key of heart


 街にはピンク色の製品がずらり。流れる音楽は全て恋愛歌詞の歌ばかり。

 手を繋いで歩くカップルからはピンク色オーラが流れているし、書店ではお菓子作りの本を立ち読みする女の子達であふれている。


果南(カナン)は誰かにチョコレートあげたりしないの?」
 よそ見をしていた私の顔を覗き込んでくるのは、同じ部活で家も近所の美月(ミヅキ)。私は まさか と笑う。

「あげる人なんていないって。まぁ強いて言えば部活、かな。今年は何欲しい?」

 笑い飛ばすように言うと、美月は一瞬曇った表情を見せ、 そうだね と小さく返す。


 自分自身でも想像していなかった。高校二年生のこの時期に、こんなに悲しい別れが待っていた事なんて。本物だと信じていた。

不変の恋だって。本気で結婚出来るんだと、そう信じていたのに。





「かっ果南! 好きだ、付き合ってくれ!」
 中学一年生の春。私に告白をしてきたのは同じ部活仲間の連二(レンジ)だった。一年で同じクラス、おまけに同じ部活。仲は良かった。

私は入学したころから連二が好きで……でも、連二がまさか自分を好きでいてくれるとは思ってもいなかった。自分一人の片思い

そう思っていたから告白しても叶いっこないと言い聞かせて、気持を閉じ込めていた。


 友達で同じ部活の美月に即報告をして、私達は付き合いだした。受験を終え、お互い違う高校に。それでも週に一回は会っていたし、

メールも電話も欠かさずしていた。もちろん時には喧嘩もしたけど、すぐに仲直りして。


「果南、好きだよ。ずっと一緒にいよう」

「早く大学卒業したいな。そうしたら毎日一緒にいられるのに」

「絶対嫌いにならないよ。結婚しよう」


 普段はおちゃめで明るくてそんな事言わない雰囲気なのに。二人きりになると変わってしまう連二が私は大好きだった。常に優しくて

小さなサプライズを用意してくれて、嫌われないように必死で。変わらない私を好きだと、いつも連二は言ってくれていた。



 高校二年生の夏。部活に明け暮れ勉強を全くしていなくて。進級危うし、必死でテスト勉強をしていた私の元に送られてきた一通のメール。

 “別れたい”

