1 目が覚めると、そこは公園だった。 廃れて誰もいないような、小さな公園。 その公園の隅に一本だけある桜の樹の下で、俺は目を覚ました。 なぜ自分がこんな所にいるのか解らず、記憶を手繰る。それで、答えにいきついた。 先ほどから不明瞭な自分の姿に、思わず納得する。 何だ、俺は、死んだのか…… 「あっけないもんだな」 自然と零れた自分の声は、思った以上に震えていた。 認めてしまえば、あとはもう崩れていくだけ。恐怖と失望に苛まれていくだけ。 怖い。 どうせ死んだのなら、こうやって自分が死んだことを突きつけられるよりも、ワケも解らないうちに消えてしまいたかった。死すら実感できず、無に還りたかった。その方が、よっぽど楽だ。 「最悪だ、こんなの」 嫌だ。 死にたくなかった。 『死』なんて、望んだことなかったのに…… 俺は唇をかみ締める。 「大丈夫だよ」 そんな時だった。 誰もいないと思っていたこの場所から、誰かの話し声が聞こえたのは。 まるで俺の不安を取り除くかのようなそのタイミングのよさ。俺は辺りを見渡し、声の主を探す。 「大丈夫、悪く考えちゃダメなんだ。これまで通りだよ。これ以上、悪くなることなんてないんだから」 遠いようで、近い声。 公園内を一周ぐるりと見渡して、ようやく声の主を見つけた。気づかないはずだ。桜の樹を挟んで反対側、俺のいるこの場所と正反対の所にいたのだから。 それに気づき、俺はそっと反対側を盗み見た。幹に寄りかかるようにして座り、どこか寂しそうな面持ちを浮かべている少女を見つける。 会話みたいな口調だったから、てっきり二、三人いるのかと思ったが、どうやら一人らしい。 俺は無意識に彼女の横に歩み寄る。 「私なんて居てもいなくても同じ。人に疎まれるのになんか、もう慣れっ子じゃない。だから、大丈夫だよ」 諦めたような口調。自分に言い聞かせる台詞だったのだと気づき、少女の横顔が夕日に照らされてますます寂しそうに映る。その姿があまりにも孤独に見え、俺は思わず彼女を自分に重ねていた。 こんな近くにいるのに。 どうやら彼女には、俺が見えていないらしい。真横に立っていても、気づく気配がまるでない。 だから、俺はただ黙って彼女の話を聞いていた。そうすれば、少しは気も紛れそうな気がして。彼女の存在に救われたような気がして。 ずっと、彼女だけ見つめていた―――――― 家の近くに、廃れた公園がある。 そこには、古びた滑り台と砂場、そしてベンチがあるくらいで、後は何もない。 外ではあまり遊ばなくなった時代でもある今、当然のように子どもの姿はなかった。 人の気配のない、公園。 でも、私はこの公園が好きだった。誰もいないという環境もさることながら、一番気に入っているのは、この公園の隅に植えられた一本の桜の樹だ。 相当年季の入っているその樹は、誰も訪れなくなった公園でも毎年綺麗な花を咲かせる。 何本か植えられていれば、いい花見スポットにもなっただろうに、一本だけ寂しく咲くこの樹の存在を知っている者は今となっては少ない。よって花見の時期、ここはいい穴場になった。 今日も、私は学校帰りに公園により、樹の幹に背を預けてぼんやりとした時間をすごしていた。 まだ満開には早い、やっと花が開き始めた頃の桜。 風がそっと吹き抜けると、ゆらゆらと枝が揺れる。いい木洩れ日になり、随分と日が長くなったこの時期は日向ぼっこが最高だ。 「今日ね、始業式だったんだ」 誰にともなく喋りかけるのは、もういつものこと。 どちらかというと口下手な私は、人前で思っていることを話すのが苦手だ。そのせいか友達も少なく、いつまでたっても一線引いた浅い付き合いのものばかりだった。 だから、誰もいないこの環境は私にとってかなり都合がいい。 「クラス替えがあってね、前はCクラスだったんだけど、今度はEクラスになったんだ。