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 静かだった。
 ディオールの訪問から数日して、それは彼女の耳にも入ったらしい。
「凪、アルバード家の者がみえたのですって?」
 予想していたことだった。
 彼は、眉一つ動かさず、用意された模範解答を紡いだ。
「はい、母様。アルバード家の者と言っても、末端の名ばかりの商人です」
「四大貴族の中でも、群を抜いて秀でた一族です。そのような方と、どうやって知り合ったのです? 母には覚えがないのですけれど……凪、私に隠し事など、してはいませんよね?」
「私も突然の訪問に驚いたくらいです」
「凪?」
 やはり素直に納得してくれる母ではなかった。凪は大げさに肩を落として見せ、それから仕方ないといった様子で麟を見据える。
「……もうすぐ母様の誕生日。密かに用意しようと思ったのですが……耳に入ってしまったのなら、仕方がありませんね」
 視線だけを送って、待機させていた使用人を呼ぶ。
 その手に抱えられた、綺麗に包装された包みを、麟へと手渡す。
「これは?」
「私からの誕生日プレゼントです。なんでも、そのアルバード家の者は、人形を作り、売りながら四大陸を旅しているのだとか。見たところ、とても素晴らしいものばかりでした。母様は、美しいものがお好きでしたから、喜んでいただけると」
 歳を感じさせない、美しいままの母。
 さすがに恩人の母でも、ディオールが告げた事実を、自分が異質な者であることを、凪は告げる気にはならなかった。
 麟は受け取った包みをほどき、現れたアンティークドールに目を輝かせた。
「まぁ、なんと精巧な……とても美しいわ、凪。そうとは知らず、私ったら、責めるようなことを言って……ありがとう」
 顔を綻ばせながら、麟は凪を抱きしめた。
 されるがまま、凪も麟を抱きしめ返した。あんなにも、大きな存在であった麟が、今はとても小さい。自身が成長したことと、歳を重ねるごとに、やせ細っていく母。
 今では、少し力を入れただけで、簡単に骨をへし折ることができそうなまでに、細い。
「喜んでいただけて、私も嬉しいです」
 嬉しそうにほほ笑む母を見て、凪も自然と笑みがこぼれた。しかし、すぐに後ろめたい気分に陥る。
 母の誕生日は、もう少し先だ。付け焼刃だったが、上手くごまかせたものの、食い下がられたら危なかった。
 プレゼントにすることを提案したのは、ディオールだ。自分の立場を彼はよく理解していた。
 名のある者が訪れれば、それを内密にすることはまず不可能。
 ましてや訪れたのが当主ではなく、息子の方だとすれば、なおさら。そうすれば、使用人達の口から、当主の耳に入る。
 父の耳に入れば、母の耳にも入るに決まっている。この場合、厄介なのは母の方だ。
 母は、自分以外の女性を、凪に近づけることを徹底して阻止していた。メイドを遠ざけ、凪に仕えるものは全て男。
 麟に仕えるものも、一人として女性はいない。この屋敷にメイド自体が少なく、彼女達が行き来できる場所は限られていた。主に当主である凪の父に仕えている者が数人。
 それくらいに、麟は女性を敵視していた。自分以外の女性を憎んでいるといっても過言ではない。だからこそ、凪のことに関しては、かなり神経質だ。
 はっきり言ってしまえば、自分以外の人間と一切かかわる必要はないということである。
 歳を重ねるごとに、そういうことが少しずつ分かってきた。
「安心したら、少し疲れました。今日はもうお下がりなさい、凪」
 頬にキスを落とし、麟は機嫌よくベッドに横になった。それを見守り、凪は母の部屋を出る。
 そこで、深く息を吐いた。
 一気に緊張の糸が緩む。
 成長するにつれ、麟が『普通』ではないということがわかってきた。彼女はとにかく、ヒステリックだった。嘘や隠し事はもちろん、凪が自分以外の女性に近づくだけで、癇癪を起こす。
 それが異常だと感じ始めたのは、更と出会ってからだ。
 それからというもの、凪は母と会うことが少し億劫になっていた。軽い恐怖もある。
 以前、仕事で粗相をしたメイドを庇っただけで、麟はそのメイドを屋敷から叩き出したことがあるのだ。その時の彼女の顔は、ひどく冷たいものだった。
 あれ以来、凪も極力メイドには近づかないよう心掛けている。
 もし、更と会っていることがばれたりしたらと思うと……凪は身震いする。
 解ってはいても、凪は更と会うことだけはやめる気になれなかった。今だって、月に一度しか会えないのを我慢しているのだ。会えなくなるなど考えたくもない。
 もうすぐ月に一度の会合の日だ。
 凪はふっと笑みを零す。自室に向かいながら、ディオールの話を、更に相談してみようと考えていた。



 最愛の息子が部屋を出てから程なくして。
 麟は身を起こした。ベッドのサイドテーブルに置かれた鈴を、チリンと鳴らす。時を置かずして、一人の使用人が部屋をノックする音が響いた。
「お呼びでしょうか?」
「入りなさい」
 扉の向こうから姿を見せた使用人に、表情はない。
 淡々と、事務的に麟のそばへ近寄る。彼女が手を差し出すと、使用人はその場に膝を折り、その手の甲に軽くキスを落とす。それに満足したように、麟はふっと冷たい笑みを浮かべた。
「しばらくの間、凪を見張りなさい」
「奥様、それは……」
「厭な予感がします。凪の行動に不審な点がないか、見張りなさい」
 引き下がったように見せただけ。納得したふりをしただけ。
 麟は、凪を疑っていた。
 こういう時の女の勘は、侮れない。麟は瞳に影を落とす。
「凪が私を騙しているなどと思ってはいません。ですが……よくない感じがするわ。あの子は誰かに利用されているのよ」
 突然のアルバード家の来訪。四大名家の、しかも一番栄えた一族の人間が、直々に凪に会いに来たことがどれほど不自然か、当事者たちは理解していない。
 人形を作り、売っているから?
 一介の町商人ならあり得る話だが、仮にも貴族。そんな者が、商人まがいのことをしているなど、誰が信じる。
 南の大陸エレウス。そこは確かに治安がいい。貴族が出歩いても、何らおかしくはないだろう。だが、ここは和だ。
 今のこの大陸の治安は、はっきり言ってよくはない。それはエレウス以外の大陸も然り。
 貴族が一人で出歩こうものなら、いいカモにされるだけ。
 そんな世間知らずな貴族など、この時代にいるはずがない。そんな危険を冒してまで会いに来たとすれば、相応の理由があるに決まっている。
 たかだか人形一体を売るために、のこのこと来れるような場所ではないのだ。
「逐一報告しなさい。それと……」
 ひそりと、麟は使用人の耳元で囁く。わずかに柳眉を寄せた彼は、けれどすぐさま表情を消した。
「……かしこまりました」
 返答に満足し、用事が済んだならさっさと下がれと言わんばかりに、麟は手を振った。使用人は早足に部屋を出ていく。それを確認してから、麟はぎゅっとした唇をかんだ。
「あなたまで、私を裏切ったりしないわよね……凪」
 その瞳に浮かぶのは、静かに燃え盛る狂気だった。



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