4/ヘンカ



 週末になると家に泊まりに来るヨルは、平日俺達が学校にいっている間もまあさの家でアリエスと過ごしている。下校時間になると二人で学校に現れ、ヨルはナルと、アリエスは俺達とそれぞれ帰路につくというこのパターンが定着しつつあった。
 今日もいつものように校門前でヨル達と別れ、三人で帰路についていた。他愛ない会話を広げ、俺はそれに耳を傾けながら気が向けば口を挟む。いつもと変わらぬ光景。
「最近平和だねぇ」
 まあさがポツリと零す。まぁ、確かにあれから敵の襲来もなく穏やか日々を送っている。唯一まあさが力を使ったといえば魔我鎖としての力を発揮させたことくらいだろう。
「アリエス掌握してから他の悪魔も見ないしね。一時結構な数の悪魔に会ったけど」
『あのナンパされてた時期か……』
 やたらめったら男どもがまあさの回りにうろつきやがるから、ムカついて片っ端から蹴散らしてやったけど。
『まぁ、悪魔なんて早々いるもんじゃねぇんだから、別に不思議なことじゃないだろ』
 肉体を持った悪魔なんてそれこそ希少だ。早々会ってたまるかよ。
「え?」
 言うや、まあさは立ち止まって何かを考えるように俯いた。俺も自然足が止まり、まあさに向き直る。
『まあさ?』
「悪魔が少ないって、どうして?」
 まあさは首を傾げながら徐に顔を上げる。複雑そうな顔を浮かべて。
「ねぇ、ずっと思ってたんだけど、悪魔って……黒の魂と白の魂ってどういう基準で分けられるの?」
『え?』
 その問いに反応したのはアリエスだった。俺はまあさから視線を外す。
 黒の魂……それは絶望に染まった罪の色。
『さぁ? どういう基準なのか、考えたことなかったな』
 俺はまあさの頭を撫でながら答える。必要ない。そんなことをまあさが知る必要はない。知らなくても何の問題もないんだから、教える必要もない。
 その答えにまあさは案の定、腑に落ちないような顔を浮かべているが、俺はそれ以上答える気はなかった。
『マカ、お前……』
 それでアリエスは悟ったのだろう。俺を見、僅かに眉を寄せた。その視線をあえて無視し、俺は頭の後で手を組む。
『ほら、さっさとかえ……』
 踵を返して再び歩を進め―――――妙な気配が辺りを支配しているのに気づき、俺は再び足を止めた。
「ナイン?」
『マカ』
『ああ』
 アリエスも気づいたらしい。確かめるように目配せしてくる奴に俺は頷く。肌を刺すような威圧感に眉をひそめると、まあさが不安そうな表情を浮かべ、俺の服を掴んだ。どうやら、まあさも何かを感じ取ったらしい。
『最近平和、か。それもホンの数秒前までの話だな』
 俺は皮肉気に言ってのける。アリエスも辺りを警戒しつつ、薄ら笑いを浮かべていた。
 それにしても、この気配は―――――ある人物が浮かんだ瞬間、風が乱れた。
 俺は咄嗟にまあさを抱き寄せる。大人しく腕の中に収まったまあさは、俺の服を強く掴んでしがみつく。それを確かめながら辺りに注意を払った。
 どこから……どこからくる? どこに潜んでいる。
 僅かな気配を辿り、焦りを覚えつつも相手の位置を把握しようと試みる。だが、うまくいかない。
『アリエス! 解るか?』
『ダメだ。気配を殺すのが上手い。俺の魔力じゃ察知するのには限界があるっ』
 くそっ、役にたたねぇ。
「ナイン……どうなって……?」
『解らない。多分敵だろうが、位置がつかめない』
 不安を与えないように、務めて冷静に告げた。焦りを見せれば、それが伝わってしまってまあさまで不安や焦りに苛まれる。
「敵……」
 ポツリと零し、肩が揺れた。おそらくフェアウェルのことを思い出したのだろう。俺は何か言うべきか迷い、結局言葉は出てこなかった。それよりも、今は目の前に迫っている敵を何とかする方が先だ。
『マカ! くるぞっ』
『解ってるっ』
 まあさを抱く腕に力を込める。それと同時に空気が淀み、見えない何かが俺の顔面に迫った。咄嗟に気配を察してギリギリの所でそれを避けるが、そのせいで地面に倒れ込み、思いきり肩をぶつける羽目になった。
 腕に抱いていたまあさも一緒に横転し、できる限り庇ったが無傷かどうかはわからない。
『まあさっ、無事か!?』
 声をかけると、腕の中でまあさが身じろいだ。恐る恐る顔を上げ、俺と目が合うと強張ったような笑みを浮かべて頷く。
『上だッ』
