2/マトン



 ことの始まりは、そう。
 奴の一言だった。
『そういえば、お前魔沌(マトン)はどうした?』
「は?」
 突然疑問を投げられ、あたしは何のことか解らず、思いっきりアホな声をだしてしまった。
『は? じゃなくて。魔沌だよ、魔沌』
 いや、そんな普通に聞かれても。
「魔沌ってなに?」
 そんな単語聞いたことないし。
『は? 説明してなかったっけ?』
「だから何のことよ!?」
 段々苛々いしてきて、あたしは思わず叫ぶ。すると、奴はおっかしいなぁ、と呟きながら頭をかいた。おかしいなぁじゃないわよ!
『言ったと思ってたんだけどなぁ。そっか。まぁ、解りやすくいうと使い魔ってやつだな』
「へ?」
 使い魔?
 まって、今何の話してるわけ? 何? 使い魔って。
『悪魔には不可欠な存在で、これが便利なんだ』
 や、そんな語られても……
「つ、使い魔って?」
『あ? そこから説明がいるのか?』
 何でそんなに驚くのよ。いきなり使い魔だのなんだのって言われたって、解るわけないじゃん!
『そうだな、人間でいうところのペットみたいなもんかな』
「ペット?」
『そ。魔力が上ほど有能な魔沌がつくんだ。姿形も様々だしな』
「え? た、例えば……?」
 まさか、ドラゴンとかそんな怖そうなの……でてきたりしないよね?
『それは自分で確かめるのが一番手っ取り早いんじゃないか?』
「ど、どうやって?」
『お前にもついてるはずだからよ。俺は魔力なくなっちまったからもういないけど』
「え? でも、あたしの中にある魔力は、もともとはナインのでしょ? つくなら同じのがつくんじゃないの?」
『力もだけど、その力を使う奴の性質によっても変わってくるもんなんだよ。だから俺のとは違うだろうな』
 な、なるほど……
「でもどうやって確かめるの?」
 大体あの悪魔モドキの襲来以来、力なんて使ってないのだ。しかもあの時は何だか無我夢中だったし、流れに流されたような感じだったから、自分でもどうやったのか覚えてない。
 尋ねると、ナインはしばらく考えてから、突然ニヤリと笑った。
 うわ。何か裏がありそうな笑み!
『教えてやってもいいけど?』
 う。何そのいい方。
「な、何がいいたいのよ」
『人に教わるときは何て言うんだっけ?』
 わざとらしく笑んで、ナインはあたしを挑発するように尋ねる。
 くっ。いつもあたしが言ってる台詞をこんな形で返してくるとは!
 相当根に持ってたのね……
『ほら。どうしたのかなぁ? まあさ?』
 耳に手をあてて、ナインはなおもあたしを挑発する。ぐっ……
「わかったわよ。言えばいいんでしょ、言えば!」
『別に無理して言うことないんだぜ? 俺には別に、まあさが魔力使えなくったって関係ないし。あ、でも、まあさは困るかもなぁ? 敵に狙われたら対処できないもんな』
 含むように言いながら、ナインはちらちらとあたしを伺う。ムッカァ〜!
 今にも怒り爆発しそうだったけど、あたしは自分の中にあるありったけの大人な部分を拾い集め、ぐっと堪えた。歯を食いしばって、屈辱に耐えながら。
「……教えてください」
 奴に向かってこんな台詞、あまりにも屈辱的だが、仕方ない。あたしは小さく告げる。
『んー? よく聞こえないなぁ?』
 ちくしょ――――っ!
 絶対聞こえてるはずなのに!
 こうなりゃ自棄だ!