あのね、Dクラスからは校舎が違ってて、私は新校舎の方の教室になって、すごく綺麗なんだ。これってお得な感じだよね」 どの学年も、A〜Cまでは旧校舎。D〜Fは新校舎と、部屋割りが決まっている。前は旧校舎で古い教室だったから、綺麗な教室はとても新鮮な感じがした。 もともと、私の通う中学は大分歴史のある学校で、校舎も建て替えや増築などを繰り返しているから、かなりちぐはぐな校舎の造りになっている。 「……でも、やっぱりクラスの子とは馴染めなくって。ほら、女子ってグループ作っちゃうでしょ? それに乗り遅れると、後から中に入っていくのは結構難しかったりするんだよね」 桜の幹に耳を押し当て、瞳を閉じる。この樹が私の話を聞いて反応するなんてことありえないっていうのは解っている。解っているけど、なぜかいつも話しかけてしまう。 どこかで、いつか返事をしてくれるんじゃないかって、夢みたいなことを期待しているのかもしれない。 そんな夢みたいなことを思い、本当に夢で終わった後には、いつも私は自分に苦笑するのだけど。 「ふーん。女って面倒だな」 「そうなの。そういうグループ方針っていうの、どうも苦手で……って、え?」 あるはずのない答えに流されそうになり、途中で違和感を覚え咄嗟に瞼を上げた。 「だったら一匹狼貫くのもなかなか格好いいかもな」 広がった視界の先。至極自然に私を見下ろす青年の姿があった。意地悪そうに口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべている。年は二十歳半ばといった所か。漆黒の髪がさらりとそよぐ風に靡いていた。 男の人にしては白すぎる肌。凛とした鼻に、塗れた漆黒の瞳。 その整いすぎた容姿に、思わず見惚れてしまう。 「……おーい。何? 突然フリーズ?」 どれくらい間が開いたのか。動かないあたしに向かって、彼が手をひらひらとふってみせる。それでやっと我に返った私は、咄嗟に姿勢を正した。 まさか、人がいるなんて思わなかった。認識した途端、言葉が上手く出てこない。 「あれ? 無反応? 俺のこと見えてますかー?」 「み、みみ見えてますっ」 覗きこむように顔を近づけられて、咄嗟に上ずった声が口を伝った。だって、そんな綺麗な顔が近づいてきたら、冷静でいられるわけない。ただでさえ、人前では上手く話せないのに。 「何だ、ちゃんと見えてるんじゃないか。全く、無反応とか焦るからやめてくれる?」 「え? あ、ご、ごめんなさい」 謝るも、こうなった原因って私だけにあるんだろうか。疑問に思いつつも、口には出せなかった。 「解ればよし。で?」 「へ?」 ポンッと頭を撫でられてから問われ、何が「で?」なのか解らずに間抜けな声を上げる。 「へ? じゃないだろ。へ? じゃ。続きだよ、続き。話の続き」 「続き?」 「そうそう。クラス替えとクラスメイトまでの話はきいた。でもまだ話すこと残ってるだろ?」 なぜか確信しているような口調で問われ、私は思わず目を見張った。 確かに、まだまだ話したいことは沢山あるけど、何で解るの。 「残ってる、けど……」 なぜそれを今あったばかりの彼に話さなくてはならないのだろうか。っていうか彼の口ぶりから察するに、今話した内容全部聞かれてたってこと? 「けど、何?」 「え!? あ、えーっと……何で、そんなこというのかと思って?」 自分で言ってて何が言いたいのか途中から解んなくなった。ダメだなー、これだからクラスメイトとも会話が続かないんだよね。 「何だ。話たくないのか」 「ちがっ……え、あ、ぅ……その……」 「俺は聞きたかったんだけどな」 「え?」 予想もしなかった返事に、言葉どころか動きまで止まる。今まで私の話を聞きたいなんていってくれる人はいなかった。いつも要を得ない私の話に、面倒くさそうに終わるのを待っているクラスメイトがいるだけで。 