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3/キオク



――――――ごめんな……


 あぁ、懐かしい声。
『ごめんな、まあさ』
 その声は繰り返す。凄く哀しそうなのに、凄く幸せそうな旋律。
 何で? 謝らないでよ。そんな風に、謝らないで。
『ごめんな、もう行けないんだ』
 どうして? 行けるよ。二人でだって、行けるのに。
『呼んでるんだ。いかなくちゃ』

 どこへ?

 尋ねようとした言葉は、出てこなかった。
 あたしも、そこへいくの?
 それも、訊けなかった。何も、何一つ、言葉は出てこなくて。
『ごめんな……』
 優しく微笑んだその顔を見た時、何となく予感はしていた。
 あぁ、終わるんだ、って――――――




 耳元で囁くような声がして、あたしの意識が浮上する。瞼を上げると、差し込む朝日と、それに照らされた見慣れた顔が視界に入った。
『おはよう、アサちゃん』
「……おはよう、アリエス」

―――――――…………

 って、え? アリエス?
「っ!?」
 一気に意識が覚醒し、今の状況を理解してあたしは咄嗟に身を引く。
 何で、何でアリエスが!? しかもちゃっかり布団の中に進入してるし!
『寝顔も可愛いなぁ』
 なにそのやたら良い笑顔は。っていうか……
「な」
『っにやってんだてめぇは』
 叫びかけたあたしの台詞を遮った声。それに続いて見覚えのある足蹴りが見事アリエスの腹にヒットする。見上げると、身の毛がよだつような冷笑を浮かべたナインがいた。
 ボキボキと指を鳴らしながら、不のオーラを放ちまくっている。
『学習能力がないな、てめぇは。あ?』
『何のことかよく解らないな』
 あはは、と乾いた笑いを浮かべるアリエス。いつぞやの展開に似てるなぁ、これ。
『俺は、本人に訊くのはやめろと言ったんだ。理解できなかったのか?』
『だから、ナルの目覚めを待つ間、こうやってアサちゃんの寝顔を見て時間を潰してだな』
 ナルちゃんに何か用でもあったのかな? 話が見えない。
『そうか。お前のその面も今日で見納めだな』
『や、ま、待てっ、早まるな! 話し合おう!?』
 ナインの脚に体重がかけられたらしい。アリエスが冷や汗を浮かべながら手を挙げる。うーん、何がどうなってるんだかさっぱりだ。
『話し合う余地はねぇ』
 力いっぱいお腹を踏みつけながら、指の関節をコキコキと動かすナイン。その顔にはステキなほどの笑みが浮かんでいる。
『あ、アサちゃん!』
「頑張って」
 アリエスがあたしに助けを請うが、さっきの悪ふざけのこともあって、今回は助けてあげる気も起こらない。あっさり見放すと、アリエスの顔から血の気が引いた。あぁ、この後いつもの悲鳴が上がるんだろうな。
 思いながら肩を竦めていると、背後で不穏な気配を感じた。ぞくりと悪寒が走り、恐る恐る振り返ると―――――
「うるっさい」
 同時に、バフッ! という音が部屋に響き渡る。見ると、のそりと上半身を起こしたナルちゃんが投げた枕が、アリエスの顔面を直撃していた。ずるりと枕がずり落ち、赤くなった顔が露になる。咄嗟に顔を手で覆い、痛みに耐えるようにアリエスは唸り声を上げた。
『っ―――』
「朝からぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん。盛りの犬じゃあるまいし。やるならあたしのいない所でやれ」
 あまりにナルちゃんらしい台詞に、あたしは額を抑える。すっかり忘れてた。
『おい、ナル?』
 ナインがポカンとした様子で目を瞬く。そうだよね、二人は知らないんだ。ナルちゃんが、朝は超低血圧なのに加え寝起きが最悪な人物であるということを。
 あたしは火の粉がかからないように部屋の隅に避難する。そうしている間にも、ナルちゃんは布団から出てゆらりと立ち上がると、悪魔二人に近寄った。
 その表情はまさに般若のようでもあり、異様な威圧感を放っている。
「人の睡眠を邪魔するってことは、それなりの覚悟があるのよねぇ?」
 暗い! 激しくバックのオーラがダークだ。あぁ、こうなってしまったら誰にも止められない。
 ナルちゃんはさっきのナインの如く指をコキコキ動かしながら、不機嫌オーラ満載で二人を見下ろす。悪魔二人の表情が強張った。遠く離れて見守っているあたしでも怖いんだから、直面している二人には相当の恐怖だろう。
『や、落ち着けナルっ』
『悪いのはアリエスだ』
『てめっ! 俺に押し付けんなよ!』
『うるせぇ。もとはといえばてめぇがしつこい上に、まあさの布団に潜り込んだのがいけねぇんだろうが』
『俺はこう、爽快な目覚めの提供をだな……っていうか、気になるもんは気になるんだから仕方ねぇだろ!?』
「黙れ」
『はい』
 ナルちゃんが一喝すると、アリエスは瞬時に黙り込む。ナインも視線をさ迷わせた。
 すげぇ、アリエスはともかくナインまで黙らせるとは。恐ろしいが、つい感心してしまう。そんな彼女に完全に追い詰められて、二人にはもう後がなかった。
 ついにナルちゃんの裁きが――――――っ!!
「お姉ちゃん?」
 と思いきや、何とも和やかな雰囲気を漂わせた声音が、この部屋にいる全員の動きを止める。
 はたと我にかえったようにそれぞれが部屋の入り口に視線を向けた。
「夜……」
 眠たそうに目をこすりながら、ドアの横に佇んでいた夜。その姿を捉えた途端、ナルちゃんから殺気が消えた。そのまま気絶するように倒れこむ。
「ナルちゃん!?」
『うあ!? な、ナルっ?』
「ナルカお姉ちゃん!?」
 目前にいたアリエスが床に直撃する前にその身体を受け止める。あたしはそれにホッとしながら駆け寄ると、ナルちゃんの身体を揺すった。まさか具合でも悪いんじゃ……
「ナルちゃ……」
 呼びかけて、何ともすがすがしいほどの寝息に気づく。あたしはピタリと動きを止めた。
『……寝てるな』
『完璧寝入ってる』
「ホントだぁ」
「……」
 ははっ。喜んで良いんだか悪いんだか。とりあえず、朝からすっごく疲れた気分だ。
 あたしは大げさに肩を落とし、溜息をつく。
 こうして、あたし達の日曜日は過ぎていくのだった……





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