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5/アクム



 嘘のような閑静。
 募った高揚感も、瞬時に掻き消えた。
 さっきまであんなに吹き乱れていた風も、今はピタリとやんでいる。あたしの怒りを粉砕するように、静寂が続いた。
『あー……やっちまった』
 静寂を破った、ナインの落胆。
 え? 何? あたし、何かヤバイことやっちゃった?
『マジかよー。掌握なんて何たる不覚』
 アリエスも表情を雲らせて、舌打ちする。
 ま、待って? 今この状況を理解してないのって、もしかしてあたしだけ? 何か怒りに任せて、実はあたしとんでもないことしでかしちゃったり、とか……?
「な、何? あたし何しちゃったの?」
『うわ、自覚ないし』
 アリエスの突っこみ。う、うるさいな。しょーがないじゃん!
『俺厭だぞ、こんな奴と……』
『あぁ? それはこっちの台詞だ。てめぇみたいな屑とよろしくやるのなんか』
『っんだと!? 誰が屑だ、てめぇっ!』
『お前だ、お前。一時的な魔力しか使えない俺にすら勝てないんじゃ、屑同然だ』
 おーい。もしもーし?
 あたし完璧アウトオブ眼中?
 あっはっはっは。
「黙らんかいっ、二人とも!」
 張り上げると、二人は同時に身を竦ませた。でかかった言葉を飲み込んだような顔をして、あたしを振り返る。
「はい、二人ともそこに正座! 喧嘩しないっ! 返事は!?」
『はいっ』
 同時にかえって来る返事。うん、素直でよろしい。
「で? 今のこの状況を説明してください」
『……まあさ。俺一応止めたんだからな?』
 ナインがやけに弱い主張をする。え、何? この状況ってそんなにあたしにとってよくないことなの?
『あのな、まあさ。落ち着いて聞けよ? お前が今やったのは、つまり……』
『簡単にいうと俺を掌握しちゃったってこと』
 言い難そうなナインの語尾を拾うように、アリエスがさらりと続ける。
「は?」
 何? 掌握? あたしにはそれの意味が解らなかった。
『つまり、まあさがこいつを支配したんだよ。極端に言うと下僕にしちまったわけ』
「へ? げ、下僕!?」
 何それ!? あたしそんなつもりじゃ……
『いいか? 前にも少しだけ触れたように、まあさの中の魔力は二つの性質を持つんだ。元々が俺の魔力だったものと、羽根の能力として与えられた魔我鎖としての力。我、力を持って魔を縛らん……魔我鎖の名の由来はこれだ。要するに、力で悪魔を縛って掌握することができるんだ。だから、魔我鎖はそこら辺の悪魔より強いんだよ。自分より下の悪魔なら、望めば必ず掌握できるからな』
 魔我鎖としての、力……悪魔の、掌握。
『で、それの意味するところはつまり、こいつがお前にとり憑いたってことだ』

――――――は……?

 なんかさ、どっかで聞いたことあるような話じゃない?
 とり憑いたって……
『だから当然、こいつも俺と同じようにずっとまあさと一緒……ってことになるわけで』
「へ?」
 それってつまり?
『ま、起こったことはもうどうしようもねぇからな。これから世話になりまッス』
 また厄介な同居人が増えるってこと――――ッ!?
「嘘でしょおぉぉ!!?」
 ナインだけでも手いっぱいなのに、またこんなわけわかんない奴が一人増えるの!? 冗談よしてくださいよ!
『だから教えなかったのに。何で勝手に力使っちまうかな』
「ちょっと! それだったら逆に教えといてよ! そしたら絶対使わなかったのに!!」
 普通教えるものでしょ!? 今までから察するに、土壇場にならないと力発揮できないみたいだし。あたしは思いっきりナインに食ってかかった。
「あ、そういえばも一つ肝心なこと思い出した! あんたなんで魔力使えたの!?」
 言った傍からあたしはしまった、と瞬時にナインから手を放して顔を逸らす。うわ、そうだ、余計なことまで思い出しちゃった……思わず顔が熱くなる。
『え? それはまあさから魔力を吸い取ったから』
 ……キスで? あれで、魔力使えるようになるんですか……
『覚えてないか? ひなたを召喚した時、俺お前の背中に触ったよな?』
「え? あ、うん」
 あのセクハラ事件……思い返せば返すほどあたしってば結構酷いことされてません!?
 あたしは咄嗟に顔を上げる。う、もろ目が合っちゃった。
『そこに魔力の源になってる刻印があるんだ。だからそこは一番魔力が強い。触れば一時的に俺は魔力が使えるようになる。元は俺のだったんだからな。つっても、ホントに一時的だけどな』
 そんなものが背中に……き、気づかなかった。だって見えないし。特に変わった感触とかもなかったし。
「え? でもさっきは背中になんか触ってないじゃんっ」
『だからさっきのやつで……えーと?』
 おーい? 何その反応?
 ちょっとまて、ホントまって。もしやさっきの行為がどういったものか解らずにやった、とかじゃないですよね?
 そんなお約束な展開じゃないですよね?
『……キスのことか?』
 多分、同じことを思ったんだろう。アリエスが微妙に顔を引きつらせてナインに尋ねた。
『あ、そういうのか? じゃぁそれ。そのキスとかいうやつでも魔力が使えるようになるんだよ。体内に渦巻く魔力を吸いとって、おまけに背中に触るよりもあっちの方が格段に早くできるし』
 もう奴の説明なんかどうでもいい。あたしとアリエスは思わず顔を見合わせた。ハハ……やっぱりそういうオチなんですか。
 色んな意味で痛いです。
「解った。それについてはもういい。それ以上言わないで。それと! もう絶対しないでよ!」
『それは時と場合によるだろ』
「よらない! どんな状況でもダメっ。そんなことされるくらいならあたしが戦う!」
『何でそんな嫌がるんだよ? 別に減るもんじゃないし』
 減るんだよ! あたしの気持ちが磨り減っていくんですよ! ヨレヨレのボロボロにくたびれていくんですよっ。そりゃもう、ボロ雑巾のように!
「とにかくダメ! それだったらまだ背中に触られる方がマシ!」
『それじゃ、もし道端で脱げって言ったら、脱ぐんだな?』
「ぅえ!?」
 なっ……あの時みたいに脱がないとダメなの!? ふ、服の上からとかじゃダメなわけ?
 つーか、そういうの平然と訊く? あたしはナインの台詞に身体を戦慄かせた。
『まあさ?』
 黙りこんだあたしの顔を覗くように、ナインの顔が近づく。あたしは思いきり奴を睨みつけた。
 っていうか、こういうのに関して無知って犯罪!!
「バカッ! ナインのバカ! 大ッ嫌い!」
『はぁ!? いきなり何言ってっ』
「触らないでよ! どうせ言っても解んないんだからもういいっ! 帰るっ」
 あたしは投げ捨てられた状態の買い物袋を引っ掴み、そのまま家まで早足で進んだ。





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