5/シセン



 あたしは、教室の窓からふと外に視線を投げた。
 誰かに見られていたような、視線を感じて。けれど、視界が映したものは、見慣れたグラウンドと校舎だけ。特に変わったものはなかった。
 あたしは微かに首を傾げる。
 最近、特に視線を感じるようになった。自意識過剰で済めばいいんだけど、何だか酷く厭な感じもするのだ。悪寒というか、殺気というか、とにかく、よくない感じの視線。
 人間っていうのは、そういうのって結構敏感なものだと思う。だからきっと、これは気のせいじゃない。
 あたしは溜息をついた。
 誰かに見られている、というのは、いい気分じゃない。はっきりいって、気持ち悪い。
 見られている相手が特定できればそうでもないのだろうけど、全く解らないとなると、誰に見られているのか気になってしかたなかった。見えない相手が、怖い。
『まあさ、まあさ』
 誰かの呼ぶ声に、あたしは現実に引き戻される。ハッとして、隣を振り返った。ナインが教科書で顔をかくし、あたしの腕をシャーペンで突付いていた。
「何?」
 ヒソヒソと小声で声をかけてくる姿は、何とも人間らしくて、あたしは必死で笑いをかみ殺す。ナインは気づいたあたしにニッと笑みを作った。
『何か外に面白いもんでもあるのか?』
「え?」
『さっきから、ずっと外ばっか見てただろ?』
 指摘され、あたしは返答に困った。変なところよく見てるなぁ、と、いつも思う。あたしはしばし逡巡して、かぶりを振った。
「違うよ。ちょっと授業がつまんなくて」
『ふぅーん?』
 あたしは適当に誤魔化す。ナインに話したところで、どうなることでもないと思ったからだ。その答えに、ナインは興味が失せたようにあたしから視線を外した。
 退屈そうな表情のまま、ノートに向きなおる。何を始めるのかと思って軽く覗き込んでみると、そこにはびっしりと落書きの跡。ナインはそれの続きを書くようにしてシャーペンを握る。カリカリと紙の上を滑る音が響いた。
 あたしはしばらくそれを見守り、飽きると今度は視線を教卓に移す。教師が何かを必死に説明し、生徒はだるそうにそれを聞き流している。
 いつもの風景。いつもと変わらない日常。
 教師がいて、クラスメイトがいて、ナルちゃんがいる。そして、最近ではもう完全に学校に溶け込み馴染んでしまった、ナインが隣にいる。それが、当たり前になってる。
 いつの間にか、あたしの日常はナインが中心になっていた。
 悪魔……
 人間が死んだあとに部類される魂。
 ナインは、悪魔で。
 そういえば、どういう基準で悪魔とか天使とかに分けられるんだろう? 思い返してみれば、あたしって実はナインのこと何にも知らないんじゃない?
 今まで振り回されてばっかりで、そんな余裕がなかったせいもあるわけだけど。
 ちらりと、あたしはナインを垣間見た。
 端整な横顔は、楽しそうに笑みを浮かべている。熱心に落書きを完成させていく様は、とてもじゃないけど悪魔とは思えない。
 あたしは思わず、笑みを零す。が、それと同時に、異様な気配を感じ取った。自分でも解る。笑みが崩れた。
 すごい、圧迫感。
 何? この殺気のような、威圧感は……


―――――助けてくれ……


 ズキリと、頭が軋んだ。
 何、これ。
 気持ち悪い。
 夢で聞いた、あの声……
 視界がぐにゃりと歪む。
 膜がかかったように、ぼやけていく教室の風景。
『まあさ……?』
 ナインの声が、やけに遠い。隣にいるはずなのに……
 ぼんやりそんなことを考えていると、ざわざわと喧騒が続いた。
 あたし、今どうなってるんだろう?
 景色が傾いてる。
『まあさ!』
 違う……あたしが、傾いてるんだ……
 視界の端に、人影が映った。多分、ナインだと思う。
 必死で手を伸ばしてみるけど、身体がいうことを聞いてくれなかった。鉛でも飲み込んだように、重い。
 視界がかすむ。
 景色が揺らぐ。
 時間が、すごくゆっくり流れてるように感じる。まるでスローモーション。
 先ほどまで聞こえていた喧騒が、嘘のように聞こえない。耳を塞がれているような感覚。
 ゆっくり、ゆっくりと、傾き、怖いほどの静寂。
 あたしは、そのまま引きずられるようにして、意識を手放した……





BACK   TOP   NEXT