10.おわり
日差しも程よく差し込む駅の改札口で、俺はぼんやりと彼女を待っていた。 しかし、しまったな。浮かれすぎて待ち合わせより一時間も早く来てしまった。 仕方ない。近くのコンビニで立ち読みでもしながら時間を潰すか。俺は頭をかきながら壁に預けていた背を離す。と、丁度その時だった。 「君島くんっ」 後方で呼ばれ振り返ると、そこには随分と遠くから走りよってくる彼女の姿があった。 「篠沢……?」 一時間前なのに、随分と早くないか? つーか、ちゃんと足元見てないと…… 「ぅ、わっ!」 「篠沢!」 ほらこけた。 公衆の面前で堂々とそりゃ盛大に前のめりにこけちゃって。俺は内心苦笑いしながら駆け寄る。 「大丈夫か? 篠沢」 「えへへ、こけちゃった」 えへへじゃない。そんなお前も可愛いけど、ってそうじゃなくて。 「鼻の頭擦りむいてるぞ。ったく、気をつけないとダメだろ」 「ご、ごめんなさい」 シュンと萎れる篠沢の頭を軽く撫で、俺は手を差し伸べる。 「ほら、とりあえず立てるか?」 「あ……うん」 一瞬ハッとした彼女は、すぐに破願してみせた。俺もつられて笑みを作り、掴んできたその手を引っ張って立たせてやる。 「ありがとぉ」 「どういたしまして。と、じゃ、君。ちょっとこっちきなさい」 「へ?」 立たせるなり腕を掴んで引っ張る。急に腕を引かれた篠沢は思わずバランスを崩して躓きそうになったが、まぁそこは俺が見事支えみせた。 「ど、どこ行くの!?」 目的地も告げずに歩き出した俺を困ったように見上げ、叫ぶように問う。 どこってそりゃお前……肝心なことがまだ残ってるだろう。 「着いたぞ」 「ふぇ? 公園……?」 「そ。見ての通り公園」 「なん、で?」 何でって、聞くかそれを。 「ほら、いいからそこ座って」 俺は公園の隅に設置されたベンチを指差し、篠沢の背を押して強引にそこに座らせる。 「わ、わ、君島くんっ」 「ほら、顔こっち向けてみ」 「ふへ!?」 ぐいっと篠沢の顎に手をかけ自分の方に向けさせる。思いのほか近づいた距離に、一瞬理性が飛びそうになった。 が、そこはまぁ何とか乗り切って、正気に戻る。 「血は出てないけど、一応水で洗い流した方がいいだろうな」 ばい菌でも入ったらそれこそ大変だからな。俺は一人零し、公園内に設置された水道の水でハンカチを濡らした。 「ほれ、これで拭いとけ」 「……」 「どうした?」 ポカンと俺を見上げ、反応のない篠沢を訝しみながら、彼女の目の前でひらひらと手を振ってみせる。 「おーい、篠沢?」 「え? あっ、ありがとう」 「どうかしたか?」 「ん? あ、えっと……公園に連れてきてくれたのは私の傷の手当をするためだったんだなぁと思って」 「あぁ」 その反応は自分が怪我してることすら忘れてたって感じだな。そんなに意外だったのか、傷の手当が。 「つっても、応急処置。家に帰ったらちゃんと消毒しとけよ」 「うん、頑張る」 何を? とはあえて聞かなかった。意味不明なことを言うのはいつものことだ。 もう慣れちゃったよ、俺。ハハ…… 「さぁてと。じゃ、これからどこに行きますかな?」 「どこでもいいの?」 「ああ」 何たって初デートだからな。 行きたいところへ連れてってやりたいと思うのは当然だろう。 「じゃぁね、動物園!」 「動物園? いいけど、また何で?」 「え? だって、君島くんと白馬に乗るんだもん!」 …………――――――― 「……え?」 ごめん俺今幻聴が聞こえたような…… 「だからぁ、白馬に乗るの!」 「どこで?」 「動物園でだよ?」 動物園で? え? 何これ幻聴じゃないの? つーかさ。 動物園はあくまで動物を観賞するところなわけで、乗馬体験とかあってもああいうのは大抵何歳以下のお子様とかそういうのだろ? っていうかそもそも目的と目的地が一致しないっていうか…… 「動物園に白馬はいません」 俺、早くも彼女が行きたいところへ連れてってやれる自信がなくなって来たよ? ねぇ? 白馬ってどこいったら乗れるの? 「いないの!?」 「いないいない。いるかもしんないけど恐らくきっと多分いない」 「だって昔はいたんだよ!? 馬がいっぱいいて、広い草原で走り回ってたのに」 「そりゃお前、牧場とかじゃねぇの?」 「え? 牧場だったのかな?」 「どっちでもいいけど、とりあえず動物園では馬には乗れないからな? オーケー?」 「うん、オーケー」 残念、と項垂れる篠沢。俺はその姿を見ながら、思わず苦笑が零れる。 「全く、全然変わんないな、篠沢は」 片思いだった頃も、両思いになった今も。少しは会話に恋人同士特有の甘さが出るかもと思ったけど、期待した俺が愚かだったっていうか、まぁ、いいけどね。 篠沢らしくて。 「ま、信じられないなら確かめにいってみればいいだけのことだし。参りましょうか、お姫様?」 さっと立ち上がり、篠沢に向けて掌を差し伸べる。俺の行動にきょとんと一瞬呆け、それから満面の笑みを浮かべた。 畜生、やっぱ可愛いな。 「はいっ」 彼女は俺の手をとり、嬉しそうに立ち上がった。 こうして、俺達のクラスメイト兼友人という関係は終わったのだった。 「でももし白馬がいたら、一緒に乗ろうねっ」 ……全然解ってないじゃん。 |