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6 カバウ



――――――ごめんな、まあさ

 迸る閃光。
 その光の中に混じる、懐かしい声。

――――――すぐに後を追うから

 厭だ。そんなこと言わないで。
 あたしは……

――――――だから、一緒に死んでくれ

 あたしは、死にたくないのに……




「アリエスッ!」
 眼光を光らせ、アリエスに向かって腕を振るう少年に対して、咄嗟に身体が動いていた。
 あたしは目前に居たアリエスを横に突き飛ばす。
『なっ……!?』
 振り下ろされる刃が目前に迫った。少年の手に纏わりつく、酷く抽象的な風のような刃。
 あたしは、思わず目を瞑る。
『しまっ……!』
 目を閉じれば暗闇で、その中に映る一筋の光景。
 優しく微笑みながら、刃を向けたあの人の顔。
 見慣れたはずのその笑顔は、けれどすでに狂った感情のもとに浮かんだものだと気づいて恐怖した。
『やめろっ! アサちゃんッ!!』
 暗闇を割くようなアリエスの絶叫に瞼を上げる。その瞬間目前を過ぎった鋭い閃光―――――それを薙いだ影。
「ッ!?」
 衝撃を受けると、痛みを伴うと覚悟していたのに。
 少年が振りかぶった腕に纏わりつく刃は、けれどあたしの身体に降りかかることはなかった。
『侮るな』
 怖いほど静かに紡がれた一言。
 漆黒の髪を風に流し、ぼろぼろになった傷だらけの身体で、肩で息をしながらもしっかりとした立ち姿を見せるナイン。彼が、倒れていたはずのナインが、今あたしの目の前にいる。
 敵の少年の腕を、自分の手が傷つくのも構わずに掴み、放そうとしない。
「ナイン……?」
 生きていた。ピクリとも動かないから、もうダメかと思った。
 よかった、生きてた。それを理解した途端、全身から力が抜けていくのが解った。
『何だ、生きてたの』
『生憎な。まあさ、下ってろ』
「う、うん」
 ちらりと横目であたしを見下ろし、けれどその瞳は酷く優しかった。何だかよく解んないけど、それだけですごく安心した。
『アサちゃん……』
 あたしが言われたとおり数歩下ると、すぐにアリエスが駆け寄って身体を支えてくれた。
 酷く苦しそうな表情を浮かべ、あたしを見下ろす彼に笑みを向ける。
「無事でよかった」
 あの少年の目は本気だった。本気でアリエスを殺すつもりだった。だから、守れてよかった。
『だけどもう、あんな無茶はしないでくれ。俺は、アサちゃんに何かあることのほうが耐えられない』
「アリエス……じゃぁ、アリエスも約束してくれる? あたしを守るのに自分を犠牲にしないって」
『え?』
「あたしはね、もう誰も失いたくないんだ」
 あんな思いはもう厭だ。大事なものは全部この腕から零れ落ちていく。
 残ったものは、虚無だけ。
「ナインもアリエスも、いなくなるのは厭だから。お願いだから、いなくならないで……」
 置いていかないで。
 独りに、しないで。
 あたしなんかを守るために誰かを失うくらいなら、自分を犠牲にした方がマシだ。あたしは、取り残される者の気持ちを良く知ってる。置いていかれるのはもう厭だ。
『アサちゃん……』
 答えを聞かずに約束ね、と無理押しし、あたしは笑って見せた。拒否は聞かない。
 言いよどむアリエスを横に、あたしはナインに視線を戻す。それで、彼は諦めたように肩をすくめ、同じように視線をナイン達の方へ向けた。
『揃いも揃って宝永 まあさには甘いんだね。でもまぁ、助かったよ。僕も、彼女に傷はつけたくないからね』
 ニコリと少年特有の笑みを浮かべ、けれど口調は全く異なる猟奇的なものだった。向けられた視線に、ゾクリと背筋が凍る。まるで蛇に睨まれたかのような。
『初めまして、宝永 まあさ。僕はクォーラル。よろしくね』
 敵である者の自己紹介にしてはあまりにも奇妙だった。普通、よろしくなんて言わない。
『クォーラルっ、ふざけるのもいい加減にしろ』
『ふざける? 心外だなぁ。本気で言ってるんだけど?』
『余計に性質が悪い』
 ナインが苛立った態度を示し、今にも噛み付かんばかりの勢いで言い放つ。けれど少年、クォーラルはそれに怯む様子もなくあくまで自分のペースを貫きながらさらりと返した。
『相変わらず酷いね。でも、これから面白いゲームが始まるんだから。挨拶はしておかないとね』
『何?』
『すでに歯車は回り始めてるんだよ。そしてそれを止める術はない。宝永 まあさは直に僕のものになるんだ』
 え?
 クォーラルの台詞に、一瞬思考が止まった。それがどういう意味なのか解らない。
 何であたしが、彼のものに?
『何を企んでるっ』
『それ言ったら面白くないじゃない。ゲームなんだから』
『クォーラル!』
 苛立った声を上げ叫んだナインを一瞥し、けれどやはり楽しそうな表情を絶やさない少年は、なおも言葉を続けた。
『早く見たいなぁ。宝永 まあさが壊れる姿を。君がボロボロになって、精神を自ら崩壊させるその瞬間を』
 愉悦するように向けられたその表情に、息を呑む。笑っているのだけなのに、視線を外すどころか指一本動かせない。じっとりと背筋を伝う厭な汗と、胸中で鳴り響く警笛。
 動けない。
『だから、早く見せてね? 君が僕だけの人形になる日を楽しみにしてるから』
 言い終えると同時に、少年の後ろの空間が避ける。
『逃がすか!』
 ナインが地を蹴った。
 裂け目に吸い込まれるように身を投じた少年と、それを防ぐかのように駆け寄ったナイン。腕を伸ばし――――――
『とりあえず今日は挨拶に来ただけだから。また遊ぼうね』
 けれど、その手がクォーラルを掴むことはなかった。
 彼の姿が完全に吸い込まれると、スゥッと避け目が薄くなり、何事もなかったかのように元通りになる。ナインは今まで目の前にあった裂け目の場所と空振りした腕を交互に見つめ、機嫌悪く悪態をついた。
 でも、それでよかったとあたしは思う。また戦いになるようなことにはならなかったから。二人とも、無事だから。
 クォーラルの姿が消えた後、それを改めて確認して、安堵のせいか緊張の糸が切れたのか、目の前が暗くなっていくのを感じた。





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