5 マモル



 前方で激しい衝突音を響かせ、ナインが戦っているのを視界の端に捉えながら、あたしは口元を押さえた。
 あんなに、嫌だって言ったのに。
 あたしが戦うって、言ったのに。
「ナインの、バカ……」
 触れた場所が暖かい。でも、決して慣れることなんてない。あんなの……
『アサちゃん!』
「!?」
 呼ばれ、同時に掴まれた腕をあたしは咄嗟に振りほどいた。突然のことに身体が勝手に反応したことだけど、上げた視線の先には驚いたようなアリエスの表情があった。
「ご、ごめ……っ」
 思わず見せた拒絶に、一瞬傷ついたように顔を歪めた気がしたけど、すぐに苦笑を浮かべたから見間違いだったのかもしれない。
『また強引にやられもんなぁ。可哀想に』
 言われ、思わず顔が熱くなる。
『でも、今すげぇ危険だったりするから、我慢してくれな?』
 努めて優しい口調を心がけるアリエスに、あたしは何とか笑みを浮かべて見せた。
『とりあえずここから離れよう。立てる?』
 差し伸べられた手を見つめ、少し躊躇う気持ちもあったけど、今の状況ではそうもいってられない。頷いてからその手をとると、アリエスはあたしを引っ張り立たせてくれた。
『少し下がってて。結界を張る』
 言われ、二、三歩下がると、アリエスは両手を前に突き出し、何かを呟き始めた。途端、薄い膜みたいなものがあたし達の周りを覆う。触ってみると、見た目に反してすごく硬いことが解った。
 人間と悪魔なんて見た目には大差ないけど、こういう時は彼らが悪魔であると強く実感させられる。
 あたしは唇をかみ締め、遠くで敵と戦っているナインに視線を向けた。激しい衝突の火花を散らせ、緊迫した空気。
 認めたくないけど、今の状況ではナインの方が押されていることは、戦いに素人なあたしにでも解った。
「……ナイン」
 無理矢理あんなことしたのは許せないけど、あたし達を守るためにってことは解ってる。だから、本気で怒れないし、拒絶することもできなかった。
 でも、あたしは自分が守りたかったんだ。守られるだけなんて、厭。
 だって、今はナインに魔力はないんだから。元々は彼の力でも、今はあたしの中に宿っているその魔力を一時的に使ってるだけ。だったら、本当はあたしが守らなくちゃいけないんだ。
 なのにどうして、あたしに守らせてくれないんだろう。そんなに、頼りないのかな、あたし……
 何もできないなんて。ただ守られて見ていることしかできないなんて、最悪だ。
『アサちゃん……』
 考え込んでいたあたしに向かって、アリエスが心配そうな顔を浮かべていた。
「な、何?」
『顔色が悪いけど、平気?』
 問われ、ハッとする。そうだ。守ってくれているのはナインだけじゃない。アリエスもなんだ。あたしが勝手に掌握しちゃっただけなのに、当たり前みたいに守ってくれる。
 そんなアリエスに、心配までさせてるなんて……
「やだ、なぁ……全然平気だよっ?」
 そうだ。守られるのが嫌だとか、何もできない自分がもどかしいだとか喚いてる暇があるなら、今できることをやらなくちゃ。例えば、これ以上誰かの負担にはならないように。
 一応名目上はアリエスの主なんだから、態度くらいはきちんとしないと。心配なんかかけさせちゃダメだ。
『……無理してない?』
「してないしてない! そ、それより!」
 なので暗い雰囲気を払拭するようにわざと声を張り上げて話題を変えてみた。
「今度の敵、子どもの姿してるけど……」
 やっぱり悪魔だから、見た目と年齢は違うんだろうか。
『見た目が子どもだからって甘く見ないほうがいい。あいつはそこらへんの悪魔とは桁が違う。あのマカでさえ押されてるんだからな』
「やっぱり強いの?」
『うん』
 そんな悪魔と戦って、ナインは大丈夫なんだろうか。さっきから一方的に攻撃されてるように見えるし、ナインはそれを防いでるだけで自分からは攻撃してない。
 一時的に使える魔力がどれくらい持つのかわからないけど、長期戦になれば圧倒的に不利だ。
「何とか加勢できないかな? あたしってやっぱ今、魔力空っぽな状態なの?」
 ナインに魔力を吸い取られたから、全くない状態なんだろうか?
