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――――――もうすぐ……


 声がする。俺の中に響く声。
 知らないはずなのに、嫌悪感はまるでない。すんなりと受け入れられる心地よいトーンに、俺は素直に耳を傾けていた。

――――――明日で最後

 最後……
 アカリと過ごしたこの数日、あっという間に過ぎていった一日一日が大切な思い出。
 そうか。明日で最後なのか。
 なぜか怖いと思う感覚はなかった。それよりも、今の俺は満たされていた。不思議と、心地よくいけそうだった。





「なぁ、アカリ」
「ん?」
 翌日、いつものように肩を並べて樹の下に腰を置いていたアカリを垣間見、ずっと考えていたことを尋ねてみた。
「運命って、あると思うか?」
「へ?」
 相当予想外の問いだったのだろう。呆けて見せるアカリにでこピンをお見舞いし、俺は苦笑を浮かべる。
「そんな意外そうな顔すんな」
「だ、だって……何でいきなりそんなことを?」
 額を押さえ、涙目になりながら俺を見上げるその顔が、嫌味なくらい可愛い。
「俺は信じてなかったんだ。運命とか奇跡とか、そういうの」
「うん」
「でも、今は……」
 解らなくなった。アカリと出逢えたことが、運命なのかどうか。
 俺は咄嗟に言葉をとめる。そんな俺を見て、続けるようにアカリが口を開いた。
「私は、運命ってあると思う」
「うん?」
「というより、あったらいいなって。願望かな」
 照れたように笑うアカリにつられ、俺も笑った。
「きっと、運命とか奇跡とかって、一人ひとり受け取り方が違うものだと思う。本人が運命だと信じれば、きっとそれは運命になるし、逆にそうじゃないと思えばそれは運命じゃなかったんだ、って」
「受け取り方次第ってことか?」
「うん」
「そうか……」
 決めるのは、自分の心次第なんて。そういう考え方は、思いつかなかった。
「そう、かもな。運命があるかないかなんて、どうでもいいのかもしれないな。信じるか信じないかの気持ちのほうが、余程大事なのかもしれない」
 自分が運命だと信じれば、それはもう運命なのだ。他人から見ればどんな些細なことでも。
「俺も、信じたいな」
 この出逢いが運命なのだと。きっと、運命だって。
「何を信じたいの?」
 主要な所をはしょって零したため、アカリはきょとんと首を傾げる。俺はそれに笑みだけを返した。
「そういえば最近、詰まることなく喋れるようになったな」
 代わりに、話を逸らすように俺は話題をふる。
 今まで自分の思っていることを口にするのが苦手だったのに、それができるようになったことが自分のことのように嬉しい。
「そう、かな? 何かね、サクの前だと平気なんだ。話しててすごく楽しいの。他の人とだとまだまだ全然ダメなんだけど」
「なぁんか、さらりと嬉しいこと言ってくれますね、お嬢さんは」
「え? 何で?」
「だってそりゃお前、好きな女が俺といて楽しいって言ってくれたんだ。これ以上に嬉しいことはないだろ」
 きょとんとした表情で俺を見上げるアカリの髪を梳く。
「……は?」
 ざっと一分は間が開いただろうか。やっと俺の言葉を理解したのか、見る見るうちにアカリの顔が赤くなる。その素直すぎる反応に、俺は笑った。
「好きだよ、アカリ」
 髪から頬へ手を移動させる。触れた手に伝わる熱と柔らかさに、俺は思わず彼女を抱きしめた。腕の中で、アカリが戸惑っているのが解る。
「ちょ、さ、サク?」
「ずっと好きだった。気づくまで待ってるつもりだったけど、お前鈍すぎ。一生気づきそうにないから、仕方なく教えてやるんだからな」
 抱く腕に力をこめる。放したくない。
「な、何で……今そんなこと急に……?」
「もう、時間がないから」
「え?」
 俺の台詞に、狼狽していたアカリの体がピタリと動きを止める。俺は腕の中から彼女を解放し、硬直したその姿を見て苦笑した。
「ごめんな、アカリ。こんなこと言うの、卑怯だって解ってる。でも、俺はお前が好きだ。ずっと、見ていた。どれだけアカリに救われたか知れない」
「サク?」
「でももう、さよならだ」