 意味がわからなくてすぐに電話をしたけれど繋がらなくて。メールもしたけれど無意味で。


 試験は何とか乗り越えたけれど、夏休みの私は落ちていた。何処までも落ちて、落ちて。

 連二に新しい彼女が出来たと知ったのは九月の事だった。人づてだから本当かどうかはわからないけれど、高校一年の時の

クラスメイトで、部活のマネージャーだったとか。実は春からその子が気になりだしていた、って友達に相談していたらしい。

つまり、私に魅力がなかった。連二を飽きさせてしまったのだ。自分が、自分が駄目だった。好きになってもらえなかった。

何も知らされず、何も疑わないまま付き合っていた私。本当に馬鹿みたいだ。





「聞いてる、果南」

「え?」

 名前を呼ばれて振り返る。美月が心配そうな顔でこちらを見ている。

「……まだ引きずってるの」

「違う違う! バレンタイン、何作ろうか考えてたの。一年も前の話だよ、全然平気」

 笑ってみせると、小さく頷く。此処が私達の家の分かれ道。手を振ってお互い別れる。



 そう、もうあれから一年近くがたとうとしている。それなのに……私は未だに吹っ切れていない。一人になれば連二を思い出す。

二人の思い出は全部消去した。メールも、アドレス帳も、プリクラも、プレゼントも全て。思い出せるものはもう何もないはずなのに、

ふとした時に思いだす。夢にすら出てくる彼に、何度も何度も恋をした。叶わぬ恋とわかっているはずなのに。



 ふと灯りに目をやる。道の片隅にひっそりと立つ、小さなお店。古そうな外装に、中は薄暗い。どうやら骨董品屋のようだ。

もう何十年もこの町に住んでいるけれど、今までこんなお店あっただろうか。不思議に思い、窓から中を覗いてみる。やっぱり暗い。

まだ時間もあるし、ゆっくりと扉を押してみる。相当古い建物らしく、ギィという木の音がした。


 店内は小さなランプで照らされていて、少し埃臭い。天井にはアンティーク模様。小さなシャンデリアがあるけれど、それも古そうだ。

 ふいに目に止まる小さな箱。手に取って開けてみると、優しいハープの音が聞こえてきた。


「綺麗でしょう、オルゴールです」


 突然声が聞こえてきて、思わずすくむ。ゆっくりと後ろを振り向くと、すらりと背の高い、華奢な男の人がたっていた。

「すみません、怖がらせてしまったようですね。いらっしゃいませ」

 グレーのシャツに黒のズボン、ロングコート、室内だというのにシルクハットをかぶっている。表情はよく見えないけれど、声は若そう。

「綺麗でしょう、魔法のオルゴールなんです」

 にこりと効果音がつきそうな口元。一瞬耳を疑った。魔法?

