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2/ギモン



 辺りが寝静まる時間帯。
 あたしとナルちゃんは床に布団を並べて敷き、横になっていた。薄暗い室内に、月明かりが降り注いでいる。
「ナルちゃん? 起きてる?」
「カーテン閉めてよ。明るくて眠れるわけないじゃない」
 ワザと嫌味っぽく言って、ナルちゃんはのそりと身体の向きを仰向けから俯けに変えた。枕を顎の下に敷き、抱えるような格好であたしをちらりと見る。
「だってカーテン閉めたら暑いじゃん。もう夏だね」
「夏といえば夏休みよね。夏休みといえばその前にある前期テストが……」
「あぁッー! それは言わないでぇっ」
 あたしは耳を塞ぐ。うぅー、そうなのだ。もうすぐ前期テストが訪れる。それが終われば夏休みなんだけどね……
「今年の夏休みは色々と楽しいことになりそうね」
 ふふっと、嫌な笑みを零し、ナルちゃんは体の向きを今度はこちら側にむけた。
 彼女の言わんとすることを悟り、あたしは思わず苦笑を浮かべる。あの悪魔二人組みが、色々とやってくれそうだからね。はは、考えただけで胃が痛くなる。
「でも、やっぱり夏休みにはどっか遊びに行きたいよね」
 確かに大変なことにはなるかも知れないけど、きっといい思い出になるだろう。せっかくの夏休みなんだし!
「海とかいいんじゃない? それともプール? 思いきってキャンプでもしてみる?」
「キャンプなんて危なすぎるっ」
 二人の行動を想像して、あたしは身を震わせた。違う意味で忘れられない思い出になると思う。
「じゃー、夏祭りとか?」
「あ、花火もしたいね」
「じゃ、花火大会とかいいじゃない。浴衣着てさ」
「浴衣かぁ、久しく着てないなぁ」
「ちょうど今月末、花火大会あるわよ。皆で行く?」
「毎年恒例のやつだよね? 夜も喜びそう。でも……あの二人も連れて行くの?」
「もちろんでしょ。何のための花火に浴衣なのよ」
 にんまりと楽しそうな笑みを浮かべるナルちゃん。あぁ、今何か絶対企んでる。あたしにとってよくない展開が繰り広げられてるよ。
「でもあたし、浴衣ないや。子どもの頃のはあるけど」
「アンタあたしを誰だと思ってんの? そんなこと心配する必要ないでしょ」
 えーっと。とりあえずごめんなさいと謝っておくよ。そうだよね。そういうことに関しては恐ろしく準備が良いんだった。あたしが馬鹿だったよ。
「浴衣なんて家に腐るほどあるんだから。何色がお好み? あたし的にはやっぱピンク? それとも白? ちょっと雰囲気変えて薄紫とか? ふふっ、いっそのこそ全部着るか」
 結婚式じゃないんだから。お色直しかい。
「髪はやっぱりアップでうなじは見せないとね。男どもを誘うにはやっぱ色は薄紫で妖艶さを……」
「ナルちゃんナルちゃん」
 何を言ってるんですかあなたは。しかも本当にやりそうだから怖い。
「大丈夫、全部あたしがやってあげるから」
「そういう問題じゃないんだけどね」
 っていうか、むしろそういう格好はナルちゃんの方が似合うのでは。大人っぽいし、美人だし、背も高くてすらっとしてるし。ま、魔性の女……?
「まあさ」
「えっ、な、何?」
「今何考えた?」
 うわーっ、何その絶妙なタイミング! あたし、声に出してたのか?
「な、何も? 何も考えてないよっ」
「だからあたしに嘘は……」
「お、おやすみっ」
 これ以上言い合えば、あたし絶対負ける。故にここはあたしの得意技、お休み3秒を決め込むことにした。完全にばれてますけど、入眠したことにしよう。おやすみなさい。
 布団を頭から被って意思表示すると、ナルちゃんが微かに溜息を突いたのが聞こえた。
「明日覚えてなさい」
 げっ、そうきたか! すんなり身を引いてくれたと思いきや、やっぱりナルちゃんはそんなに甘くないのね……あたしは布団の中で、自分の血の気が引いて行くのを感じていた。


