこそ奴の思う壺じゃん!
『チッ』
 うわ。チッて。チッて何さ。そんな舌打ちしてあからさまにバレたか、なんて顔して!
「もうちょっとでうまくいきそうだったのにね」
 ナルちゃんが爆笑しながら言う。うまくいきそうだったじゃないよ!
 あんた気づいてたなら止めてくださいよ。
『まったくだ』
 お前も相づちなんかうつな!
「もう、嫌だったら嫌! ぜぇーったい嫌ッ」
 絶対契約なんかしてやらない。
 さしずめ証拠見せるっていうのもはったりなのだろう。
「大体、天使に改心なんてどうすればいいのよ! 具体的に何をすればいいワケ?」
『……さぁ? いきあたりばったり? みたいな?』
「はぁぁ!? 何それ!」
『仕方ないじゃん。知らないもんはしらねぇんだからよ。でもまぁ、普通に過ごしてればいいんじゃん?』
 て、適当すぎる。話の展開が適当すぎるぞ、おい!
 いいの!? これでっ。
「ねぇ、天使に改心させるんだから、良いことをやらせてみればいいんじゃない? 善悪を教えてさ」
 ナルちゃんが何気にもっともなことを呟く。
『あ、そうそう。きっとそれだ。そういうことを教えてくれればいいわけだな』
 てめぇ……
「つまり、子育てみたいなものね」
「子育て?」
「そ。大きな子どもの子育てよ。良くなるのも悪くなるのも親次第。親の価値観で子どもの性格はかなり変わるわ。親が良いこと悪いことの判断をしっかり区別していないと、子どもは悪いことを悪いと思わなくなる。 それが当たり前になるのよ。あんたの場合はそれのしつけね。結構責任重大だけど、そんなに頑張らなきゃならないものでもないわよ。相手は成長しきってるんだから」
 ナルちゃんは淡々と説明する。
 ていうか、むしろ成長しきってるからこそ頑張らなくてはならないような……
 はっきり言って、あたしこいつを育てあげる自信ない。何しろ相手は常識知らずの悪魔だよ?   そのくせ自我だけはいっちょ前にあるでかい子ども。
 しかもホントにそういうことをすればいいのかも確信ないのに。
「いいじゃないの。乗りかかった船よ。引き受けてあげれば?」
「でも……」
『そーそー。うまいこと言うな。乗りかかった船』
 なんかこいつが言うといちいちムカツク。
「とりあえず、契約とかは無しにして様子を見るっていうのでどうよ?」
 返事を渋っていると、ナルちゃんが仕方ないという風に提案してくれた。
「あんたも、それでかまわないでしょ? しばらく様子を見てから、契約なり何なりすれば。
今すぐしなきゃならないって決まりはないんでしょう?」
『まぁな。でもなー……』
「何か問題でもあるの?」
『いや、まぁ、なんとかなるか』
 ナルちゃんの問いに、ナインは首を振り、それでいい、と認めた。
「だって。しばらく考えなさいよ。いきなり契約しろっていわれても困る気持分かるし。ね?」
 ナルちゃんってば、そこまであたしのことを考えてくれてたなんて!
「うん。うん、そうする」
 あたしゃ感動したよ。
「ま、ここで契約破棄されちゃ、展開的に面白くないしね」
 けど、現実はそんなに甘くない。
 彼女は嬉しそうに笑って、そう一言。


―――――友よ、友情は?


 さっきの感動は?
 その日、あたしは僅かながら人間不信への扉を開けた気がした。





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