序章



 凍ったような冷たい空気の中で、女は眉をひそめた。
 何かの気配を感じ取り、ゆっくりと振り返る。息を吐くたびに、空気が白く濁った。
『予想通り、失敗してくれちゃったよ、彼』
 子ども特有の、高い声が響く。
 それでも、無邪気とは到底呼べない、邪気だらけな口調。
 闇の中から姿を見せた少年は、カツカツとリズムよく足音を立てて女の傍まで近づいた。
『やはりフェアウェルでは、使い物にならなかったようだ』
 女は口惜しそうに、目の前の少年を見やる。
『全くの役不足だね。あの場で引くなんてどうかしてる。思わず僕が止めをさしちゃったよ』
 その時の光景を思い出したのか、嘲笑うように少年はくつくつと嫌な笑いをたてた。
 彼ら以外に、ここには何もない。
 静まり返った空間で。いまにも崩れてしまいそうなほど張り詰めた空気。
『魔伽と契約を交わした魔我鎖、か。面白そうだね。ねぇ、次は僕が行ってもいいでしょ?』
 少年はにっこり笑うと、未だに不機嫌さを隠そうともしない女に了解を得る。
『……よかろう』
『やった』
 女の頷きに、少年は嬉しそうな声を上げた。
『魔我鎖の称号を得た少女、か。どうやって壊してやろうかな』
 少年はうっすらと冷笑を浮かべる。もはや子どものものとは思えないほど冷えた表情。
 破壊を望む少年は、一人の少女の姿を思い描き、うっとりとその身が崩壊して行く様に愉悦する。
『ふふっ。最高の余興を用意してあげるよ。宝永 まあさ、君のためにね……』
 高らかな声が、辺りを支配した。





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