――――――さぁ、望め。強く、強く……














7/オモイ


 突然襲った爆鳴。それと共に生じた揺れに、あたしはベッドから落ちないよう、掴んでいたナインの服を強く握り締める。
 あたしに背を向けていたナインは即座に振り返り、盾になるようにあたしの身体を支えてくれた。
 一瞬の衝撃のあとに、ナインは素早い動きであたしをベッドから降ろし、床に立たせる。またすぐに背を向け、警戒するように身を屈めた。
 あたしはナインの背中越しに、辺りに視線を回す。
 衝撃と共に乾いた音が後を追ったけど、それが教室の扉を蹴破ったものだと認識するまでに、少し時間がかかった。
 扉は全壊。粉々に砕けたそれらが、虚しく床に散らばっている。
 あたしは唖然として、それを見ていた。
『見つけた』
 低く唸るような声が後から続く。あたしはその聞き覚えのある声にハッと顔を上げた。
 すでに破壊された扉の向こうから人影がのぞき、その姿があらわになる。それと共に、身体を押しつぶされそうなほどの重圧を感じた。
『フェアウェル……お前、随分と余裕がないみたいだな』
 そんな威圧感の中、ナインは平然とした態度で、あらわれた人物に挑発するような言葉を投げる。
 フェアウェル・ラズライド。
 以前あたしの家の窓ガラスも全壊した、あの悪魔モドキだった。彼について詳しく聞こうと思っていた矢先に、彼が現れたのだ。噂をすれば影、とはまさにこのことだな、と場違いなことを考える。
『本性が隠しきれてないぞ? どうりで今までにない気配のはずだ』
 ナインはやけに納得した風な表情を浮かべてる。何? 本性って、何のこと?
『黙れ、首謀者が』
 殺気が飛ぶ。以前の彼とは桁違いに、表情や雰囲気が邪悪だ。それなのにどこか不安定な、不明瞭な感じもするのはどうしてだろう。


――――――助けてくれ……


 ズキリと、一度おさまったはずの頭痛が走る。
 まるで悲鳴を上げてるみたいな……夢で聞いた声と、今の彼が重なった。
 どうして?
『今日こそ羽根を』
 重苦しい、声。耳を塞ぎたくなるような。あたしは無意識に一歩後退する。
 気持ち悪い。
『お前もしつこいな』
『黙れ。貴様に用はない。邪魔をするなら消えろっ』
 殺気を撒き散らし、言うより早く、フェアウェルは虚空に方腕を突き出す。彼の腕の回りにどす黒い煙のようなものが纏わりつき、たちまち鎖に姿を変えた。そのまま腕を振り払う。
 鎖が宙を滑った。疾風の如く、ナインの足に絡みつく。その無駄のない素早い一連の動作に、ナインは避ける暇を与えられなかった。
『なっ……』
 フェアウェルはその鎖を引っ張り、振り上げ、ナインを思いっきり壁に叩きつける。鎖が天井をかすめ、必要以上に深い傷跡を残し、乾いた音が後を追う。
『ぐっ』
「ナイン!」
 壁に激突した時に頭を打ったのか、ナインのこめかみから血が滴る。あたしの身体から血の気が引いていくのが解った。出そうになった悲鳴をかみ殺し、ナインの傍に駆けよろうと一歩踏み出す。
『くるなっ!』
 その刹那、怒声を張り上げ、ナインがあたしを睨んだ。ナインは壁に寄りかかるようにして身体を預けたまま、痛みに顔を歪ませている。
 今までに向けられたことのない表情に、あたしの身体は硬直した。無意識に竦んでいる。
『安易に自分から敵につかまるような真似はするなっ。逃げろ、まあさ!』
 苦しそうに喘ぎながら、それでもあたしを一喝するナイン。
 逃げる……?
 ナインを置いて、あたしだけ?
 あたしは掌を握り締めた。爪が食い込み、じわりと生暖かいものが広がった。
『早く!』
『させるか』
 二人が口を開いたのは同時だった。
 フェアウェルが鎖を手繰り寄せる。その先にはナインが縛り付けられている。それを、あたし目掛けて振り払った。
 当然、あたし目掛けてナインの身体が飛んでくる。距離が縮まる。
 あたしは、動けなかった。
 避けようと思えば避けられたのかもしれない。それでも、身体が石のように固まって動かなかった。
 鎖が光を反射して厭な輝きを放つ。チャリチャリと耳障りな金属音を立て、速度を増し、ナインの身体が直撃した。腹部にナインの身体がのめり込み、あたしは喉をせり上がった痰を吐き出した。
 そのままあたしとナインは、壁に激突する。
 衝撃から刹那遅れて走った激痛。背中が焼けるように熱く、ミシリと嫌な音が耳の奥で鳴った。
「ぐっ……ぅ」
『まあさっ』
 あたしに受け止められるようにしてぶつかったナインは、あたしを盾にして、壁に直撃することはなかった。その代わり、あたしがもろに衝撃を受けてしまったのだ。
 身体が悲鳴を上げてる。動けない……
 そのまま暗転しそうな意識を、けれど覚醒させたのは、ナインを縛り上げている鎖があたしの身体にも絡みついてきたのに気づいたからだった。
 足に巻きつき、胴を伝い、腕に絡み、首を這う。普通の鎖とは違う、ドロドロとした粘着力のある感触に悪寒を感じ、あたしの身体が震えた。気持ち悪い。再び意識が混濁し始める。
 沈むような感覚。
『まあさっ! ……くそっ。まあさ! 返事をしろ、まあさッ』
 絡め取られた四肢。引きずられるようなそれに、ナインとの距離が開く。必死に声を掛けてくるのが微かに聞こえるけど、声をだすどころか、顔を上げることもできない。
 次第に鎖が全身を覆っていく。
 これに全部呑まれたら、あたしはどうなるのだろう?
『無駄だ。あがけばあがくほど、それは絞まるぞ。ナイン・リトルバー』
『うるせぇっ! ちくしょう、まあさっ!』
 ダメだ……
 苦しい。
 気持ち悪い。
 あたしの身体に巻きつく、ドロドロとした感触の鎖。まるで意思を持っているかのように蠢き、這いずって、喉元まで迫ってくる。
 抵抗もできない。
 ただ、堕ちる……
 まるで、堕ちて行くような感覚。
 呑まれて、堕ちていく。
 厭だ、こんなの……っ
 あたしの、せいだ。あたしがまともに魔力が使えてれば……こんなことなら、もっと真面目にナインに使い方を聞いておくんだった。
 どうにかなるなんて、安易なこと考えてたから。
 ナインも怪我して、あんな、血が……っ!
「くっ……ぅ」
 あたしは歯噛みする。ギリギリと耳の奥で鳴る歯のこすれ合う音。

 悔しい……

 悔しいっ

 悔しいッ!


―――――――呼べ……さぁ、我を呼べ


 誰……?


――――――我の力は汝の力。さぁ、我を使え


 やけに響く、透き通った声。
 はっきりと頭に響く、旋律。
 前にも聞いた。あたしは、この声を知っている。


―――――――望むままに、我を創れ


 創る?
 何を? 一体何を……


―――――――望め。強く、強く……


 望むもの。
 ナイン……助けなきゃ。
 この気持ち悪い影を打ち払って。
 あたしがやらなきゃ。あたしが助けなきゃ……
 あたしが……――――っ!


 瞬間、光が、溢れた。




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