8 ケツイ



『自殺だって? よっぽどショックだったんだろうよ』
『違うわよ、自殺じゃなくて心中。無理心中よ』
『それで子どもだけ助かったのかい? 酷な話しだねぇ。助からないほうが良かったんじゃないのかい』
『しっ、聞こえちまうよ』
『何、関係ないさ。どうせ解っちゃいないよ』
『ま、何にしても疫病神には違いない。関わらないのが一番だ』
『誰が引き取るんだか、あんな厄介な子』

 囁く声は、常に付きまとう。でも、厄介そうにあしらわれることを苦痛だと感じたことはなかった。
 家族を失ったあたしは、親戚中のお荷物だったから、それが当然なのだと受け入れるしかなかった。誰もあたしを省みないし、誰もがあたしを避け、煩わしそうに遠巻きに見ていただけ。
 でもそうやって、突き放してくれる方がありがたかった。
 あたしは疫病神だから、近づかない方がいい。
 あたしが笑顔を向けた人は、皆いなくなる。だから、心を許す人を作らないことで誰も失わずに済むのなら、それに越したことはないのだ。
 全部を失うまでは普通の家庭だった。どこにでもあるような、普通の。
 だけど、母が亡くなったことで、父はおかしくなった。
 その狂気が頂点に達した時、父は私を巻き込んで心中を図ったのだ。

『ごめんな、まあさ。母さんが呼んでるんだ、いかなくちゃ』

 優しい父だった。一度も怒られた覚えはなく、悪戯をしても笑って「ダメだよ」と優しく諌める程度。
 虫も殺せないような、そんな父が震える手でライターを握り締めている。
 部屋に充満しつつあるガス。息苦しく、頭痛は酷くなる。そして、とにかく気持ち悪かった。

『ごめん……ごめんな』

 何度も何度も謝って。それでもどこか嬉しそうで。
 母のところへいけることがそんなにも嬉しいのかと、そんな父を見ていたら、死にたくないのに一緒にいかなきゃって思った。
 怖いのを隠すように、心の中で何度も念じた。大丈夫。何にも心配要らない。お父さんがお母さんの所へ連れて行ってくれるから、と。
 そしてあたしは、何も見なくて済むように、ぎゅっと目を閉じた……




「ぅ……ん」
 胸を突く痛みに身をよじる。体中が重く、だるい。
 肺に溜まった息を吐き出し、ゆっくりと瞼を上げると、差し込む光が見えた。眩しくて、目を細める。ぼんやりとして、状況が上手く飲み込めなかった。ただ、眩しいのとだるさだけが今解る全ての感覚。
「ナイン……?」
 そんな中で、やっと出てきた単語がそれだった。あたしは上体を起こし、辺りを見渡す。

 誰もいない

 答えてくれる存在も、呼び止めてくれる声も。
 今まで見てきたものが、全部夢であったかのような静けさ。
「ナイン?」
 それでも、誰もいないことを解っていても、あたしは探し続けてる。目が探してる、ナインの姿を。
 傷だらけで、それでもあたしを助けてくれたナイン。アリエスも。あたしは気を失って、その後二人がどうなったのか知らない。
 まさか、という不安がこみ上げる。
「どこ? ナイン……」
 それとも、それすらも幻だったのだろうか。あたしが作った都合のいい夢。
『目が覚めたのか?』
「っ……!」
 そんな不安を裏切るように、間の抜けた声。いつもどおりの、緊張感なんて無縁のような。
『どうした、間抜け面して』
 いつ入ってきたの、とか、ノックしてよ、とか。悪かったわね間抜け面で、とか。普段なら散々文句を言うのに、今はそんなことどうだってよかった。
 答えてくれる存在も、呼び止めてくれる存在も。
 夢なんかじゃなかった。
 何だ、あたし馬鹿みたいだ。ホッとしたら力が抜けて、立ち上がろうとした身体が床に崩れる。
『まあさ!?』
 床に崩れたあたしに駆け寄り、ナインはいつになく焦った様子で身体を支えてくれた。
『どこか傷むのか?』
「……力、抜けただけ」
 苦笑が浮かぶ。我ながら情けないよ、ホント。こんなにも安心してる自分がいるなんて。
 初めはウザったいだけだったのに。絶対認めるもんかって。それなのに、いつの間にかナイン達がいることが当たり前になって、いないことに不安になったりして、ホント、馬鹿みたい。
「ナイン」
『あ?』
「無事でよかった」
 傷だらけだった割には、元気そう。目立った傷も見当たらないし、悪魔だから回復も早いのかな?
『お前な……俺は滅多なことじゃやられたりしねぇんだよ。自分の心配してろ』
「最強だもんね?」
『そうそう』
 色んな意味で。
 内心笑い、それから表情を引き締める。
 考えさせられるんだ。不安になるのは、自分が弱いからなのか、それとも逃げているからなのか。
 力があるのに、守れる力があるのに、それを否定して何もしない自分が許せないからなのか。
「あのね、ナイン」
『ん?』
 眠っている間、色んな夢を見た。過去の夢、これから起こるかもしれない未来。それを防ぐ為にはどうしたらいいか、解ってる。解っていて、あたしは今までしようとしなかった。
 成り行きに任せ、感情だけで力を使っていた。今まではそれで切り抜けられてきたかもしれないけど、これからも同じようにできる保障なんてどこにもない。
 だから。
「あたしね、強くなりたい」
 せめてあたしの傍にいる大切な人達を守れるくらいには。
「ナインのようにはいかないの解ってるけど、足手まといにならないくらいには、なりたいの。だから、魔力の使い方を教えて」
『まあさ、それは』
「守られるだけじゃ嫌なの。それじゃダメなんだよ、ナイン。守ってもらうなら、あたしも守らなきゃいけない」
 誰かの後ろに隠れて怯えているだけの存在なんて、それならいっそいない方がマシだ。
 足手まといには、お荷物にはなりたくない。あたしは対等でいたい。
「もう誰も、失いたくないから」
『まあさ……』
 ナインが目を剥く。そんなに驚いた顔間近で見るの初めてかもしれない。
「だから、教えてほしい」
 ホントは怖いよ。何度も感じた死という恐怖。戦うことが怖くないわけはないし、逃げたいと思うのが正直な本能だと思う。でも、あたしが逃げたら皆が傷つく。それだけは、耐えられないから。
 強くならなくちゃいけない。
『ったく。しょーがねぇなぁ』
 真剣に訴える眼差しが効いたのかしら。諦めたようにナインが溜息を零した。
『その代わり、絶対無茶なことすんなよ?』
「うんっ、約束する」
 強くなる。
 守りたい人を守れるくらいには。人を守れる強さが、あたしは欲しいから。





BACK   TOP   NEXT