  *****

「さよならだ」
 そう告げたサクの言葉の意味が、よく解らない。
 いきなり好きだって言われて、でもさよならって、ワケが解らないよ。
「俺も、一緒にいられて楽しかった。お前の隣は居心地が良かったしな」
「サク? 何言って……」
「もう、いかなきゃいけない。ごめんな、アカリ」
「行くって、どこへ? ねぇ、どこにいくの!?」
 いつもみたいに、また明日ねって笑いながらする別れなんかじゃない。本当に、もう二度と会えない別れの言葉と態度に、私は叫んだ。
「何でいきなりそんなこと言うの!? 勝手に現れて、勝手に告白して、勝手にさよならなんて! 私はどうすればいいの!?」
「アカリ。落ち着けって」
「だって!」
 勝手すぎるよ。有耶無耶な私の気持ち置き去りにしたまま、どこかへ行ってしまうなんて。そんなのあんまりだ。
「最初から、決まってたことなんだ。俺は、もうすぐ消える」
「きえ、る?」
 何が? サクが?
 居なくなるのではなく、消える?
 どういうことなのか、解らないよ。
「何、言ってるの?」
「ごめん、アカリ。最期に、どうしてもお前と話をしたかったんだ。本当は、随分と前からお前の隣にずっといたんだよ」
「ずっと、隣に……?」
 今まで誰も、隣になんていなかった。それなのに、ずっと隣にいた?
「どういうこと?」
「……俺さ、ホントは、もう死んでるんだ」

 死ンデ――――?