 +++++


 月明かりが、静かに降り注ぐ。
 俺は窓辺の壁に縋って胡坐をかき、夜風に当たっていた。膝の上には、丸まったヨルが眠っている。
『なぁ』
 俺の向かい側の壁に同じように背を預けていたアリエスが、徐に口を開いた。
 ヨルが寝ているためか、不必要に声のトーンを落とし、部屋の電気も消しているから表情は読み取り辛い。俺は僅かに視線を奴にずらして、先を促した。
『お前どう思う?』
『……何が』
 奴の言わんとしていることが解らず、俺は苛立った声を出す。はっきりモノを言え、はっきり。
『アサちゃんのことだ』
『まあさ?』
 何でそこでまあさが出てくるのかわからないが、何となく俺はムッとした。
『まあさが何なんだよ』
『俺ずっと気になってたんだけどさ、おかしいと思わないか?』
『だから何が』
 何でそう話を伸ばすんだ。結論を言えよ。
 俺は苛立ちを抑えるために前髪をかきあげる。ただでさえ、こいつと同じ部屋を共有することに限界を感じているってのに、こうも回りくどい会話をされちゃ、たまらない。ワザと大げさに溜息をついて、俺は気を紛らわすために眠っているヨルの頭を撫でた。
『お前、何にも思わないのか? あの開かずの間ともなっている、立ち入り禁止の一室』
 アリエスの言葉に眉を顰める。この家には、一室だけ、開かずの間がある。いや、別に入れないわけじゃないが、入ることを禁じられているのだ。前に一度、興味本位で扉を開けようとした所を偶然まあさに見つかり、酷く怒られたことがある。いや、怒るというよりは、切願。今にも泣き出しそうな表情を浮かべて「開けないでっ」と叫ばれて、そのあまりにも切迫した様子に、俺は思わず手を引っ込めたくらいだ。
 それ以来何となく聞くに聞けず、開けるに開けられず、そのままうやむやにしていた。というか、興味が削がれて忘れていたというべきか。
『その気になればあの部屋に入ることなんて容易いけど、俺達があの部屋に近寄ることすら厭うアサちゃんの心情を思うと、無理強いするのも気が引けるしさ。でも、やっぱ気になるだろ? それに……』
 いったん言葉を止め、アリエスは口元を掌で覆うと、考え込むように俯いた。
『どうしてこの家には、アサちゃん以外の人間がいない?』
『あ? ナルがいるじゃねぇか』
『違う。何で両親がいないのか、って意味だ』
 両親……?
 そういえば、初めて会った時から、この家でまあさとナル以外の人間を見たことないな。ナルは自分の家があるみたいだし、家に来るのは土日とか学校が早く終わる曜日の放課後かくらいだ。
 言われて見れば確かに、少しおかしい。
『アサちゃんはまだ17だろ? 親の保護下にいるのが普通の歳だ。それなのに、いないのが当たり前な生活を普通に送ってる。最初は一人暮らしなのかとも思ったが、それなら一軒家に一人で住むのは不自然すぎる』
 今まで特に気にしたことはなかった。
 悪魔である俺には家族なんて存在はないし、独りなのがあたり前だったから、まあさに至ってもそんな疑問は浮かばなかった。でも確かにあいつは人間で、家族の存在があるのはあたり前のはずだ。
『俺達、案外アサちゃんのこと何にも知らないのかもな』
 案外、なんかじゃないのかもしれない。本当は、何一つ知らないんじゃないか?
 まあさ自身、いっつもバカみたいに元気で笑ってるから、それが当たり前で……俺は、実は何も見ていなかった――――――?
『訊いてみるか? ナルに』
『……勝手にしろ』
 俺は、まあさの家族に興味はない。ただ、何も話さなかったあいつに対して、酷く苛立っていた。
 開け放たれた窓の外を見上げる。解らない苛立ちと焦燥とが入り混じり、眠っているヨルを脇に寝かせると、俺はそれらの感情を追い払うように窓から飛び出した。





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