「教えてくださいぃぃっ!」
 奴の耳元で叫んでやった。どうだ。よく聞こえただろう。
『っ……お、お前なぁ……』
 ナインは頭に響いたのか、耳を両手で押さえ、顔を歪めている。
「よく聞こえたでしょ?」
『だからって、耳元で叫ぶなよ!』
「だって聞こえないっていうから。耳が遠いんだと思って。これでもあたしなりの配慮だったんだから」
 ざまぁみろ。調子に乗りすぎるからだい。あたしは内心ナインに対して舌を突き出していた。ベーッだ。
『ホントかよ』
「疑ってんの? ひっど〜!」
『あー……解った。信じる、信じる』
 これ以上言い合うのが面倒になったのか、ただ単に勝てる気がしなかったのか解らないが、ナインはあっさりと降参した。ふふん。だいぶ引き際が解るようになったじゃないの。
「で? 教えてくれるんでしょ?」
『はいはい。んじゃ、まあさ君。そこに座りたまえ』
「……なんで口調変わってんの?」
『こら! 先生に対しては敬語を使う! これ常識!』
「せんせー! 何でキャラ変わってるんですかぁ?」
『うむ。い〜ぃ質問だ。ではお答えしよう。それはだね? つまり、気持ちの問題だよ、うん』
 意味わかんねぇよ。という突っ込みは心の中でとどめておいた。
『他人にものを教えるという立場から、教える側も教わる側も心をいれかえねばらないのだよ』
 つまり、教師ごっこがしたいだけなんだろう。学校が楽しくてしょうがないんだな。
『わかったかな?』
「わかりました。なので、本題に入ってください」
『うむ、よろしい。では』
 言いながら、どこから出したのかナインはホワイトボードに覚えたばかりの文字をつらつらと書きはじめた。ていうか、ホントにどっからだしたわけ?
『まず、魔力について簡単な説明からしよう。魔力は大きくツータイプに別れる。攻撃性と防御性。ハイここ試験に出ますよー』
 バシバシとボードを叩きながら、あたしに指摘する。ダメだ、もう入りきってる。
『で、またそこから細かく別れるんだが、まぁ、これは非常に説明も面倒だし、理解するのも難しいのでここは飛ばすことにする。さっき言った、攻撃性魔力だが、読んで字の如く相手にダメージを与えるための力だ。反対に防御性魔力は自分の身を守るための力。ここまでで何か質問ありますかな?』
 首をふる。それを見てナインは頷き、話を続けた。
『それから、攻撃を使うには体力を、防御を使うには精神力をそれぞれ削られるので、使いすぎには注意だ。さて、魔力について理解したところで、本題に入ろう。魔沌の召喚のやり方だが……まあさ君、君、ちょっと服を脱いでみなさい』
 言われて一瞬、何のことかわからずにきょとんとしていたが、しばらくして奴が何を言ったのか理解し、あたしは思いっきり叫んでしまった。
「はぁぁ!? 何言ってんの!?」
『む。先生に対しては敬語! ドゥーユーアンダースタンド?』
「い、イエス」
 ……じゃなくて!! 頷いてる場合じゃない!
「なんで、服なんか脱がなくちゃならないのよ!」
 あたしは思いっきり奴にくってかかった。すると、はぁ、と溜息をつかれる。こっちが溜息つきたいわよ!
『あのなぁ。別に裸になれって言ってるわけじゃないんだぞ? その上着を脱いでくれっていっただけだろうが。それとも何か? 俺がお前に何かいかがわしいことでもするんじゃないかとか思ってたのか?』
 なっ!
「そ、そんなこと思ってないわよ! 脱げばいいんでしょ? 脱げば! ほら!」
 あたしは勢いで、上に羽織っていた薄めの上着を脱ぎ捨てた。タンクトップ一枚だけの格好になる。それを確認して、ナインはあたしの後ろに立った。
『悪い、まあさ。ちょっとめくるぞ』
「へ!?」
 問うまもなく、ナインは服をめくる。タンクトップの下はもちろん素肌だ。
「なっ!? やっ……!!」
 抵抗したが、肩を掴まれて動けない。っていうか、この状況のどこが如何わしくないってのよ! 十分セクハラじゃないっ!!
