7/トクベツ
俺は部屋の扉を思い切り閉める。以外にでかい音を立てて、それは閉まった。
『くそっ』
何で……
何で俺、こんなに苛立ってんだよ? 最近、特にこの苛立ちが増している。
何でまあさが他の野郎に近づくのが、こんなに苛々するんだ。ムカつく。
ワケわかんねぇ。だから余計に腹が立つ。
何でたったアレだけのことに動揺なんかしてんだよ。ただまあさがアリエスの後ろに隠れただけ>だ。
それなのに……
まあさが俺よりも、あいつを選んだような気がしたんだ。
俺じゃなくて。
『……ダメなのか?』
まあさが誰を選ぼうと、俺には関係ないはずじゃないか。
そうだ。関係ない。
――――――どうせあたしのこと玩具としか思ってないくせにッ
玩具……都合のいい、人間。
都合のいい暇潰しにすぎなかったはずだろ?
そうだ。別に特別なわけじゃない。
それなのに……俺は、あいつを手元に置いときたいと思ってる。
それは、玩具として? 特別な者として?
特別って?
『好きっていうのは、相手のことを想うだけで胸が苦しくなったりドキドキしたり……まぁ、他の人と違う感情を抱くことよ』
好き? それが、特別?
「ナイン……?」
『っ!』
突然響いたノック音とその声に、俺は思わず身を竦ませた。
控えめに掛けられた声からは、いつもの明るさが感じられない。俺は無言で扉を開けた。心配そうな表情を浮かべ、俺を見上げるまあさを見た途端、俺の中の何かが悲鳴を上げた。
「あ、よ、良かった。開けてくれなかったらどうしようか、と!?」
咄嗟に扉の前に佇むまあさの腕を引っ張り、部屋の中へ引き込むと扉を閉めて鍵をかけた。カチャリと、静かな室内に響く音。俺はゆっくり振りかえる。
驚いた表情を浮かべたまあさと目が合って、俺はすぐに視線を逸らした。
依然、答えはみつからない。
ずっと俺の中で繰り返し反響する声。
『……何の用だよ』
「え? あ、あの、さっきの……ちょっと言いすぎたかなって。それで、あの、ごめん」
困惑気味に頭を下げるまあさ。
俺はそれを他人事のように眺めていた。何について謝っているのか、よく解らない。
「さっきナイン、傷ついた顔した、よね? あたし言いすぎたかなって。だから、ごめん……」
傷つく? 俺が?
この俺が? たかが人間の小娘一人の言動に?
――――――特別って?
『……まあさの特別って、何だ?』
「え?」
『あいつか?』
俺は咄嗟にまあさの手首を掴んだ。
「え? ちょ、なっ……」
『俺よりあいつの方がいいのか?』
俺は、何を言ってる? 何をしてる?
『あいつを選ぶのか? 特別って何だよ……ッ!』
解らない。
何をこんなに焦っている?
「言ってること、解んないよ。何でそんなこと……」
わかんねぇんだよ。何でこんなに苛々するのか、こんなこと言ってんのか、俺にもわかんねぇんだよ。
「ナイン? 本気で怒っちゃったの……? ごめんなさい。やっぱり傷つけちゃったんだよね、あたし。ホントにごめん……ごめんなさい」
まあさが俯く。泣くんだろうか。俺はやけに冷静にそれを見ていた。
「……それにあたし、ナインのこと嫌いじゃない。ホントは、大嫌いなんかじゃないからね?」
顔を上げたまあさは、無理矢理な笑みを貼り付けていた。震える手が俺の頬に触れる。
瞬間、俺の中の何かが再び悲鳴を上げた。
「ただちょっと混乱してて、色々、ショックだったんだよ」
哀しそうな笑みを浮かべ、まあさの手が離れる。
「よく解んないんだけど、何か哀しかったんだ。……玩具だって言われたの」
『ちがっ……』
俺は咄嗟にでそうになった言葉を飲み込む。
違う?
だって、自分で言ったんだろ? 玩具だって。
なのに、違う?
「怒ったのはそれだけじゃないけど、でも、ごめんね。言いすぎたよね、あたし」
違う? 特別? 好き?
――――――特別って?
解らない。
解らないけど、手放したくない。
解らないけど、失いたくない。
俺は……
『ごめん……』
「ナ、イン?」
解らないけど。答えは見つからないけど。
腕の中にいるこの温もりを手放すのが惜しいから。
もう少し。もう少しだけ、このままで……