10/コドモ



 突然現れた少年に、あたしは目をぱちくりさせる。
 虚をつかれたように驚きを隠せないナルちゃんと、抱きついた少年、まだ十歳にも満たないくらいの男の子とを交互に見比べ、最終的にはアリエスと顔を見合わせて首を傾げあった。
 ナルちゃんに弟はいないはずだし、何より一人っ子なんだから。まさか隠し子、というわけでもないよね? お姉ちゃんって呼んでたし、単純計算してもあれくらいの子どもがいるなんてことはありえないし。
 続く沈黙に、あたしはどうしたらいいのかわからずに困惑していた。アリエスも同様らしく、難しい顔をして口を開く切欠を捜している。
『お前ら何やってんだ?』
 だけど、以外にもその切欠を作ったのは、今一番会いたくない奴だった。校門から出てきた奴が、あっけらかんとした様子で首を傾げている。
『マカ』
「ナ、イン……」
 現れた人物、ナインと一瞬目が合い、あたしはすぐに視線を逸らした。何でこんなタイミングでナインが……うー、折角まいたのに。
『何だ? このガキ』
 違和感に気づいたのか、辺りを見渡し、身知らぬ顔を見つけると、眉をひそめて近づいていく。腕を伸ばして、ナルちゃんの隣に佇んでいた男の子の首根っこを掴むとそのまま持ち上げた。
 いきなり目線が高くなったのと、軽い衝撃に、男の子は狐につままれたような顔をして動きを止める。
「ちょ、ナイン!」
 珍しくナルちゃんが焦ったような声を出す。その反応に、ナインが意外そうな表情を浮かべ、掴んでいる男の子を彼女の前に突き出した。
『こいつお前の?』
「そうよ。驚いてるからおろしてやって」
 吐息しながらナルちゃんが頷くと、ナインは渋々男の子を地面に降ろす。地面に足が付くと同時に、少年はナルちゃんの後ろ側に回ってナインを恨めしそうに睨みつけた。それに、ナインがムッとしてみせる。
「それよりも、夜。あんたなんでこんなとこに……?」
「僕、お姉ちゃんに早く会いたかったの」
 問いかけられた途端、男の子はナルちゃんを見上げて嬉しそうにはにかむ。その笑顔がまた真っ直ぐで、綺麗で、思わず微笑みたくなるような可愛らしい笑みだった。
「だからって、いきなりビックリするじゃない」
「だって、いっつも帰りが遅いし、お休みの日も僕とはあんまり遊んでくれなくて、つまんなかったんだもん」
 頬を膨らませ、男の子は拗ねて見せる。その表情もまた子どもらしくて、見ていて癒される。
「それは、悪かったわよ。今度から気を付けるわ」
「ホントに? じゃぁ、今から僕と遊んで!」
『おいおい、ちょっと待てよ。全然展開についていけねぇんだけど。なぁ? アサちゃん』
「え!? あ、う、うん。ナルちゃん、その子……」
 取り残されていることを憤慨するように、アリエスが突っこむ。あたしもすっかり傍観者になってしまっていた。
「あぁ、ごめん。そりゃ突然のことでワケ解んないわよね。ほら、夜。挨拶なさい」
 まるで母親のような口調で言うと、男の子は元気よく頷く。
「僕、氷野 夜(ヒノ ヨル)! ナルカお姉ちゃんのイトコなの!」
『イトコ? ナルの?』
「そうよ」
「でも、苗字違うんだね? お母さんの方の?」
「そう。母の妹の息子。今ちょっとワケありで預かってる子なのよ」
 なるほど。親戚の子なのか。
「……お兄ちゃん達、ナルカお姉ちゃんのお友達?」
 じっとあたし達を見比べながら、夜君が尋ねる。あたしは笑顔を浮かべ、目線を同じにすると頷いて見せた。
「そうだよ。あの生意気そうなのがナインお兄ちゃん。で、あっちの軽そうなのがアリエスお兄ちゃん。で、あたしがまあさっていうの」
『おい、まあさ! 生意気ってどういうことだよ!?』
『アサちゃん、そりゃないよっ』
 何か後で吼えてるけど、無視してあたしは続けた。
「みんなナルカお姉ちゃんと仲良しなんだよ」
「みんな仲良しなの? 僕は? 僕とも仲良しになってくれる?」
「もちろんだよ。よろしくね? 夜君」
 ニッコリ笑って見せると、途端に目を輝かせて頷く夜君。
「うんっ! えと……まあさお姉ちゃん?」
 照れているのか、頬を染めながら小首を傾げるその様はまさに天使。か、可愛すぎる!
「夜君可愛すぎ! 大好き!」
 思わず抱きしめてしまったほどだ。華奢で柔らかい身体。すべすべの肌。さらさらの髪。抱き心地最高だわ。
「僕もお姉ちゃん好きー! ねぇ、僕と遊んでくれる?」
「喜んで!」
「ホント!? 僕ね、僕、お姉ちゃんのお家に行きたい!」
『あぁ? ふざけんなよこのガキ。さっさと自分家に帰れよ』
 はしゃぐ夜君に容赦ない言葉を叩きつけるナイン。その台詞に夜君は口を噤み、俯いた。
「ちょ、ナイン!」
『なんだよ。俺はガキは好きじゃないんだ』
「だからって、そんな言い方……!」
『ガキなんかいたらやかましくて落ちつかねぇじゃん。こういうのははっきり言った方がそいつのためでもあるんだよ』
 終始やかましいあんたがその台詞をいうの? 思いながら、あたしは肩を落とす。
『別にいいじゃん。俺は子ども好きだし。遊びに来るの賛成―。なぁ、ナルも賛成派だろ?』
「そうね。そうしてくれると、あたしも助かるし」
『三対一だぜ? 嫌なら家にいる間、お前が別の場所に行ってればいいだけの話だろ』
「あ、その手があった」
 アリエス偉い! そうよね。そうしてくれると、あたしも無駄に緊張しなくて済む訳だし。
『なっ……』
「じゃぁ、それで決定ね。ナイン、いつも自分の思い通りになると思ったら大間違いよ。時には耐えることも必要なの。そういう侮辱に耐えてこそ、人は一回りも二回りも大きくなれるんだから。 と、いうことで、寂しかったらいつでも帰ってきていいから」
 思わぬ展開に顔を引きつらせていたナインは、ナルちゃんのとどめともいえる台詞に、言葉なく肩を落としたのだった。





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