3/シット



 最近のまあさは、至極機嫌がいい。
 俺が色々とちょっかい出しても、いつものように怒鳴ったり喚いたいりしなくなった。というよりは、相手にすらしてくれない。
 それもこれも、あれのせいだ。
「ヒナ〜! 可愛すぎるぅ」
 語尾にハートマークがつきそうな声で叫び、まあさは目の前でハタハタと毛繕いをしている魔沌こと、ひなたをじっと見つめていた。
 ひなたは窓際の、日のあたる場所が気に入ったらしく、特に暇な時は大抵ここで毛繕いをしている。それを飽きることなく眺め続けるのが、最近のまあさの日課となりつつあった。
『キュゥ』
 まあさが微笑ましく毛繕いの一部始終を見守っていると、その視線に気づいたひなたが彼女を見上げ、首を傾げる。それをみて、まあさはたまらず腕を差し伸べた。
「ヒナ、こっちおいでっ」
 求めるように手招きされたひなたは、尻尾を振りながらフヨフヨとまあさに向かって飛んでくる。すっぽりとその腕の中におさまった。
「はわぁ〜。和むわ」
 その光景が、また酷く俺には気に入らなかった。魔沌を召喚したのは俺だが、こんな風になるんなら、黙ったままにしとけばよかったと、少し後悔する。
『ふん』
 俺は機嫌悪く、声を漏らした。
 何でこんなに苛々するのかは解らないが、とにかく、まあさがひなたばかりにかまけているのにメチャクチャ腹がたってしまう。
「ナイン? どうしたの」
 そんな俺に気づいたらしく、まあさが顔をしかめて問う。
『別に』
 いくら気に入らないからといって、原因もわからないこんな苛立ちを告げられるはずもなく、けれどやっぱりなぜか悔しくて、声が不機嫌になる。俺はまあさから視線を逸らした。
 まあさはその態度が気に入らなかったのか、ひなたを抱えたまま、俺が据わっているソファの隣に腰を降ろし、溜息をつく。
「あのね。そういう態度とってるくせに、別にってことはないでしょ?」
『……』
 抗議してくるまあさをちらりと垣間見る。俺の方が身長も座高も高いために、座っていてもまあさは俺を見上げる形になる。怒りとも不安とも取れる、揺れるその上目遣いの瞳が、俺は気にいっていた。
 それでも、すぐにまあさの腕の中にいるひなたに視線がいって、俺は顔を逸らす。苛立ちが増した。
「何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ。ナインらしくない」
 また溜息をつかれる。普段コイツは、俺のことどういう風に見てるんだろうか。俺らしいって、どういうのなんだよ。
 今は、まあさの一言一言が、腹正しくてならない。
 俺は何をこんなに苛立っている?
 たかが人間の小娘一人に、魔沌一匹に、この俺がなぜこんなにも焦燥を感じているのか……
 いや、違うな。焦燥じゃなく、寂然だ。
 それに気づいて、おれはまさか、と眉をひそめる。
 それじゃぁ、何か? 俺は今寂しいとでも? 構ってもらえなくて、ガキのように拗ねていると?
 ありえない。
 この俺が、こんな幼稚な……
「ナイン?」
 ふわりと鼻をくすぐる甘い匂い。
 俺はそれにハッとする。
 見れば、まあさが先ほどまでとは違う不安げな表情を浮かべ、覗きこむようにして顔を近づけていた。長い髪が俺の鼻をくすぐる。それだけで、なぜか気持ちが昂ぶる。
 何だ? これは。何なんだ、この迫上がる感情は。
『……鬱陶しい』
「な、何よ。そこまで怒らなくてもいいじゃない!? 何に対して怒ってるのか知らないけどっ」
 まあさがムッとして、俺を睨んだ。そういうつもりでいったんじゃないが、いつもの調子に戻ってきたまあさに、俺は思わず笑みをこぼしてしまった。それに気づいて、俺は内心動揺する。
 嬉しいのか? 今、俺は。
「何で笑うの!? 何が可笑しいのよ!?」
 今にも喰ってかかってきそうな勢いのまあさ。完全にいつものパターンに戻ったことに、俺は先ほどまでの苛立ちも動揺も忘れて、ニヤリと笑むと、不意打ちでまあさに抱きつく。
「んなっ!?」
 まあさが一瞬、硬直した。
 やっぱり、まあさはこうでなくちゃな。これでこそからかい甲斐があるというものだ。最高の玩具。
 こんなに面白い人間は他にいない。
「ちょっ……く、苦しい! 離れてよっ」
『え、何? もっと抱きしめてほしいのか?』
 わざと腕に力を込めると、まあさは腕の中でじたばたと暴れる。
「ちがっ……はーなーしーてーッ!」
『離してといわれると離したくなくなるんだけどなぁ』
「じゃぁ、離すなっていえば離してくれるの!?」
『何か言ったか? よく聞こえなかったな』
 ニッコリ笑んで答えると、まあさは絶句した。
 これだよこれ。この反応がたまらないんだよな。
「ナインのバカ――――ッ!!」
 一拍おいて、まあさの怒声。
 戻ってきた日常に俺は満足して、さらに腕に力を込めた。
 ワケのわからない焦燥感は、もうなかった。





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