「嘘……?」 だから正直、信じられない気持ちの方が強かった。 「何が?」 「だ、だって、面白いって……」 「面白いじゃん、お前。色んな意味で」 「はぁ……」 何の迷いもなくはっきりと断言した彼の態度で、それが嘘ではないことはわかったけど、何だか素直に喜べない自分がいた。色んな意味でってどんな意味だ。 っていうか。 「何か、私のこと前から知ってるような口ぶり……ですね」 「ああ、知ってる。ずっと前からお前のこと見てたからな」 「あ、なるほど。そうなんですか……―――――え?」 何気なく言った台詞をあっさり肯定されて、ナチュラルに流してしまう所だった。私は数秒遅れて驚く。 「え、そ、そそそそそれって……」 す、ストーカー、とか? まさか! お、落ち着け私! 冷静に考えれば彼みたいな綺麗な人が私をストーカーする意味がわかんないよ。そうだよ。二、三人女とかはべらせてそうじゃない。いかにも女性関係には不自由してませんって感じだし。うん、そうだ。 きっとその線はない。となると、考えられるのは……もしや復讐!? 私、知らぬ間にこの人に恨み買うようなことしちゃったんだろうか? 全然全く身に覚えないけど、人生どこで何が起きるかわかんないし、人と人がどこで繋がってるかも案外わかんないもんだし。 ど、どどどうしよう……ここはとりあえず早いうちに謝っておくべきだよね? うん、そうだ。そうしよう。 「ご、ごめんなさいっ」 「は?」 ……―――――― えーと? この反応といい、妙に居心地の悪い間といい、全くお門違いな台詞吐いちゃった? 「お前何いきなり謝ってんの。もしかして得意の勘違いとか発動しちゃった?」 「え? えーっと……」 勘違い、なのかな? でも彼の反応を見る限りそれっぽいし、っていうかなんで私の特技が勘違いだとか知ってんの? いやいや、特技なんかでは決してないけど。ただちょっと思い込みが激しいだけ! 「安心しろよ。別にストーカーでも、お前に恨みを持ってるわけでもないから」 まるで心情を読み取ったかのような台詞。もしかして悟られてるのか、私? 心の声他人に全部筒抜け!? 「……全部顔に出てるんだよ」 「へ!?」 「お前が悟られだとか、俺が能力者とかじゃなくて、思ってること全部顔に出てるってだけ。解りやす過ぎ、お前」 「うそ……」 そんなあからさまに顔に出てるの? し、知らなかった…… 「まぁ、そういうところが面白いんだけどな。な、お前どうせ暇だろ? 色々話し聞かせろよ。あいにく俺も暇なんだ」 「ぅ、え!?」 楽しそうな笑みを浮かべ、隣にドカッと腰を下ろした彼の最早断ることを許さぬ態度と台詞に、私はいつも以上におかしな反応をしてしまった。 ***** 半ば無理矢理引きとめた少女の名は、灯(アカリ)と言った。 その字のごとく、アカリは眩しい光ではなく、柔らかく闇に灯るろうそくの灯りのような奴だった。そっと灯る優しい色。そんな感じ。 決して目立ちはしないが、傍にいて安らぎを与えてくれるような存在だ。 だから、ガラにもなく居心地がいいなどと思ったのかもしれない。 「お前さ」 「はい?」 先ほどから休みなく喋り続ける彼女に苦笑しながら、俺は話を中断させるように口を挟んだ。それに気分を悪くした様子もなく、素直に話すのをやめたアカリは小首を傾げながら俺を見上げる。 「人前で喋るのが苦手ってやつ、絶対嘘だろ」 「え!? う、嘘じゃないよ! ほ、ホントに緊張するんだから!」 「だってお前、今俺の前でべらべら喋り捲ってんじゃないの。その口は何なんですか? ん?」 頬を両サイドから引っ張ると、痛い痛いと顔を歪めながらアカリが喚く。その変顔に思わず噴出し、手の力が緩まるとチャンスとばかりに俺の手を振り払った。 「痛いし酷い……」 ほんのり赤くなった頬をさすりながら、恨めしそうに俺を睨みつける。 