4/タイケツ



 唱えるは縛りの詩
 絡めとれ、黒の魂
 掌握するは魔と呼ばれる者
 その名は証
 その名は力
 捉えよ、その名で―――――




『でたな、このナンパ野郎が』
 あたしを後ろから抱きしめるようにして、ナインが嘲笑する。何か最近、あたし振り回されてばっかり。
「ていうかさ、何でこんなところにいるわけ?」
『あのクソ悪魔の気配がしたから、もしやと思ってきてみたら……』
 あぁ、さいでっか。あたしの心配してんだか単にアリエスが気に食わないだけなんだかいまいちよく判んない。
『そんなに俺が現われるの待ってたのか? どうしよ、好かれちまった』
『誰がてめぇなんか好きになるか! 気色悪いッ』
 からかうような口調で言うアリエスに、本気で厭そうな顔を浮かべて抗議するナイン。
『つーかさ、いつまで抱きしめてんだよ?』
『てめぇには関係ないだろ。こいつは俺のなんだからな』
 今のあたし達の状態が気に食わないという表情を浮かべたアリエスに、ナインは面白いことでも発見したような笑みを浮かべ、わざとらしく挑発するようにあたしをさらに強く抱きしめた。
 睨み会う二人。じゃない、悪魔。しばらくそのままの状態が続き、唐突にアリエスが肩を竦める。
『あんたが勝手に言い張ってるようにしか聞こえないけど?』
 ずばり的を得た発言。
 そうっ。そうなんだよね。勝手にナインが言ってるだけであって、あたしは奴のもになった覚えは微塵もないんだよ。
『悔しいのか?』
『言ってろよ。今に後悔させてやるっ!』
 ふふん、と鼻で笑ったナインに、アリエスが逆上した。うわー、さっきは女がいるのに暴れるなんてできないって言ってなかったっけ? メチャクチャ暴れ出しそうな勢いですけど。
『いいぜ、そっちがその気なら乗ってやるよ。まあさ』
「な……―――――んっ!!?」
 顔を上げた瞬間、目の前が真っ暗になる。突然のことにあたしの思考は完全に停止した。
「なっ……」
 な、な、な……っッ!?
「なにすんのよ――――っ!!」
 平手打ちをかましてやろうと咄嗟にでた手も、軽々と掴まれる。あたしの顔、多分今真っ赤になってると思う。
 だって、だって!
「いきなり、き、ききききキスするなんてっ! 信じられない、最低! 最悪っ!」
 そう。目の前が真っ暗になったのは、ナインの顔が間近に迫ったからで、いきなり唇をふさがれていたのだ。それを理解するまでかなり時間を有した。体が熱る。
 ファーストキスだったのに……突然のことにわけもわからないし、ショックで目頭が熱くなる。
『悪いな。こうしないと力使えねぇんだ』
 喚き散らすあたしを見ても奴はあくびれた様子も見せず、ぺろりと舌を舐めて逆に笑みを見せる。
「へっ?」
 あたしはナインの台詞に怒りも忘れて思わず間抜けな声を上げた。
 確かナインって魔力ないはずよね? 何でキスしたら使えるようになるの?
『……随分と強引なことしてくれるじゃん、俺の目の前で』
『だから言ったろ、こいつは俺のなんだよ』
 二人の間で火花が散った。なるほど、さっきのあれにはアリエスに見せつけるためでもあったわけか。だからといって、いきなり不意打ちであんなことされたあたしは溜まったもんじゃない。
 当分落ち込みそうだわ……
『んじゃ、いっちょ暴れますか』
 そんなあたしを他所に、にひっと笑みを浮かべると、ナインはあたしを後ろに下がらせた。
 っていうか、暴れるって!? 聞き流してたけど、それは不味い。確かに今この通りに人はいないけど、いつどこで誰が見てるかも分からないのに!
「ちょ、ナイン!」
『行くぞッ!』
 止めようとしたが、時すでに遅し。
 轟音が広がり、辺りに砂埃が舞って、二人の姿がかすむ。あたしは瞬時に自分の血の気が引いていくのが分かった。
 ど、どうしよう! 人が集まってきちゃうじゃない!
 そんなあたしの心配なんてそっちのけで、思いっきり暴れまくる二人。
 辺りに被害はないものの、上がる音は凄まじい。しかもあたしってばその中で一人浮いてるし。
『おらおら、どうしたぁ!? 人のもんに手ぇだすわりには能力低すぎなんじゃねぇの? あの自信はどこにいったんだよ、えぇ!?』
『ちぃっ』
 砂埃が晴れると、はっきりと二人の姿を捉えることができた。
 なんか、ナイン凄い強いんですけど? この間のフェアウェルの時とは大違いだ。魔力が使えてるみたいだけど、あるのとないのじゃこんなに違うんだ?
 何ていうか、戦い慣れしてる感じがする。一発一発の攻撃が正確だし、無駄な動きがない。あたし格闘とかってよくわからないけど、解らないあたしでもナインの動きは綺麗だと思うんだから、よっぽどすごいんだろう。さすが過去最強のマラだっただけのことはある。
