5/ネーム



 さぁ、名前を
 唱えよ、縛りの詩
 戒めの鎖を解き放て
 捕らえるは黒き魂
 全てを包め、その名で―――――




「悪魔滅殺!」
『うわっ! いきなりなにすんだよ!?』
 あたしはナインに向かって十字架を投げつけた。
「十字架よ! ほら、なんとかには十字架とにんにくっていうじゃない?」
『バカ。あれは吸血鬼だろ?』
「へ?」
 そうだっけ?
『それに、吸血鬼がそんなもので簡単にくたばるわけないだろうが』
「え? そうなの? ていうか吸血鬼ってホントにいるの!?」
『知らん。けど、悪魔がいるくらいだからいてもおかしくないんじゃないか?』
「なぁんだ。じゃぁ、なんでくたばるわけないって断言なんかするのよ」
 ちょっとガッカリ。ホントにいるのかと思って期待したあたしがバカだったっていうか。
『そんなの迷信だろ? 十字架つきつけられてくたばるようじゃ、恐れられる意味ないだろうが。十字架で吸血鬼撃退、なんて人間の気休めだろ』
「そぉかなぁ? でもにんにくはきくと思うよ?」
『そんなの鼻につきつけられりゃ、誰だっていい気はしないだろうさ。俺だって嫌だ』
「何でそんな全面否定するんだよぉ」
 ケッ。
 夢のないやつほど面白くない奴はいない。
 全く、こういう奴の面倒見るなんて考えただけでも嫌になる。
 なんとか様子をみるってことで丸く収まってみたものの、結局はこいつと一緒に暮らしていくって事には変わりないわけで。
 なぜかというと、この悪魔。あたしにとり憑いているから。一度とりついたら、もう人は変えられないらしい。
 それこそ天使になるまで一緒なんだとか。
「……ていうか、あんたたち文句言うわりには結構仲いいのね」
 ナルちゃんが感心しながらオタマを振った。
「『はぁ?』」
 あたしとナインは同時に声を上げる。
「ほら、息ぴったり。傍から見てると仲いいカップルに見える」
 ニヤニヤ笑いながら、ナルちゃんは夕飯の支度に取り掛かる。うちは対面キッチンだから、ナルちゃんは料理をしながらもすぐ目の前にいる。
 あの後、とりあえず気分転換に食事でもするか、というあたしの提案で食事を作ってくれているわけだ。
『カップルぅ? なんだそら。アップルの進化系か?』
「違うよ。カップルっていうのは男女が互いに好きあってる人同士のこと」
『好き? それって何? どういうの?』
「はぁ? 好きの意味もわかんないの? あんた誰かを好きになったとこないわけ」
『? ないと思うぞ。わかんねぇから。そもそも、そういう感情がどういうものなのかもわからん』
 ふぅーん。
 悪魔は恋愛禁止とか?
「好きの意味にはいろいろあるけど、今の場合は恋愛の好きね。相手のことを想うだけで胸が苦しくなったりドキドキしたり……まぁ、他の人と違う感情を抱くことよ」
「あってるようなそうでないような」
 ナルちゃんが苦笑しながら呟いたけど、それ以上の指摘はなかった。てことは、あながち間違いでもないってことで。
「だいたい好きの意味説明するのって難しいんだから!」
『ふぅーん。他の人とは違う感情か』
「そうそう。まぁ、そのうち分かるんじゃない?」
 保証なんかないけど、あたしは適当に相づちうって納得させた。
「恋愛は理屈じゃないのよ、ってね」
 ナルちゃんの一言。さすが、うまいこという。
「ナルちゃんの言う通り。理屈じゃないのよ。分かったらこの話題はおしまい」
 これ以上追求されても答えられないし。さっさと切り上げるが勝ち。
「話が終わったんなら手伝ってよ」
 ナルちゃんが手助けを要求してきたので、あたしは助っ人でいざ出陣。
「ラジャー」
 いいながらキッチンへ足を運ぼうと立ち上がった瞬間。
「え」
「何、地震?」
 グラリと地面が揺れた。最初はあまり揺れなかったが、時間が経つにつれ徐々に揺れは増していく。
 普通の揺れと違う。
『違う……これはッ』
 ナインが叫ぶ。だけど、激しい揺れに振り回されないようにするのが必死で。あたしは咄嗟に柱にしがみついた。
 物が落ちてきたらどうしよう。頭とか直撃したら……そう考えても揺れているから動けない。
『大丈夫か!?』
 ナインがあたしの傍まで寄ってきて、上に覆い被さった。あたしの盾になるみたいに。
「あたしはなんとか。ナルちゃんは?」
『分からない。けど、気配はするから生きている』
 生きてるって……
 でも、その事実にちょっと安堵。死んでるって言われるよりよっぽどいい。生きてるんだから。
「っていうか地震じゃないって?」
『ああ、これは地震じゃない。あいつが……』
 あいつ?
 「誰?」って聞こうと思った矢先だった。
 バリンッとリビングの窓が割れる音がして、突風が巻き起こったのは。
 あたしはそのすごい風圧に息ができず、しかも飛ばされそうで、ナインに必死でしがみついていた。
 苦しい。
 何なんだいったい。地震の次は大型台風か?
『やはり。強行突破はあまり好ましくないが……始めからこの手段をとったほうが賢明だったようだ』
 風が去ったと共に、低い声。
 ナインの声じゃない。でも、聞いたことあるような声。
 あたしはとりあえず息を吸って、顔を上げた。窓ガラスは見事に全壊。
 しんじらんない、窓ガラスって高いのに!
『やっぱお前かよ』
 けれど。
 事態はそんな安穏とはしていなかった。いつの間にかナインは立ち上がって、どこかをまっすぐ見据えている。
 その視線の先に……
「げぇ」
 あたしは思わず声を上げた。だって、そこに立っていたのは、今日突然押しかけてきた、あの黒尽くめの男!
 無理やり家に押し入ろうとして近所のおばちゃん連中に袋叩きにされそうになって逃げた、あの男だ。
「ちょっとナイン。そいつ知り合い?」
『ああ、よく知ってる』
 ナインは嘲笑して、黒尽くめの男を睨んだ。
 知り合いといっても、仲がいいというわけではなさそうだ。
 どっちかっていうと、ムチャクチャ仲悪そう。空気がなんか凍ってる。
『相変わらずだな』
『お前もな』
 会話もすぐきれるし。
『無様だな。貴様ともあろう者が、人間にとり憑くなど』
『俺が望んだわけじゃねぇよ。誰のせいだ、誰の』
『自業自得だろう? 責任転嫁はよくない』
 男はフッと笑んだ。冷笑ってああいうのを言うんだと思った。
 ていうか、さっきから会話が見えない。何のことだかさっぱりだし。
「ねぇ、その人一体誰なの?」
 口をはさんでいいものかどうか悩んだが、一人会話においていかれるのも癪だし、あたしは思い切ってナインに尋ねた。
『あー……まぁ、悪魔みたいなもんだ。ホントはちょっと違うけど、今説明してる暇ねぇからそういうことにしとく』
 そういうことにしとくって、適当なやっちゃなぁ!
「悪魔モドキ?」
 思わず声に出してしまった。
『お、それいい表現だな。ま、そういうことだ』
 ナインはニヤリと笑む。
『好き勝手言ってくれる……まぁ、いい。やはりそれが羽根なのか』
 男、悪魔モドキは言う。
 羽根? そういえば、あの時も羽根がどうとかっていっていた気がする。
『手を出すなよ。こいつは俺のだ』
『馬鹿を言え。俺がなぜ現れたか、分からないわけではあるまい?』
 何かだんだん話がシリアスになってる気がするのはあたしだけ?
 ていうか、いつあたしがあんたのものになったんだよ。
『羽根を回収する』
 言うより早く、男は地を蹴った。
 それから後の姿は見えない。どこへ行ったのか、って思ってたら、突然あたしの目前に現れた。
「え……」
 まるで瞬間移動。
 動きなんて見えなかったし、いつ目の前に現れたんだか。とか考えてる間に、腕を捕まれた。
「いッ…………」
『チッ』
 そんなに遠くない所で、ナインの舌打ちが聞こえる。
 あたしは、状況がわからなくて、それでもどこからかせりあがる恐怖心にかられて、思わず悲鳴を上げてしまった。
「やぁ―――――――ッ!!!」
 その瞬間。