「やー、あんまり柔らかそうなほっぺだったもんだからつい。あ、これ褒め言葉ね。そう怒るなよ」 「褒めてるように聞こえないです」 呆れたように肩を竦め、フイとそっぽを向く仕草に思わずドキッとする。 何だかなぁ。本人自覚ないだろうけど、何気ない仕草に色気がある。無意識に男を誘惑してるってことに気づいてないんだろうな、きっと。 無自覚無防備、おまけに鈍感とこの三拍子が来れば色んな意味で無敵だ。 「お前さ、もう少し警戒した方がいいぞ」 「へ?」 思わぬ台詞だったのだろう。怒っていたことも忘れたように、驚いた表情を浮かべ俺を振り返る。 「何の話?」 「お前が無防備過ぎだって話」 まぁ、いきなり話がぶっ飛んだんだから解らないのも無理はないけどな。っていうか、すぐに解るようならこんな忠告はいらないだろう。 「ま、俺の前だったらいくらでも無防備になってくれて構いませんけどね」 「え、え? どういう意味?」 「そういえばさー」 「……話逸らそうとしてます?」 「気のせいじゃないか?」 「嘘、絶対話し逸らそうとしてますよね!?」 確かにしてるけど。自力で気づくまで教えてやんない。俺は誤魔化しも含めてアカリの頭を撫でてやった。途端、固まったように硬直するという素直な反応を見せた彼女に、思わず笑みがこぼれる。 ずっと見ていた。 その台詞で少しは勘付いてくれてもいいと思うんだが、まぁ、高望みは良くないな。俺は内心苦笑する。 「もういいっ。私帰ります!」 そんな俺の態度に痺れを切らせたのか、バッと手を払いのけて勢いよく立ち上がる。俺はそんなアカリを見上げ、少しムッとして見せた。 「何でいきなり帰る宣言?」 「だって! 話誤魔化すし……それに、もうすぐ夕飯の時間だから」 俺の態度云々よりも、どうやら後者の理由が主らしい。そうか、こいつには待ってる家族が、帰る場所があるんだよな。 「そうか……」 「うん、だから帰るね」 名残惜しさも垣間見せずに、あっさりと身を翻すアカリの後ろ姿を見つめ、俺はその腕を引っ張って、いつまでもここに引き止めておきたい衝動に駆られた。 けれどどうにかそれを押さえ、代わりに呼び止める。 「アカリっ」 「ん?」 くるりと振り返り、小首を傾げる。俺は彼女から視線を外し、拳を握り締めた。 「……明日も、ここに来るか?」 「明日? うん。多分来ると思うよ?」 「あの、さ。俺も、来ていいか?」 口を伝った声が、震えていた。拒絶されたらと思うと、顔がまともに見れない。 「変なの。一々私に許可とらなくても、ここは皆の公園なんだから、好きな時に来ればいいんだよ?」 「ぁ……」 返ってきた言葉に、顔を上げる。アカリは可笑しそうにくすくすと笑い、笑顔で答えてくれた。 「そ、そうだな。そうだよな」 「明日も来るの?」 「ああ、俺もこの場所、好きだしな」 「じゃぁ、また明日会えるね」 「そうだな。また明日、だな」 言った途端、アカリがハッと何かに気づいたような驚いた顔をした。 「どうした?」 「私……始めて、こんな別れ方。また明日ねって誰かと別れるの。何か……うん、何かとても嬉しい」 はにかむように笑むアカリを前に、俺は反応できなかった。多分、その表情に見惚れてたんだと思う。 「それじゃぁ、また明日ね」 嬉しそうに手を振り、俺に背を向けたアカリ。俺も咄嗟に我にかえり、手を振る。 その後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと。 ――――――少しだけ 完全にアカリの姿が見えなくなると、頭の中に鳴り響く声に反応するように、俺の身体が薄れていく。自分の手を見つめれば、地面が見えるほどに透けているのが解った。 ――――――時間がない 「解ってる。あと少しだけ待ってくれ。