『へ? さ、さぁ? 魔我鎖の力に関しては前例がないからよく解んねぇ』
「そっか……」
 大体魔力が残ってるとしても、使い方がわかってないなら飛び込んでいっても足手まといになるだけ。やっぱりここでおとなしくしてるのが一番いいのかもしれない。
『俺もどっちかって言うと守りのほうが得意だしな。それに、俺が加勢しても足引っ張るだけだ……ごめんな、アサちゃん』
 役に立てなくて、とアリエスが申し訳なさそうに項垂れる。
「え!? な、何いってんの! 十分役に立ってるよ、むしろ役に立ってないのはあたし……――――――!?」
 言いかけた矢先、耳を劈くような轟音が襲い掛かり、思わず身を竦める。
「な、何!?」
『マカ!』
 アリエスの焦った叫び声と、一点を見つめる視線の先を追う。
「え?」
 捉えた視界の中に、倒れたナインの姿があった。
 遠目にもかかわらず、傷だらけの身体が厭と言うほど認識できる。
 それよりも。
 動いてない。動かない、ピクリとも。
「ナ、イン……?」
 嫌な予感が脳裏をよぎる。いつもより早く脈打つ鼓動の音と、反響するかのように鳴り響く騒音が煩い。
「う、嘘……ナイン!?」
 駆け寄ろうと地を蹴ったけど、アリエスの結界にぶつかってみっともなく尻餅をついた。
『アサちゃん! 大丈夫か!?』
「……て」
『え?』
「解いて、結界……早くッ!」
 尻餅をついたあたしの横に膝をおったアリエスの胸倉を掴み、あたしは食って掛かった。こんなものに邪魔されてる場合じゃない。
 ナインが動いてないんだ。
 あのナインが……
「早く! お願いっ、アリエス!!」
『それはできない』
「どうして!?」
 顔を歪め、あたしから視線を外すアリエス。その態度に苛立ち、たぶん叫んだ声でそれが伝わったのだろう。彼も少し乱暴に言葉を返した。 
『解らないのか!? 目の前に敵がいるのに!』
 言われ、始めてその存在に気づく。
 結界をはさんだアリエスの後ろ。あたし達を見下ろすように佇み、冷笑を浮かべる少年の姿があった。
「っ!」
 思わず背筋が凍るほどのその視線に、悲鳴もかすれる。
『主を危険な目に合わせるわけにはいかないんだ。結界は解けない』
 アリエスの言うことは最もだ。例えあたしに主従関係の意識はなくても、彼にはその意識があって、あたしを守ろうとしているだけなんだから。
 解る。理解できる。あたしの為なんだ。
 でも。
 でも、それでもナインの所に……
『すばらしい主従愛だね』
 言葉とは裏腹に、敵の少年は嘲笑うように手を叩く。
 見た目はまだ子どもなのに。その瞳は酷く冷たく、鋭い。
『でも残念。結界を解こうが解くまいが、危険なことには変わりないよね』
 一転して子どもらしい表情を浮かべ、彼はニッコリと笑った。
『だからさ、素直に解いてほしいな。この結果』
『断る、と言ったら?』
 少年の言葉に、アリエスは挑発的な態度をとる。でも、それが虚勢であることは見ていれば解った。たぶん、力の差がありすぎるんだと思う。ナインをあんな風にした敵だ。
『断る? おかしいな。そんな選択肢、君にはないはずなんだけどね』
 くすくすと可笑しそうに笑い声を立てると、少年はゆっくりと結界に手を伸ばす。
「ッ!?」
『な……っ』
 瞬きをするよりも早かった。
 ガラスが割れるような音を立てて、結界があっさりと破られたのは……
『だから言ったでしょ? 変わらないって。君は所詮下級悪魔。力の差がありすぎるのは承知してるはず。素直に従うなら消さないでおいてあげようと思ったけど、やめた』
 瞬間。
 鋭く眼光が光るのを、見た。





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