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6/キズ



 辺りが朱色に染まり、やがて闇を呼び始めた頃。
 少女の怒号が響く中で、明らかに異質な雰囲気を纏った少年が一人。
 じっと少女を見下ろしながら、無造作に立ちつくしている。ふと、口元が緩んだ。
『……宝永まあさ、見ぃつけた』
 お目当てのお宝でも見つけたような、子どものそれ。けれど、純粋な笑みでは決してなく、背筋の凍るような冷たさを帯びた笑顔。
『ふふ、面白いもの見ちゃった。あれが、魔我鎖の力。いとも簡単に悪魔を掌握しちゃうなんて、さすがは元が魔伽の魔力なだけはあるね』
 家屋の並ぶ屋根の上に佇むその姿は、沈む夕日に染められてまるで神々しく映る。
 少年は冷笑したまま、道を進む少女と、その後を追う漆黒の髪の悪魔を目で追った。クスクスと笑う声が僅かに辺りの空気を震わせる。
『さぁ、どうやって接触しようかな。宝永まあさにはうんと傷ついてもらわないと。壊れるくらいに、ね』
 少年は言いながら、徐に掌をかざした。その上に、淡い球体が生まれる。
 光の中に映るのは、一人の少女の姿。少年はそれを眺め、ニヤリと笑みを浮かべた。
『あはっ、いいこと思いついちゃった。楽しみだな、宝永まあさ。君の顔が恐怖と絶望に染まる顔を観るのが。君は泣くかな? それとも、あっさりと壊れちゃう?  いっそ、同情もされないくらいボロボロにしてあげようか。絶望を味わいながら、全てを憎みながら、運命を呪いながら、醜く果てる姿を、ねぇ、早く僕に見せて』
 その表情はまるで恋焦がれるような、愛しい者を思うようなうっとりとしたものだった。
 少年はクツクツと笑い声を立て、闇に染まる空気に溶けるように、揺らめきながら静かに姿を消した。



 +++++



「あんたアイスの材料買いに行ったんじゃなかった?」
 帰宅するや、玄関まで出迎えに来たナルちゃんの一言。
 それに半ば顔を引きつらせながら、もちろんキス云々のところははしょって、恒例となりつつある事後報告を済ませる。
「誰が悪魔を連れて帰れと言った? また厄介ごと増やして……」
 同時に、心底呆れたような溜息をつかれた。うぅ……ご尤もなだけに返す言葉が見つからない。
「とめる暇もなくナインが飛び出して行ったから嫌な予感はしてたけど。まさかそんな能力があったなんてねぇ」
『まさか俺も実際この身で体験するとは思わなかったけどな』
 アリエスがケタケタと笑う。他人事じゃないんだから、もうちょっと深刻になってもよくない?
『あ、そういえば俺まだあんたの名前聞いてなかった』
 アリエスが笑い声を抑え、思い出したようにあたしを振り返る。
「へ? あ、そうだっけ? あたしは――――――んぐっ!?」
 バタンッ! と玄関の扉が開く音と同時に、軽い衝撃。
『教えねぇ。絶対教えねぇ』
はぃんナイン!?」
 顔を上げると、アリエスを睨みつけながら、手であたしの口を塞いでいるナインの姿があった。追いかけてきたのだろう。少し息が上がってる。
 あたしは途端、一気に色んな感情がぶつかり合うのを感じた。それは激情ともいえる、抑えがたいもの。
「んー! ははひははいひょ放しなさいよ!」
 口を塞がれているので上手く叫べないが、それでも必死に抵抗を試みる。
 正直今、ナインの顔なんか見たくなかった。
 思い出すだけで腹が立つ!
『嫌がってるぞ、彼女』
『うるせぇ、お前には関係ねぇ』
 ……全ッ然反省の色なし?
『痛ぇっ!』
 あたしはムカついて思いっきり奴の手に噛み付いてやった。その衝撃でナインが咄嗟にあたしから手を放す。
『何すんだよ、まあさ!?』
「煩いッ! あんたなんか大嫌いって言ったでしょ! どうせあたしのこと玩具としか思ってないくせにッ。触んないでよバカ!」
 舌を突き出しながら、あたしはアリエスの後ろに隠れた。アリエスも庇うようにあたしを背後に隠してくれる。
『なっ』
 ナインが目を見開く。それからすぐに視線を逸らすと舌打ちし、あたしが噛み付いた手を擦りながら背を向けた。一瞬、その紫の瞳が揺れたように見えた。
「え? ちょ、ナイン?」
 あたしの呼びとめも無視して、ナインはそのまま階段を上がり、自室に入って行く。やけに素直に引いて、しかも物静かに去っていくその後ろ姿は何とも不気味だった。
「ちょ、ちょっといいすぎたかな……」
 自覚すると、酷い罪悪感に駆られた。やっぱり、大嫌いは言い過ぎた? 謝った方がいいのかな……
「ちょっとちょっと、何よ、マジ喧嘩?」
「ナルちゃん……」
「何? 何かあったの?」
『あー、実はぁ……』
 言いかけたアリエスの言葉を、あたしは慌てて遮った。
「特に何もなかったけど! いや、その何ていうか、日々の鬱憤が積もり積もって……っていうか」
 正直にキスされたなんて言った日にゃ、ナルちゃんに絶対からわかれるもん! 絶対言えない!
「それでさっきの大嫌い発言? ナインにとっては痛いんじゃないの? それ」
「う」
 や、やっぱり?
「独占欲の強いナインに、さっきのあれは痛手だわ。よりにもよって他の男に縋るってのは、いただけないわねぇ」
「は?」
 えーと? 何を言ってるのかさっぱり解らないんですけど、ナルちゃん?
 あの、大嫌い発言が堪えてるんじゃなくて?
「ま、謝るなら早い方がいいわよ」
『悪いのはあっちだと思うけどなぁ』
「ぅ、えぇ?」
 ナルちゃんとアリエスが対照的なことを言う。あたしはそれで余計混乱した。
 確かに大嫌いはいいすぎたかも知れないけど、それ以前にそう言われるようなことをナインがやってるんだし。でもあんな風に落ち込んだようなナイン、見たことないし。一瞬見えた揺れた瞳も、もしあたしの見間違いじゃなかったら……

 傷つけた―――――?


「あたし、やっぱり謝ってくるっ」
 立ち上がり、あたしは階段を駆け上った。





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