 ホッとしたのも束の間、アリエスの叫び声を拾い、俺は頭上を見上げた。やはりはっきりとは見えないが、何かがものすごいスピードで急降下してくる。この圧迫感……
 俺はまあさを抱きかかえ、その場から飛び退く。秒差で、さっきまで俺達がいた地面に直径二メートル程度のへこみができていた。みしみしと嫌な音を立てながら、僅かに煙を上げている。
「……っ」
 それを目の当たりにしたまあさが、擦れた悲鳴を上げた。こうなったら、魔力を吸い取って俺が闘うしかないか。これだけの攻撃力を持った奴が相手じゃ、アリエスはたいした戦力にならない。もともと下級悪魔だ。あの早さに対応できはしないだろう。今も攻撃を防ぐので手いっぱいといった感じだ。
『まあさっ』
 瞬時に判断し、俺は腕の中にいるまあさの顎を捉え、自分の方へ向ける。それで何をするのか悟ったらしいまあさは、目を見開いて手から逃れようと抵抗した。
「や、やだっ!」
『こんな時に何言って……!』
「どんな時でもヤダ! あたしが闘う!」
『ダメだッ』
 この威圧感といい、あれだけの魔力といい、おそらく今回の敵はあいつだ。できれば俺の予想は外れて欲しいが、もし奴だったら、まあさを闘わせるのは危険すぎる。
 一喝し、俺の手から逃れて距離をとろうとするまあさの両腕を掴むと、そのまま地面に押し倒す。
『我慢しろっ』
「なっ、や、やだ! やめ……! んっ……」
 まあさの唇を塞ぐ。途端に、温かいものが俺の中に流れ込んでくる。まあさの中の魔力が俺の中に戻り、満たされたように感覚も一層冴えた。
 唇を放し、固まったように動かないまあさを抱き起こして、前方で敵の攻撃を防いでいたアリエスに視線を向ける。
『アリエス!』
 奴の前に出て、向かってくる攻撃を薙ぎ払いながら声を張り上げた。
『まあさの回りに結界を張れ! 早くしろ! ここは俺がやるッ』
『あ、あぁ……』
 頷き、アリエスがまあさの傍まで行きつくのを確認してから、俺は前方を見据える。
『そろそろ出てきたらどうだ? フェアウェルといい、隠れるのが好きだな』
 皮肉を込めて言い放つ。すると、それに応えるように目の前の空間が裂けた。そこからゆっくりと浮かび上がるように姿を見せた、それ。
 藤色――――――瞬間、視界に飛びこんだその色に、抱いていた不安が弾ける。
『クォーラル……』
 現れたのは予想通りの、深い藤色の髪と漆黒の瞳を持った、幼い少年。フェアウェルが消滅したから、いずれは来るだろうと思っていたが……
『あんなやつと一緒にしないでほしいね』
 現れた敵、クォーラルは目を細めて俺を見た。その顔には、憎悪と狂喜を含んだ笑みが浮かんでいる。
『でも、覚えててくれたんだ。嬉しいな』
 次いで口元を吊り上げて皮肉気に、けれど楽しそうに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 まるで気に入った玩具を手に入れた子どものように。けれど、そこに純粋さはない。あるのは邪気だけ。
『ねぇ、折角だから僕と遊んでよ。何がいいかな。鬼ごっこ? それともかくれんぼ? どうせだから両方かな』
『ふざけるな。お前につき合ってる暇はない』
 俺はクォーラルを睨みつけ、構える。こいつは油断ならない。見た目こそ子どもだが、その魔力は全盛期の俺に次ぐくらいのものだ。今の俺じゃ正直、勝てるかどうか怪しい。
『随分冷たいなぁ。じゃぁ、お姫様強奪ごっこはどう?』
『させるかっ』
『ふふっ。それだと遊んでくれるんだね。嬉しいな。でも……』
 途端、浮かんでいた笑みが消え――――――それと同時に距離を詰められていた。間近に奴の顔が迫る。その手には、風の刃。
『っ―――――!』
 振り払らうと同時に、カマイタチの如く無数の刃が俺の身体を襲った。全身所々から血が吹きだす。いくつか避けたが、全ては避けきれなかった。俺は屈辱に奥歯を噛み締める。
『君に僕が止められる?』
『くそっ』
 言われ、俺は拳を地面に突きたてた。このザマだ。おそらく奴を止めるのは困難だろう。だが、止める。どんなことをしてでも。俺はこいつを止めなければならない。
『楽しくなってきたね。こういう瞬間も好きだな。さぁ、続けよう』
 この状況に愉悦しながら、クォーラルは手に纏う刃を振り下ろした。





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