「あ、信じていない顔ですね。本当ですよ。何でも願いが叶います」

「何でも……」

「えぇ。例えば好きな人と付き合いたい、もう一度昔の彼に会いたい、など何でも」

 指折りで挙げていく店主と手に持ったオルゴールを見比べる。小さなオルゴールは見た目とは裏腹に重く、あちこちに穴があいている。

ところどころに綺麗な宝石が散りばめられているのを見ると、宝石が抜けおちてしまったのだろう。


「これ、いくらですか」

「はい、500円です」

「500円?! そんなに安いの?」

 思わず声をあげてしまう。どう見ても古そうで、確かに穴があいていて欠陥品のようには見えるけど……

「お買い得でしょう。お一つ、騙されたと思っていかがですか?」

 にこりと笑う店主に、自然と財布から取り出した500円玉を手渡す。

「ありがとうございます。そうだ……もう一つ、良いモノを差し上げます」

 何かを思い出したように店の奥へ入り、小さな紙袋を手にして戻ってくる。

「これは僕からのささやかなプレゼントです。今日入荷したんですけど、一つ不良品がありました」

 開けてみると、今流行りの鍵のモチーフのネックレス。やっぱり古そうなくすんだ色に、黒の革の紐。中央に穴があいている。

「此処に石が入っていたんですけど、取れてしまったようで。売り物には出来ないですけどデザインは良いでしょう?」

 店主の言うとおり、穴は小さいしそんなに目立たない。それを首にかけると、丁度良い長さだ。

「ありがとうございます」

 にこりと笑って見せ、店の扉に手をかける。



「果南さん」

 ふいに声をかけられる。

「鍵をあけるのは誰でしょうね」





 家に帰ってお風呂に入り、ベッドに横になる。店主の言った言葉の意味がよくわからない。

「鍵をあけるのは誰……」

 何が言いたかったんだろう、あの人は。机の上に置いた鍵のネックレスに目をやる。鍵。何の、鍵

 そうだ。それよりこのオルゴール。願いが叶う、なんて言っていたっけ。


「……連二……」

 心の中で唱え、ゆっくりとオルゴールのふたを開ける。店で聞いたものと変わらない、優しいハープの音色が聞こえてくる。

 そういえば……私はあの店で自分の名前を名乗っただろうか。あの人は……

 眠気が襲ってくる。何故、あの人は私の名前を……





 寒い。目覚めると、飛びこんできたのは真っ白な世界。慌てて飛び起きてカーテンを開ける。雪だ。

「久しぶりの雪だ……」


 寒いけれどちょっと気分は上がって。急いで制服に着替え、昨日もらったネックレスを付けて簡単に化粧をすませると一階へ降りる。

「おはよう、雪降ってるね」

「おはよう、果南。この寒いのによくスカート短くしいられるわね」

 母親の台詞に 若いからね と笑って返す。そういえば、いつから私はこんなに普段から笑う人間になったんだろう。



 いつもと変わらない日常。ご飯を食べ終え歯を磨き、家を出る。

 学校も何も変わらない。ただ、時間が過ぎていく。

「鍵……」

 呟いてみる。あんな、たった一度会っただけの店の人なんか忘れてしまえばいいのに。どうしてもあの台詞が気になる。



 今日はバイトの日だ。授業を終えてすぐにバイト先へ向かう。学校からも家からも近いそのカフェは時給も高いし、気にいっている。

 お店の入口のベルが鳴る。

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか……」

 笑顔を作って見せ、かたまった。思いがけない人……連二がそこにいたから。

「あ……三人です」

 同じ高校だろう。学ランを着た男二人を連れている。

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 何も気づかないふりをして席へ案内し、注文を受ける。


 試験が近いからだろうか、三人教科書を並べて勉強をしている。

 どうしてこんな日に限ってお客さんが少ないんだろう。どうしてもそちらに目がいってしまう。連二はこっちを全く見ていないけれど。


 “もう一度、連二に会えますように”


