2/ナンパ



『へぇ、あんたが魔我鎖? 見た目はそんな強そうに見えないけどなぁ』
 悪かったわね。
『ね、俺今暇なんだよね。つきあってよ』
 うっさいなぁ。
『あんた結構かわいいしさぁ。うんと可愛がってやるからさ』
 放っといてくれ!
『なぁ……』
「だぁ――――っ! もぉ、うるっさい! あたしに声かけんな、近寄んな! あたしの周り半径二メートル以内で息すんな! うせろ!」
 あたし、宝永まあさ。
 17年生きてきて、はじめて人生に一度はあるというモテ期を向かえました。ただし、相手は悪魔ですけどね!!
 やっと怪我が完治してから早一週間。フェアウェルの事件からは約二週間が経っていた。
 ようやく動き回れるようになった悦びに浸る間もなく、これまで一度として見たことも遭遇したこともなかったナイン以外の悪魔に、この一週間で、今目の前にいる悪魔を含めて計五人にナンパされるという驚異的な記録を叩き出してしまったのだ。
「嬉かないのよ! 悪魔にいいよられてもっ!」
 さっきからずっとついてくるこの悪魔を、あたしは一喝した。奴はきょとんとした表情を浮かべた後に、怯むことなくにんまりと笑う。
『気の強ぇ女だなぁ。でも俺、嫌いじゃないぜ』
「そりゃどうも! でもあたしはしつこい悪魔は嫌いなんで!」
『そーそー。よく言ったまあさ』
 叫んだ台詞に、相槌がかえってくる。
「へ?」
 突然ふわりと体が軽くなって、ついでに景色も何だか反転して、あたしは間抜けな声を上げた。
『つーかお前。俺のもんに手ぇだそうとするなんていい度胸じゃん?』
 自分が抱きかかえられていることに気づくまでに、約一分。
 あたしは突如現われたナインに、現代ではいまいち使い所のわからないお姫様抱っこなんかされていた。
「ちょっ! お、おろしてよ!」
 あたしは恥ずかしくなってじたばたと暴れる。最近、さらに輪を掛けてナインの態度が馴れ馴れしくなった気がする。
「もう、いい加減降ろしてよ!」
 喚き散らしてみるが、悔しいことに奴は体制を崩すことすらない。すっぽりとナインの腕の中におさまってるあたしは、脱出不可能となっていた。
『まあさ、ちょっと大人しくしててくれよ。俺は今コイツとのケリをつけなきゃなんねぇんだからよ』
「しなくていい! いいから降ろしなさいっ!」
 あたしはナインを一喝した。だけど奴は聞く耳を持たない。
『……あんた、もしかして魔伽か?』
 そんなあたし達のやり取りを傍観していた悪魔が、唐突に真面目な顔を浮かべて口を開いた。マカ、という単語を聞いた瞬間、ナインの表情が一転する。
『何でそう思う』
 酷く冷たい声と、表情。フェアウェルを睨みつけた時みたいな……あたしはそれに、強く手を握り締めた。ナインのこの表情、怖い。あたしの前では絶対しない、冷たい顔。
『漆黒の髪に紫色の瞳の魔伽がいるって噂は、強ちデマでもなさそうだな』
 悪魔は興味を示すような笑みを浮かべた。確かに、紫の瞳ってのは珍しいかも。
『しかも何を血迷ったか改封魔になったとか。信じちゃいなかったけど、そうか。だから魔我鎖なんて珍しい称号を得た人間が現われたりしたのか』
『だったらどうした』
 辺りの温度が下がっていく。ナインから完全に表情が消えた。あたしは硬直する。
『いや、別に。ただ、それだけの力を持ちながら、何で改封魔なんかになったんだ、と思っただけだ。俺なら絶対しねぇ』
 馬鹿にした口調で返され、ナインから殺気が飛んだ。あたしは腕の中で必死にその威圧に耐える。怖いし、言葉が出ない。唇を噛み、きつく目を閉じた。ナインの表情を見ないで済むように。
『どうやら消されたいらしいな』
『まさか。っていうか、今のあんたじゃ勝負にならないと思うけど?』
 余裕を孕んだ答えに、ナインの失笑が聞こえた。
『教えてやるよ。今の俺でもてめぇを消すのには十分すぎるってことを』
『負け惜しみにしか聞こえないぜ?』
『すぐに解る』
 ナインの口調が強くなる。急に固いものが足にあたり、思わず目を開けると、ナインがあたしを地面に立たせていた。対峙する二人。ただならぬ殺気に、びりびりと肌を刺すような痛みが走る。
『……やめた』
『あ?』
 張り詰めた雰囲気の中で、肩を竦めながら唐突に悪魔が呟いた。殺気を消した彼に向かって、ナインは怪訝そうな表情を浮かべる。あたしもいきなりの台詞に首を傾げた。
『女がいるのに暴れるわけにはいかねぇからな。悪いけど、俺はあんたと違って紳士なんだよ』
 勝ち誇ったような口調でいわれ、ナインは虚をつかれたように目を見開く。悪魔はそんなナインには興味を示さず、あたしに向かってニッコリと笑みを浮かべた。
 っていうか、紳士な人はナンパなんかしないと思うんだけど。って突っ込む前に、悪魔はひらりと宙に浮かび、背を向けた。
『俺結構あんたのこと気に入ったし。今日は俺が引いてやるよ。んじゃ、またなっ』
「へ?」
 あたしは悪魔の台詞に思わず素っ頓狂な声を上げる。だって、またね、って……
 またくるの!?
『二度と現われんなッ!』
 どうやらナインも同じことを思っていたらしく、悔しそうに顔を歪めて怒鳴ったが、すでに悪魔の姿は消えていて、彼の耳にそれが届いたかどうかは、あたし達にはわからなかった。





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