「嘘……?」
「嘘なら良かったな。でも、残念ながら事実。数週間前、この公園の前の通りで事故にあって、そのまま」
「事故?」
 そういえば、少し前にそんな話を母がしていたのを思い出す。
 道路に飛び出した子どもを庇って、男性が重症を負ったって。
 その後その人がどうなったのかは知らないけど……まさか、その轢かれた男性というのがサクで、重傷を負って、そのまま……?
「事故に合ってから、俺は気が付いたらこの桜の樹の下にいた」
 サクは哀惜のこもる表情を浮かべ、俯いた。
「目が覚めてから記憶を手繰って、すぐに解ったよ。自分が死んだこと。今ここにいる俺は、この世に未練をもった意識なんだって。正直、受け入れられなかった。自分が死んだなんてこと。怖くて、死に切れなくて……でも、そんな時だった」
「え?」
「話し声がしたんだ。まるで、呼びかけられているみたいな声が」
「それ……」
「そう。アカリだよ」
 柔らかく笑みを浮かべるサクの顔に、思わず怯む。
「それからは、ずっと隣でアカリの話を聞いていた。残念なことに、俺の姿は生身の人間には見えないらしくて、話しかけても聞こえない。当然だな。意識だけで実態のない存在だ。見えるわけがない。だから、俺は見守ることしかできなかったけど、ずっと傍にいたよ」
 その全てを包み込んでくれるような優しさに、目尻が熱くなる。
「私、本当にずっと、見守られてたの?」
 サクに。
 自分だけが孤独だと嘆いていた私を、本当に孤独になっていたサクがずっと見守っていてくれた……?
 一番寂しくて辛かったのは、サクのはずなのに。私は、そんな彼に気づいてあげることもできずに。
 ずっと、傍にいてくれたサクに気づくこともできずに。
 現実から目を背けて……
「……ごめん、サク。ごめんね、気づいてあげられなくて」
「アカリ?」
「私、最低だ。何も知らずに、嘆いてばっかり……」
 サクの立場から見れば、私の抱えてる問題なんて些細なことだ。自分が努力すれば解決する問題だ。なのに、それから逃げておいて一人嘆くことしかできなかった私は、本当に最低だ。
 サクは、どんなに努力したって、もう元には戻れないのに。
 どんなに生きたいと願っても、もう……
「アカリ。そんな風に自分のこと悪く言うな。アカリは最低なんかじゃない。だって俺は、お前に救われたから」
「嘘……慰めて欲しいわけじゃない」
「嘘じゃない、慰めじゃない。本当のことだ。お前がいなかったら、俺は死への恐怖と絶望で壊れていたかもしれない。孤独に怯え、この世界を恨んでいたかもしれない」
 サクは苦笑を浮かべ、私の頬を両手で包んだ。必要以上に顔が近づき、心臓が撥ねる。
「でも、お前が俺の不安を取り除いてくれた。例え俺が見えなくても、隣にいてくれるだけでよかった。それだけで、独りじゃないって思えたから」
 額と額がぶつかる。サクの手が背中に回り、抱き寄せられる。
 あと数センチで唇さえも触れてしまいそうな距離。サクの息遣いがわかるほどの近さに、思わず俯く。
 そこで、今の話に矛盾があることに気づいた。
 姿が見えないと言ったけど、私には今、彼の姿が見えている。
「今は、どうして見えてるの?」
 今まで見えなかったその姿が、なぜあの日を境に見えるようになったのか。
 手を伸ばせば、貴方に触れられる。
 温かい。
 こんなにも、温かいのに。
「……少しだけ、力を貸してくれたから」
 言いながら、サクはふと桜の樹を見上げた。その仕草にハッとし、私も視線を追って顔を上げる。
 花びらは満開で、青い空に映えるその美しい桃色が宙を舞った。
「ずっと、俺の中に響く声があるんだ。誰の声なのか初めはわからなかったけど、今なら断言できるよ」
 ありえない、と思う。
 でも、まさか、とも思う。
「この樹が、俺に力を貸してくれた」
 確信した強い口調に、私も、揺れていた思いを確信へと変える。
 これはきっと、奇跡なんだと。
 科学とか、理屈とかでは説明できない奇跡が起こったのだと。
「何で死んだ俺の意識がこの場所に留まっていたのかも、今ならなんとなく解る気がする。漂っていた俺の意識を拾って、この桜の樹がお前に逢わせてくれたんだ。お前に逢うために、俺はホンの少しだけこの世界に留まる時間をもらったんだ」
 古木には不思議な力が宿るという。
 老樹であるこの桜にも、そんな力があるのかもしれなかった。一時的にサクに実体を与えるくらいには。
 だとしたら、私は感謝しなくてはいけない。もし本当にサクと私を逢わせてくれたのなら、ありがとうと、お礼を言わなければいけない。
「俺は、アカリと出逢えたこと、運命だと思ってる」
「サク……」
 その言葉に、ハッとする。
 サクは信じてくれているんだ。この出逢いを、運命だと。私の運命に対しての願望を実現させるかのように。
 途端に、堪えていた涙が溢れる。
 おかしいなぁ。なんでこんなにも嬉しいなんて思うんだろう。この気持ちは何なんだろう。
 今までに感じたことのないこの気持ちは……
「なぁ、アカリ。きっとこれから、沢山色んな出逢いがあって、それこそ運命感じるような出逢いがあるよ。だから、諦めんな。人との出会いを大事にしていってほしい。俺と話してて楽しかったんだろ? その気持ちを忘れなければ、きっと他の奴らとも上手く話ができるようになるって。少しずつ慣らしていけばいいんだ。何も恐れることなんてないだろ?」
 この身に染み渡る、サクの言葉。
 その一言一言に、じんわりと胸が温かくなる。
「うん……うん、私、頑張るから」
 苦手だからって、今までは逃げて諦めていた。そうすれば、一番楽だったから。
 何も努力しないで、自分のことをわかってくれない回りを勝手に責めて嘆いていた私は、何て愚かだったんだろう。
「うん。頑張れ、アカリ」
 言葉と共に、優しく背中を撫でてくれるサク。
 その温もりに、優しさに、当分涙が止まりそうもない。
「お前ならできるよ」
 優しい声。
 頭に置かれた大きな掌の感触が、消える。
 同時に、温もりと気配も消えた。
「っ!?」
 今まであったはずの気配が消え、咄嗟に顔を上げる。
 そこにはもう、サクの姿はなかった。
 あっけないほどあっさりと、彼は消えてしまったのだと悟る。
「サク?」
 答えはない。まるで今まで誰もいなかったかのように、シンと静まり返った空間。
 それでも、触れられた場所がじんわりと暖かい。それは、彼が幻なんかではなかったことを告げていた。
 確かにここにいたのだと。
「ありがとう……サク」
 頑張るから、私。
 だからお願い。今だけは貴方を想って泣かせて……