『暴れんなよ。お、あった』
「え? な、何? 何があったの?」
 あたしの背中に何かついてんの? 自分からは見えない。っていうか、この状態ってかなり恥ずかしい……
 しかしナインは答えず、ピタっとあたしの肌に触れた。
「ひゃっ!?」
 冷たい手。ナインは背中の中央に、円をなぞるように指を動かす。
「くすぐった……や、やだ! ちょ、やめてよっ!」
 ぞくりと悪寒が走って、あたしはまたも暴れた。が、肩を掴まれているだけなのに、微動だにできない。


『目覚めよ。誓約のもとに』


 ナインは言葉と共に、指の動きをピタリと止める。それと同時に、背中が焼けるように熱くなっていく。
「痛っ!」
 痛い。背中もだけど、体中の血管の中を、熱湯が駆け巡るっているような、火傷した時みたいなチリチリとした痛みが走る。
 気持ち悪い。
 何かがあたしの中を駆け巡ってる。どろりとした感覚。
 は、吐きそう……
「うぅ……っ……」
 痛くて、気持ち悪くて、あたしはその場に膝をつく。
 気絶するんじゃないかって思った瞬間に、急に体が軽くなって、痛みも消えた。
 あたしは床に手をついて、前屈みになる。体を支えるだけの体力もないほど、体から力が抜けていた。
『大丈夫か?』
 大丈夫なわけ、ないじゃない。見てわかんないの? 叫んでやりたかったが、そんな余力さえもない。
 っていうか、アンタ今何したのよ。
『とりあえず、成功したみたいだな』
「え?」
 あたしはかすれた声で首を傾げた。何言ってんの?
『あれ、見てみろよ』
 あれ? 首を傾げたまま、あたしはナインの示す方に視線を移した。正直今すぐにでも横になりたい気分だったが、それを見た途端、そんな思考もどこかへ吹っ飛んだ。
「かっ……」
 あたしは思わず零す。
「かっわい――――っい!! きゃ―――! 何この子――――!?」
『キュゥッ』
 思わず抱きしめると、それは鳴いた。キュウッ、だって! 鳴き方も可愛い!!
 今あたしの目の前にいるのは、なんとも可愛らしい生き物だった。大きさは生まれたばかりの赤ちゃんくらいで、見かけはフェネックに似ている。 ふさふさで柔らかい薄茶色の毛並み。光があたると、黄金のように光って見える。目がクリクリッとしてて、そのつぶらな瞳がまた何とも可愛らしい。  背には小さな翼があった。
「何この子―――! すっごく可愛いんだけど!」
 抱き心地も柔らかくて最高だ。
『それがまあさの魔沌だ。しっかし、だいぶコンパクトだな』
「へ? この子が、魔沌?」
 あの、いわゆる使い魔ってやつですか?
『そ。名前、付けてやれよ』
「名前?」
『その方が愛着が湧きやすいだろ?』
「なるほど。それもそうか」
 つっても、名前ねぇ……あたしはしばし考え込む。
「……ひなた」
 光が当たると金に輝く陽のような毛色。眩しいお日さま色。うん。ピッタリじゃない?
『ひなた?』
「うん。ひなた……変かな?」
『いいんじゃねぇの。キラー凶介とかよりは』
 そ、それは確かに厭だ。
「……っていうか、まさかそれ自分の魔沌につけてたりとかしないよね?」
『まさか』
 ですよね? ナインの返事に少し安堵して、あたしは腕の中にいる魔沌こと、ひなたに視線を向ける。
「と、いうわけで、君はひなた。よろしくね、ヒナ」
 魔沌、ひなたに向かって言うと、嬉しそうに鳴いた。すりすりと擦り寄ってくる。
「やぁ〜ん! かぁわいー!」
 この日、あたしの黄色い悲鳴はやまなかった。





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