―――――さぁ、名前を
     唱えよ、縛りの詩
     戒めの鎖を解き放て
     捕らえるは黒き魂
     全てを包め、その名で―――――


 光があふれて。
 どこかで声。
 超常現象? なんて一瞬思ったけど、それよりすごい事態が起きてるんだって思ったら、超常現象なんて実はたいしたことないんだって思えた。
 あたしはカッと目を開く。
『何だ……ッ!?』
 男が光に怯んだ。あたしの腕を掴んでいた手の力が緩む。
「ナイン!」
 あたしは彼を呼ぶ。ナインはハッとして、男に蹴りを入れると、あたしの腕を引っ張って引き寄せてくれた。
「契約を」
『……嫌なんじゃなかったのか?』
「だってしょうがないじゃない! いいから早く!」
 何言ってんだろあたし。
 なんてやけに冷静に突っ込みを入れてる自分がいる。でも、これしか方法がないから。
 何で断言できるのかはわかんないけど、あたしの直感がそういってる。今の状況を乗り越えるには、あたしが彼を受け入れるしかないって。
『解った。羽根を』
 ナインは頷き、羽根を出せとあたしに告げる。あたしはポケットに入れておいた白い羽根を取り出した。
 そして。
 羽根の載っているあたしの掌に、ナインは自分の手を重ねた。羽根を覆うようにして、そっと。
 つまり、軽く手を繋いだ状態になったわけだ。


『我らここへ、対となれ』


 契約っていうからには、もっと長い文章をタラタラ言うのかと思ったら、割とあっさりしていて拍子抜け。
 手を離すと、羽根がふわりと宙を舞い、静かにあたしの中に入ってく。胸元にスゥと入って、消えたのだ。
 そして。
 頭の中にワンフレーズ。
――――――さぁ、今こそ戒めの名を……
 まるで呪文。
『くそッ』
 男は光に目をやられたのか、目を開けられないままよろけている。
 そして、今こそあたしは決め台詞を言うのだ。


「散れ、魔よ! 我の名は魔我鎖(マアサ)なり!」





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