8/イシキ



――――――特別って、何だ?


 突然訊かれて、あたしは答えられなかった。
 ナインが求めている特別の意味が、あたしには解らなくて。
 それにあたし自身、自分の特別が何なのか、誰なのか、解らなかったから。
 解らない。
 何でこんなに胸が苦しくて、ドキドキしてんのかも解らない。煩すぎる心臓が、ナインにも聞こえてるんじゃないか心配で、あたしは必死にそれを沈めようと試みる。
 だけど、あたしの意思とは反対に、余計煩く鳴る鼓動。
 いつものナインとは違う雰囲気と態度に、あたしは完全に混乱していた。
 どうしよう。
 煩い、心臓。落ち着いてよ、あたし。
「な、ナイン?」
『ん?』
 いや、あの、ん? じゃなくて、その……離れて欲しいのに。欲しいのに……いつものように強く言えないのは何故?
「あの、さ。暑くない?」
『全然』
「えっと、じゃぁさ、その、気持ち悪くない?」
『何で?』
「え? そ、それはその、は、走って汗とかかいてるし。ベトベトしててさ」
 いや実際今冷や汗かいてる状態なんだけどさ、あたしが耐えられないんだよ、この状況に!
『全然気にならねぇけど』
 少しは気にしてください。
『……厭か?』
「え? い、厭っていうわけじゃ、ないけど……」
『なんでだろうな。こうしてるとすげぇ落ち着く』
 えーと……そんなこと言われたらどうしたらいいんでしょうか? とりあえず、話題を変えてみよう。
「あの、ナイン?」
『ん?』
「もう、怒ってない?」
 あたしは顔を上げて、尋ねる。ナインと目が合った瞬間、いっそう心臓が高鳴ったけれど、あたしはそれを悟られまいと視線を逸らさないように、静かに息を呑んで耐えた。
『始めから怒ってねぇよ』
「嘘。怒ってたもん」
『怒ってねぇって』
 呆れたようにいうと、ナインはあたしの頭に顎を乗せた。グリグリと頭を動かして、くすぐったいような痛いような感覚が伝わってくる。
「ちょ、やめてよ!」
『頭のマッサージ』
「嘘つけー! 面白いからやってるんでしょ!?」
『よく解ってるな』
 乗せていた顎を上げ、にしし、と悪戯な笑みを浮かべて見せるナインの顔は、いつも通りのそれだった。あたしはその笑みを見た途端、怒りよりも安堵の方が強くて、何でか解んないんだけど、すごく安心した。
『……何笑ってんだ?』
「え? 笑ってなんか……」
『笑ってるぞ。自覚ねぇのか?』
 嘘。あたし今、笑ってたの? いつものナインに戻って安心したから? まさか……嬉しかった、とか?
「うそーん!!」
 思わず叫んでしまった。嘘だっ。待って待って、おちつけ、まあさ。
 違う違う。違うんだよ、これは。その、とにかく違うの!
『おい? まあさ?』
「違うんだってばーッ!」
 それじゃまるで寂しかったみたいな、いつものナインがいいみたいじゃんかー!
 ていうか、あたしさっきから絶対おかしいよね!?
『何一人でいい訳してんだ? 変な奴』
「うるさ……―――っ!」
 咬みついてやろうと思いきや、あたしは思わず言葉を止めていた。
 だって……
「……笑ってる」
 笑ってるんだもん。可笑しそうに、ナインが笑ってる。いつもは悪戯な笑みとかしか見たことなかったのに、愉快そうに。心の底から楽しそうに、可笑しそうに声を上げて笑ってる。
『ははっ、腹痛ぇ』
 こんな表情始めて見た。何その綺麗な顔。男のくせに、反則……そんな顔されたら、思わず見惚れちゃうじゃん。
「ナイ……」
 フッと視界の端を黒い髪が横切り、気づけばナインの頭があたしの肩に乗っていた。身体を震わせ、必死に笑いを堪えているのがわかる。
「そ、そんなに笑わなくったって」
『だって、おま、一人でっ……こんなんいつもだけど、何か今すげぇ安心したっていうか、何か無性に笑えて、ははっ』
 そ、それって褒めてるの? それとも貶してるの?
『まあさ、お前やっぱ最高っ』
「へ!?」
 いつもの様な勢いで抱きつかれて、あたしは思わず目を丸くする。
「ちょっ、ナ……!」
『何か俺すっきりした。あー、腹減ったなぁ』
「はぁ!?」
 ちょっとそれは変わり身早くないですか? さっきまでの神妙な態度は一体どこへ!?
『まあさ、飯にしようぜ、飯』
 にんっと、笑みを浮かべて、ナインが離れる。
「あ……」
『まあさ?』
「え? あ、うん。ご飯ね」
 あ、あれ?
 何で? 何で今一瞬、あたし……


 ナインが離れていくのが寂しいとか、思ってしまったんだろう―――――





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