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7 シル



 目が覚めると、そこは闇だった。
 何もなく、音さえもない。
 恐怖を植えつけるような孤独感と、耳を塞ぎたくなるような静寂に再び瞳を閉じた。
 ただ、ゆっくりと時が流れていく。
 自分の存在意義すら解らず、長い時間を過ごすうち、ようやく『世界』が見えた。
 そして、自分の役割も。
 己に与えられたものは、全ての生命を無に返す力。
 それは静かなる『死』だけではなく、時には理不尽な『死』を与えることもある。

―――――黒き魂

 それは、全てを飲み込む破滅の色。
 終わりを与える、魂の破壊者……




『アサちゃんの様子は?』
 まあさを部屋のベッドに寝かし、部屋を出た所でアリエスが俺に飛び掛る勢いで迫ってきた。
 心配を通り越して絶望的な表情を浮かべ、その様子はあまりにも痛々しくいつものようにからかう気にもなれない。
『静かに眠ってる』
『そう、か……』
 沈んだ声と、より一層肩を落とした奴の存在はあまりにも暗い。そりゃもうウザイくらいに。
「落ち込むのはあんたの勝手だけど、その面まあさにだけは見せないでよ」
 しばらく様子を伺っていたナルが、時機を見て口を挟んだ。クォーラル一件の後、まあさが倒れたため、俺たちだけでは手に負えず急遽ナルを呼びに行ったのだ。気を失ったまあさを見て大体を悟ったのか、すぐに怒りの矛先が俺たち二人に向いたのは言うまでもないが、まぁ一応事の一端を説明して今に至る。
「まあさは誰かが自分のことで傷つくことを何よりも厭うの。その面一瞬でも見せて御覧なさい。ただじゃ済まさないから」
『おいナル。いくらなんでも言いすぎじゃないのか? こいつはこいつなりに責任感じてんだしさ。心配くらいはするだろ』
 事情を説明してからというもの、ナルの態度は明らかにおかしかった。どこか焦っているというか、酷く思いつめたような表情が耐えない。いつもムカツクほど余裕綽々なナルだからこそ、その態度を気のせいだろうという一言では片付けられなかった。
「そうね。でもその悲痛な表情はやめて頂戴。まあさをこれ以上傷つけたくないなら」
『なんでそれでまあさが傷つくんだよ』
 わけが解らない。
 何で心配そうな顔浮かべただけでまあさが傷つく? 心配されることがそんなに心を痛めることなのか?
「……あんたたちは知らないから」
『何をだ』
 しらねぇよ。まあさは自分のこと何も語らない。俺だってわざわざ聞く気もねぇ。
 だったら、知るはずがないだろうが。
 それを責められるのは、おかしい気がする。
「大切な者を失う気持ちを、あんたたちは知らないから」
『……どういう意味だ?』
 大切な者?
 それが一体どういう存在なのか……確かに俺にはよく解らない。
「アリエス、あんたはまあさに庇われたんでしょ? あんたを、あんた達を失うのは厭だって言われたでしょ? だったら、あんたはそんな顔してちゃダメなのよ。助けられたことで、助けられなかったことでそんな風に悔やんだ顔をまあさに向けないでよっ」
『ナル……』
「心配ならいくらしたっていい。でも、庇ったことに対して責任を感じることはやめて。あんたは消えちゃいけないの。あんたたちは絶対消えちゃいけないのよ。お願いだから、これ以上まあさを哀しませないで」
『……もしかして、アサちゃんの両親のことか?』
 悟ったような表情を浮かべ、アリエスは徐に口を開いた。途端、ナルの顔色が変わる。
 どうやら、ビンゴ。
『そう、なんだろ? アサちゃんの過去に何か、例えば家族に関わることで、なにかあったからそんなに過敏になるんだろ? だからそうやって必死になって……前から気になってたんだ。どうしてアサちゃんはこんな広い家で一人で暮らしてるのか』
 世間的に言えば、決して広くはない一戸建て。でも、一人で住むにはあまりにも広すぎる家。それは、俺の眼から見てもあまりに不自然に思えた。
『教えてくれ』
 強い口調に、ナルはグッと拳を握り締める。その表情は険しい。
「それを聞いて、どうするの?」
 確かめるように伝った言葉に、俺たちは顔を見合わせた。どちらからともなく頷き合い……
『どうもしない』
 声が重なった。
 そう、どうもしない。
 同情も悲観もしない。まあさの過去を知ったところで、俺たちにはどうすることもできない。でもただ、まあさにとってそれが辛いだけのものなら、触れないでやることはできる。知っていれば、傷つけない道を選ぶことはできるだろう。
「……はぁ」
 俺たちの答えを聞いて、ナルは深いため息を落とした。どこか諦めたようなそれに、緊張がほぐれる。
「慰める、何て言葉が返ってきたら死んだって教えてやらないつもりだったけど、しょうがないわね」
 どうやら、答えは正解だったらしい。
「その代わり、詳しい事情はあたしの口からは言えない。でも、何でまあさが一人で暮らしてるかくらいは教えてあげるわ」
 途端、真摯な表情を浮かべたナル。その真っ直ぐな瞳に、俺は思わず唾を飲み込む。張り詰めたような空気と、静謐な空間に息苦しさを感じる。そんな状況の中、ナルは話を切り出した。
「開かずの間。この家に、開かずの間があるのは知ってるでしょ?」
『ああ』
 頷く。以前俺が開けようとしたところを見つかって、泣きつかれたことがあるのを思い出す。別に鍵がかかっているわけでも扉が壊れているわけでもない。開けようと思えば開けられるが、まあさがそれを拒む以上、あの部屋の中を見ることはできず、扉を開けることもできない。だから、開かずの間も同然だった。
「あの部屋の中に、まあさの両親がいるわ」
『何だって?』
 アリエスが食いつく。ありえない、という表情を浮かべ、声を荒げた。
『あの部屋から人の気配はしない。誰かがいるなんてありえない』
「……誰も生きた状態で、とは言ってない」
『どういうことだ?』
 問うと、まるで言葉を吟味するかのように黙り込み、しばらくしてからナルはポツリと零した。
「正確には、両親の遺骨」
『遺骨?』

「まあさの両親は、亡くなってるのよ。十二年前にね」





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