 ……って、何冷静に状況説明してんだろ、あたし。
『くそっ、何で改封魔のくせに魔力なんかっ!』
『だから言っただろうが、てめぇじゃ俺には勝てねぇんだよ、この屑野郎がっ』
 うわー、立場逆転した途端言いたい放題。完全にいつもの調子に戻ったナインの表情は、終始笑みが浮かんでいる。もちろん、アリエスを馬鹿にするような嘲笑だけれど。
『屑じゃねぇっ! この放縦野郎が!!』
『あぁ!? お前今自分の立場解ってんのか? 今のは消してくださいっていてるようなもんだよなぁ!?』
「ちょ、ちょっと……ッ」
 段々雲行き怪しくなってきた。まさか本当に消すなんてこと……ないよね?
『んじゃ、そういうことでっ』
 ナインは極上の笑みを浮かべながら、手を発光させる。
 少し離れたあたしの位置からでもその光は眩しいのだから、相手にはもっと眩しいことだろう。
 あたしは思わず目を細める。ナインの掌の上に、光を帯びた球体が寄り集まっていくのが見えた。あれを、どうするのだろう? あんな雷の塊みたいなの当たったら、ただではすまないのでは?
「ちょっとナイン!? それ……どうするの!?」
『どうするって、決まってんじゃん』
 あたしの問いににんまり笑って、そのままアリエスに視線を移す。掌の上で徐々に大きくなっていく塊。今あたしの顔、青ざめてると思う。
「ダメよ! ナイン!! もう決着ついたんだから、やめなさいっ!」
『やだね。害虫は駆除しなきゃならねぇんだよ』
「なっ……だからってそこまでしなくても!」
『さぁてと。最期に言い残すことは? 俺は寛大だから、それくらいは聞いてやるよ』
 あたしの叫びも虚しく、ナインは苦しそうに喘ぎながら膝を折っているアリエスを見下ろし、冷ややかな声音を上げる。
『はんっ……だぁれが大人しく消されるかよ』
『それこそ負け惜しみにしか聞こえねぇな。そんなフラフラな状態で』
『うるせぇっ。たいしたことねぇよこんなの。大体、俺はまだ彼女の名前も聞いてねぇんだよ。そんな状態で消えたらそれこそ死にきれねぇっつの』
 アリエスの台詞で、ナインの額に青筋が立つ。うわ、何か鳥肌が……
『……てめぇ、まだ言うか。あいつは俺のだって言っただろうが。てめぇに教える名前はねぇんだよっ』
『そうやって自分勝手なことばっか言ってると、本気で嫌われるぞ』
『んだと? 俺のもんをどうしようが俺の勝手だ!』
 ちょっと待て。さっきからやたら連発してますけど、何が俺のもん? 何が俺の勝手?
 あぁダメだ、段々腹立ってきたぞこの野郎。
『嫉妬なんて醜いぞ』
『はんっ。お前馬鹿か? 玩具に対してそんな感情なんかあるかよ』
 玩具……?
 ははっ、玩具。あたしは道具ですか? 所詮その程度なんだ? へぇー……
「っ……最っッ低えぇぇぇぇっっッ!!!」
 思った以上に辺りの空気を振るわせた怒声。二人の動きが止まり、驚いたようにあたしに視線を向けてる。
 ムカつく。何それ。信じられない。やっぱり普段からそんな風に思ってたわけだ。前々から気づいてはいたけど、本人の口から聞くとやっぱりそれなりにダメージが大きい。
 思わず泣きそうになるのを、あたしはぐぐっと堪え、二人を睨みつけた。
「いいわよ。そんなに二人で仲良くやりたいなら、させてあげるわっ」
 頭に血がのぼって、ワケ解んない。体が熱いし、さっきからあたしの頭の中で鳴り響く声がある。
 どうでもよくなったあたしは、それに全てを委ねることにした。
「……我に与えられしは魔我鎖の称号」
 ポツリと零れた声に従うように、突如風が舞った。それは疾風の如くあたしをすり抜けていき、まるで刃のような風は一直線にアリエスに向かって行く。
『なっ……』
 風の刃はアリエスの身体を衝きぬける。もちろん、そう見えただけで、実際にそうなったわけじゃない。それから勢いよく吹き乱れ、彼を包み込み、纏わりつくように体の自由を奪った。縛りあげるように。
『しまっ……!』
『まあさ!? やめっ……!』
 二人の焦った声よりも、頭の中に響く声の方が強くて、あたしの意識はそっちに傾く。


――――――さぁ唱えよ、縛りの詩


 反響する声。


――――――捉えよ、その名で……


 あたしを導く、唯一の声。あたしはそれに従うように、脳裏に浮かんだフレーズを口にする。
「称号よりて……」
 ゆっくりと瞼を閉じ、旋律を躊躇いなく紡ぐ。身体を支配する高揚感。
「汝を掌握せんっ。我の名は魔我鎖なり!!」


 風が、散った。





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