ホントに、あと少しでいいんだ」 俺が消えても、再びあんな寂しそうな笑顔を浮かべなくてもいいようになるまで。 少しでいい。あと少し。 彼女に、伝えるまで…… ***** 数日前に突然声をかけてきた青年は、朔夜(サクヤ)と名乗った。 彼はとても変な人だった。いきなり声をかけてきたかと思うと、もっと話をしろと一方的に喋らされる始末。普段なら絶対に間が持たなくなるはずなのに、なぜか彼とは会話が途切れることがなかった。 今まであんな風に長時間誰かと話をしたのは始めてで、時が経つのを忘れるほどだった。すごく、楽しかった。 それ以来、毎日のように彼と会っている。 元々公園に行くことが習慣になっていたから、そこに行けば自然と彼もいるのだ。定位置になっている桜の樹の下で、いつも気持ちよさそうに眠っている。私が傍に近寄ると決まって目を覚ますんだけどね。 「おー、今日いつもより早いな」 「うん、今日は掃除当番じゃないから」 「掃除当番、ね。懐かしいな」 「懐かしいって、歳いくつ?」 学生を終えてからそんなに時間が経ってるようにも見えないけど。 「俺? 俺は……」 そこでふと言葉が途切れる。突然押し黙ったサクの顔を覗き込み、声をかけた。 「サク?」 「あ? あぁ、俺は……もうすぐ25」 「もうすぐ? 誕生日いつ?」 「5月5日」 「え? こどもの日?」 「そ。鯉のぼりあげて柏餅食う日」 「あはは、確かに」 ちょうどゴールデンウィークだし、覚えやすい日にちでもある。 「それじゃぁ、5月5日にはお祝いしないとね」 「え? あ、あぁ、そうだな……」 その上の空な返事に、首を捻る。 「どうかしたの?」 「あ、いや。そういやアカリは誕生日いつなんだ?」 「え? 私? 私は8月21日」 「夏休み真っ盛りな時期だな」 「そう。だからいつの間にか終わっちゃってるんだよね」 友達も忘れてるし、って、祝ってくれる友達なんかいないんだけどね。自分で思って、自分で突っ込んでおく。 毎年誕生日は、ただぼんやりと過ぎていくだけ。親が買ってきたケーキを食べるくらいだ。 「海とか行きてぇなぁ」 「泳ぐの?」 「いんや。アカリちゃんの水着姿を観賞するの」 「は!?」 ニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、サクは私を見下ろす。その視線に嫌な予感を感じ、すぐさま顔を背けた。 「な、なな何言って……」 「そう本気にとるなよ。半分くらいは冗談だから」 「半分は本気なの!?」 「おー、いいねその突っ込み」 「そうじゃなくて!」 ツッコミとかボケとか今はどうでもいいよ。このままこの話題放置したら危険な香りがするからはっきりさせとかないと。 「かき氷食いたいな、かき氷。お前シロップ何派?」 「え? わ、私はレモン……じゃなくって! 話し逸らさないでよ!」 「レモン? 邪道だろそれー。やっぱカキ氷はイチゴ練乳、これで決まりだな」 「もしもしサクさん? 人の話し聞いてます?」 目前でハタハタと手をふって見せるが、無反応。ダメだ。完璧聞いてない。もう問い詰めるのも疲れた。というわけで諦めよう。何をしても無駄な気がしてきた。 「あー、食いたかったな、イチゴ練乳」 「え? 食べればいいじゃない。好きなだけ」 食べたかったって、まるでもう二度と食べられないみたいな言い方しなくても。 「……そう、だな」 何気なく言ったつもりだった。何のことはないと。でも、サクの言葉が濁る。 困ったような表情を浮かべ、笑うその理由が解らない。 私何か、傷つけるようなこと言った? 「アカリの水着姿も見ないとだしなー」 「え!? それやっぱり本気で言ってるの!?」 だけど、いつものようにからかうような台詞がすぐに飛び出し、一瞬見せた哀しそうな瞳が気になったけど、その放ってはおけない内容を持ち出されて私の意識はそっちに傾いたのだった。 |