1/アンジ



「とりあえずさ、整理しよう」
 あたしは開口一番、言い放つ。
『あ?』
 突然の台詞が理解できずに、きょとんとした表情を浮かべるナイン。あたしは人差し指を立てて、説明を付け加えた。
「近日いろんなことが起こったでしょ? あたしの脳みそってかなり理解力乏しいのね? だから、ほとんど整理しきれてないわけですよ。なので、順を追ってゆっくり解りやすく現状を整理しようと思って」
 フェアウェルの襲撃から早二日。
 奇跡というか、ただ単に頑丈なだけなのか、打ちつけた背中に殆ど異常はなく、少し腫れて仰向けには眠れないことを覗けば、特に重症もなかった。
 動くと疼くような弱い痛みが走るため、ナルちゃんに一週間自宅に監禁されてしまった。学校を休んでずっと床に臥せっていたあたしは、二日目でこの退屈さに耐えられなくなり、同じく学校を休ん付き添ってくれていたナインに、名案とばかりに今の提案を持ちかけたのだ。
『……要するに暇つぶしなんだろ』
 すぐさま見透かされる。
「い、いいじゃない。それもあるし、さっきいった理由も嘘じゃないもん」
『解った解った』
「む。何か馬鹿にしてない?」
『気のせいだろ? で? 何から聞きたいんだよ』
 逃げたな。まぁ、いいけど。
「えぇっと……」
 何から聞いたらいいんだか。
「とりあえず、フェアウェルのことから」
 あたしはこの間の戦闘を思い出す。あまり思い出したくはないことだが、きちんと理解しておくべきだと思う。契約してしまった以上、もう無関係ではないし、あたしにはその義務があるから。
『この前も説明した通り、この世界には白、黒、透明の三つの魂が存在する。白はそのまま生まれ変われる魂のことで、天使とも呼ばれている。逆に黒の魂は魔力を得ることができ、生まれ変わるためには俺のような改封魔になるしかない』
「……透明の魂は?」
『透明の魂は今のまあさの中にある魂がそうだ。器に入るために、白の魂は色を失くす。得た器の中で再び、白か黒かに分かれるんだ。透明は、生きている証。生きている瞬間の魂。ここまではいいな?』
 あたしは頷く。
『だけど、フェアウェルの魂はその三つのどれでもない。意図的に創り出された紛い物。創り物。偽造。血とほんの僅かな魂を削って作り出された、操り人形。それが、堕天使フェアウェル』
 堕天使。
 強大な力を有するものだけが創れる紛い物。
 誰かは解らないけど、その者の都合で作り出され、そして消されたフェアウェル。
『そしてやつが俺を狙うのは、俺がかつて最強の悪魔、マカの称号を得ていたからだ。目的は未だはっきりとはしないが、おそらくこれからも敵は襲ってくるだろうな』
 ナインが言いながら、渋面を作る。面倒くさいことになったと悪態をついた。
「そういえば、ヒナのあれは?」
 戦闘時に、あたしの創造するものに姿を変えたひなた。沈みかけた意識の中で聞こえたあの声は、やっぱりひなたなんだろうか?
『あぁ、魔沌の具現化な。ひなた召喚する時にいっただろ? いると便利だって。魔力の象徴、己の力の形。それが魔沌なんだよ』
「じゃぁ、ひなた自身があたしの中にある魔力ってこと?」
『そういうこと。といっても、まあさの中にある半分だけの魔力な。残り半分はまた別』
「残りの半分は何?」
 問うと、ナインは顔を顰めてだんまりを決め込んだ。
『……ま、そのうちな』
 口を開いたかと思うと、軽くあしらわれてしまう。むぅ。だったら気になるような発言しないでほしいんですけど。
『因みに魔沌の具現化は扱う魔力の強さと熟練度によって異なる。この間まあさがやったような武器の具現化から、水や炎といった形のないものにまで変化する。で、こういう漠然とした不明瞭なものに具現化させるには、相当力をコントロールできないと無理だ。だから今のまあさにはあれが限界ってわけ』
「気を失っちゃうくらいだしね」
 いつの間にか意識を失ってしまったあたしは、気がついたらベッドで眠っていた。目が覚めた時にナインがいて危うく心臓止まりかけたって事実は、そっとあたしの胸の中にだけしまっておくけど。
『仕方ねぇよ。始めて長時間あれだけの魔力を使ったんだ。攻撃魔力は体力を消耗するって言っただろ? 具現化は相当体力使うんだよ。それに、まだまともにコントロールもできてない状態なんだから尚更な』
「……どうやったら力をコントロールできるようになる? この前みたいに毎回力が使えるとは限らないし、いつでも使えるようになっておかないと……これからも油断できないでしょ?」
『まあさ』
「ん?」
 顔を上げた途端、ナインの笑みと出会う。嬉しそうな表情を浮かべて、あたしの頭を撫でた。
 え? 何? 何でそこで嬉しそうに笑うの? っていうかちょっと子ども扱いやめてくださいよ!