 昨晩あのオルゴールにした願い事。冗談だと思っていながら、何処か信じていた心。本当に会えるなんて。

「すみません」

「はっはい」

「もう一つ砂糖もらえませんか?」

 声をかけてきたのは連二。一年前よりも体つきはしっかりし、何だか格好良くなった。

「かしこまりました」

 笑顔を見せ、粉砂糖の袋を差し出す。


「何時まで」

「え?」

「バイト。何時まで」

「……八時」

 何も返事をせず、座っていた席へと戻っていく。その背中姿を見送る事しか出来なかった。



 八時に仕事を終え、裏口から出る。そこにいたのは……連二だった。

「……お疲れ」

「待ってたの?」

 小さく頷くと、隣に並んで歩き出す。


「雪すごいな」

「……うん」

「なぁ覚えてるか、中二の冬に横浜行ったじゃん。すげぇ雪降ってて、寒くてさ」

「あぁ、連二が走って転んだ日ね。びしょびしょだったもん」

 笑って返す。上手く笑えてるかな。変に思われてないかな。


「……果南」

 ふいに連二が立ち止まる。驚くほど真剣な表情。

「そういう笑い方になったのは、俺のせい?」

「え?」

「……作り笑い。昔の方が、俺は好きだよ」


 何を言い出すんだろう、この人は


「ごめん、確かに……別れた時は俺が悪かった。本当にひどい事をした。俺が言える立場じゃないけど、果南には笑っていてほしい。

 今みたいな作った笑顔じゃなくて、ちゃんと心の底から」

「ふざけないでよ!」


 思わず飛び出した言葉。連二に会ったら、笑顔で対応するつもりだった。にっこり笑って、優しく笑って、何ともないって顔して。

もう私は全然平気。連二の事なんて気にしてないし、忘れてる。そう、思ってきた。そう、言い聞かせてきた。それなのに。


「っ連二のせいでしょう! 連二があんな自分勝手にっ……私がどんな気持ちでっ……」


 実際目の前にしたらどうだろう。暗くて、嫌な思いが渦巻いて。ずっと心の片隅にしまっていた思い。

 そう、心に鍵をして。連二を死ぬほど憎いと思った自分が嫌で、必死に隠して。


「最低! 言ってくれた言葉は全部ウソだったんでしょう! 連二なんて大っ嫌い! もう二度と私の前に現れないで!」

「果南、確かに俺が悪かった。もう……来ない。本当にごめん。謝って許されると思ってない。俺を憎んでいい」

 もう、最悪だ。涙が止まらない。誰にも言っていなかった気持ち。美月にさえ言えなかった、こんなどす黒い思い。


 人が信じられなかった。本気で信じてきた連二に裏切られた事があまりに大きすぎて、誰も信じられなくなった。人は裏切る。

信じなければ裏切られる事はない。相談事なんで誰にもしない。いつ他人に話されるかわからない。


「本当、ごめん。でも……付き合ってた時に俺が言った言葉に嘘はなかった。本気でそう思ってた」


 何を、今さら。もう全部全部、遅い。




「果南!」

 聞きなれた声。コートに身を包んだ美月はつかつかと連二に歩み寄ると、その頬を思い切り叩いた。


「もう二度と果南を傷つけないで!」

 いつも穏やかな美月が怒っている姿を、中学から付き合ってきて初めて見た。

 連二は叩かれた頬に触れて。そのまま駅の方へと走って行った。


「果南!」

 再び私の名前を呼んで、茫然と立ち尽くしていた私を抱き締めてくれる。

「っ……」

「泣いて」

「え?」

「我慢しちゃ駄目だよ。泣きたい時は泣いていいの。大丈夫、果南は何も悪くないんだから」





 どれくらい泣いたんだろう。とにかく思い切り、人目も気にせず泣いた。美月の背に腕を回せば、更に強く抱きしめてくれた。


 こんなにも、私は思われていた。




 思い切り泣いて少しすっきりして。私は制服の袖で涙を拭く。

「どうして……此処に?」

「連二君に似てる人がカフェに入っていくの見えて……ちょっと気になってね」

 ゆっくりと足を進める。こんなに雪が降って寒い中、ずっと私に付き添ってくれた。


「……そっか、ありがとう美月」

 素直にお礼を言い、笑う。

「あ」

 美月のちょっと驚いたような顔。私は ん と聞き返す。

「良かった、笑ってる」

「え」

「気づいてなかったでしょ。連二君と別れてから、果南は変わったんだよ。いっつも愛想笑いで……本当に心の底から笑わなくなった。

 あれから一度も私に相談事しなくなって、何聞いても 大丈夫 って返事して。人形みたいだった」


 私、ちゃんと笑えてなかった?


「何て言うのかな……心に鍵してた、って感じかな。それが今ははずれてる」

 私の前に立ち、くるりと振り返る。


「もっと信じてよ。私達、友達でしょう」






 久しぶりに自分の本当の気持ちをさらけ出して。外はすごく寒いのに、心は温かかった。

 家に帰ってふとベッドを見る。オルゴールがいつの間にかなくなっていて。部屋の何処を探しても見当たらなかった。


 ただ、変わった事が一つ。あのネックレスに開いていた穴に、いつのまにか赤い石が埋め込まれていた。



 翌朝、あのお店へ行ってみたけれど……そこはただの空き家で。近所の人に聞いても、そんな店はないと言われてしまった。




「おはよ、果南」

 ポンと肩を叩かれる。

「おはよ、美月。あ……そうだ、これバレンタイン」

 可愛くラッピングしたチョコレートを渡す。と、引き換えみたいに美月からもラッピングされたマフィンをもらう。

「部活で配る分、結構量あったよね」

「ね。まぁホワイトデー期待しちゃお。去年、手作りあったじゃん」

「確かに! あのチョコレートケーキは女の子顔負けだったよね」


 笑い合いながら学校へと向かう。






 風が吹く。道を歩く女子高生二人を見つめる若い男が一人。

「良かったね」

 黒に身を包んだ男は、手にしたオルゴールを見る。小さいけれど、赤く光る石がそこにはあった。


「人を信じるって何だろうね」


 微笑すると、その姿はふいに消えた。







この作品は『Rhymed Shadow』の管理人様、彼方さんが書かれたものです。
7周年の記念にフリー配布されていたのでこっそりお持ち帰りしました!
『Antique Shop』というお話の中の一話です。彼方さんのサイトに行けば他にも色々なお話があります。
さぁ、皆さん入り口はこちらですよー☆




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