  *****


 ねぇ、この気持ちを何て呼ぶ?
 できることなら、貴方に伝えたかった。
 今頃になって気づくなんて、どこまで私は鈍いんだろう。
 今となっては、どうやってもこの気持ちを伝えることはできなくなってしまったけれど。
「……いい天気」
 サクが逝ってから、桜の花が散って、葉桜になって、4月が終わった。
 今は、5月の連休真っ只中だ。
 そう、丁度5月5日のこどもの日。
 誰かさん曰く、鯉のぼりを上げて柏餅を食べる日だ。確かに、大分少なくなったとはいえ、大きな鯉のぼりがいくつか揚げられ、気持ちよさそうに泳いでいる。
 今日でサクは25歳。
 私は17歳だから、彼とは8歳違いだ。
 そんなことにも、今になって気づく。
「私、サクのこと何にも知らないんだ」
 知っているのは誕生日と歳と名前だけ。あとは、何も知らない。
 私は自嘲し、考えを振り払うために身体を伸ばす。軽快に間接がきしむ音がした。
「そろそろ帰ろう」
 あまりにいい天気だった上に、あまりに暇だったので家の近所を散歩していた私は、それすらも飽きて踵を返す。来た道を戻り、着いた家の前の門に手をかけたところで、誰かに声をかけられた。
「アカリ」
 それは、あまりにも唐突なものだった。
 私を下の名前で呼ぶ人はそう多くない。
 私をアカリと呼ぶのは家族と、彼――――サクだけだ。
 今耳に届いた声は、明らかに家族のものじゃない。優しく全てを包み込むような優しい声。
 今、一番会いたい人の声音。
 途端、私の中を駆け巡った感覚に、目の前が揺れる。
 これは、幻聴?
 だってサクは……こんな所に居るはずがない。いるわけないのに。
 でも、もしかしたら、って思ってしまう。振り向いたら、彼がいるんじゃないかって。
「アカリ」
 もう一度私の名前を呼ぶ、優しい声。
 耳元でささやく、優しい声。
 彼がいる。
 私の後ろに彼がいる。
 でももし、振り向いて彼がいなかったら?
 全部、私が作り出した幻だったら? そう思うと、怖くて振り向けない。身体が震えるのが解った。
「アカリ? こっちを向いてくれないか?」
 言葉と共に肩に置かれた温もりに、私はハッと顔を上げる。
 幻じゃ、ない? 幻聴なんかじゃない?
 この温もりは――――――私はゆっくりと振り返る。
「ッ……さ、く?」
「何て顔してんだよ、お前」
 振り向いた先には、紛れもなくサクの姿が。何一つ違わぬ姿で、私を見下ろしている。
 本当にこれは、幻なんかじゃない?
 夢なんかじゃない?
「ど、して?」
 どうして彼が今目の前にいるんだろう。
「奇跡、ってやつかな」
「奇跡?」
「あれだけ大げさな別れ方したのにな。実は生きてたって言ったら、呆れるか?」
 告げられた内容が、咄嗟に理解できない。
 え? 生きてた? どういうこと?
「あー……何ていうか、事故に合った俺は、自分が死んだものだと思い込んでいたわけだけど、実は俺の身体は病院で治療を受け、眠り続けていた状態だったんだ。多分、事故のショックで身体から意識が離脱したんだと思う。俗に言う幽体離脱ってやつだ。で、死んだと勘違いしてた俺は、当然あの日、自分が消えると思っていたんだけど、これが実は意識が身体に戻り始めていただけだったっていう……呆れるしかないオチ」
 幽体離脱?
 死んだと思っていたのが実は勘違いで?
 本当は生きていて?
「じゃ、じゃあ……」
「ホントはもっと早く会いに来たかったんだけどな。ここ探すのにも手間取って、おまけに怪我も完治してなかったし、今もまぁ、黙って抜け出してきたんだけど、もう殆ど回復してるからさ。ま、とりあえず俺様大復活って感じ?」
 満面の笑みを浮かべて両腕を広げるサクに向かって、私は思い切り飛びついた。
 生きていた。
 サクは生きていた。それだけで十分だ。
「サク……サクっ!」
「辛い思いさせて、ごめんな」
 抱きとめてくれたサクの腕が温かい。サクの体温。
 その優しい掌も、全部、幻なんかじゃない。
 帰ってきた、本当に。
「お帰りなさい、サク。大好き!」
 告げると、サクは一瞬驚いたような顔をしてから柔らかい笑みを浮かべた。


「ただいま」





FIN





この話は『箱庭とサイコロ』の管理人、浅井ユァさんの誕生日プレゼントに捧げたものです。
以前私の誕生日にお話を頂いたお礼もかねて、心をこめて贈らせていただきましたv



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