『焦ることないぞ。無理して打っ倒れられても困るしな。ゆっくり覚えていけばいいんだ』
「でも」
「でもじゃない! まずは怪我を治すことが最優先っ」
 突然の声の介入に、あたしは思わず短い悲鳴を上げてしまった。
「な、ナルちゃん……」
「何よ、そんなに驚くことないじゃないの」
 制服姿のまま仁王立ちしていたナルちゃんは、ムッと不機嫌な表情を浮かべながらベッドまでくると、そこに腰掛ける。
「あんたね、あたしがどれだけ心配したかわかってるの?」
「う……ごめんなさい」
 確かに目が覚めたとき、ナルちゃんの目が潤んでたのは覚えてる。ホントに心配してくれてたっていうのが痛いほど伝わってきて、居た堪れなかった。
『学校の方はどうだ?』
「特に異常無し。アンタの暗示とやらがバッチリ利いてるみたいだわ」
『当然だな』
 へ? ちょっと待ってください、二人とも。あたしの知らない会話をさも当然のようにしないで。
「暗示って何?」
 何かすっごく嫌な予感するけど。
「え? あんたまあさに説明してなかったの?」
『あー……したと思ってたんだけど、この反応はしてなかったってことだよな』
 してないし何にも聞いてない。
 ていうかあんた一体いつも誰に話した気になってるわけ? 前も確かこんなことあったよね?
『あのな、まあさ。ちょっと聞くけど、何で保健室半壊状態で普通に授業が中止にならないか、少しも疑問に思わなかったか?』
「へ? そ、そういえば」
 あれだけの騒ぎが起きたのに、しかもあんなありえない状態の保健室を見て、確かに休校とかにならないのはおかしいかも。普通、警察沙汰とかになりそうなのに……
『俺は別にあんなの日常茶飯事だから何とも思わねぇけど、人間には怪奇現象だろ? 色々と騒がれると面倒だから、ちょーっと俺が細工して、事実を隠蔽したってわけだ』
「それが、暗示?」
『そ。魔力使えなくったってこれくらいならできる。まぁ、一種の催眠術みたいなもん』
 催眠術……
 じゃぁ、じゃぁ。
「あっさり転入生として学校にもぐりこんだのも……」
『まあさ今日は冴えてるな』
 ビンゴ、とナインが指を鳴らす。
 ちょっとまって! 冴えてるな、じゃないっ!
「もぉ、信じられないぃぃっ」
 あたしはそのままベッドに俯けに倒れこむ。頭を抱えた。
 どうりであっさりもぐりこめたはずだ。相手を催眠術にかけてれば世話がない。
「まさかあたしにまでかけてないわよね!?」
『事情知ってる奴に暗示かけてどうすんだよ』
「そ、そうだけど。例えば……そう、契約するように促す暗示とか!」
 結果として結局納得してないながらも契約をしてしまったのは、まさか暗示にかけられたから……とかはないと思うけど。
『……そういう使い方もありか』
 真面目に感心するナイン。
 しまった! 知恵を与えてしまった!?
「い、いいい今のナシ! 何にも言ってないっ。聞かなかったことにしてぇぇぇっ!」
 うわぁぁぁん!
 暗示とかマジ勘弁してくださいよぉぉっ!
「焦ってる焦ってる」
『お前そんなに暴れてたら怪我に障るぞ』
 う!?
 指摘されて、自分が怪我人であることを意識した途端いきなり背中が疼き始める。
「うー……」
 なんて都合のいい身体なの。
「心配しなくても大丈夫よ、まあさ。暗示なんかなくったって掛かるときは掛かるもの」
「そっかぁ」
 ……ん? それって、どういう意味?
「まあさは単純さがウリなんだから」
 ニッコリスマイルのナルちゃん。何か今さらりと凄いこと言われた気がしたんですけど、気のせいですかね?
『まあさ、深く追求するな』
 ナインが珍しく真面目な顔をして忠告してくる。
 何? 何でナインそんなに真剣なの?
 あたしは意味が解らず、終始疑問符を飛ばしながら、首を傾げることしかできなかった。





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