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 この世界は四つの大陸から成り立っている。
 それぞれを東西南北にわけ、東の大陸を和、西の大陸をウォン、南の大陸をエレウス、北の大陸をノーブル・スノゥと呼んでいる。
 随分と過去を遡れば、他にもたくさんの大陸が存在していたらしいが、この四つの大陸以外は呑まれるようにして海に沈んだ、と伝承にはある。それが事実であるのかは、誰も知る術を持たなかった。
 ここは、その四つの中でも一番荒廃が進んでいる、東の大陸、和だ。年々死者の数は増え、雨が滅多に降らないため、土地は大部分が枯れて干上がり、荒廃し、砂漠と化している。
 しかし、その滅多に降らない雨が、今この大地を潤していた。どれくらいぶりの雨だっただろう。
 忘れてしまうほどの月日に、人々は興味を示さなかった。
 だいぶ勢いのおさまってきた雨の中、淡く光る球体を手に、青年が立ちつくしている。簡素な建物と建物の間。裏路地ともいえる場所で、ただ目の前にあるそれを見つめていた。
 うろたえるでもなく、取り乱すでもなく。ただ、冷静に。
 赤く染まった、少女の身体。いや、かつて人間だった少女の、だ。
 すでに死体であるその身体を中心に広がった、真紅。雨と混ざり合い、随分色の薄らいだそれは、けれど、決して濁ることはなかった。
 青年は言葉もなく立ちつくす。死体を隠すわけでもなく、また、弔うわけでもなく。
 青白く映し出された少女の身体の輪郭を、彼は目線だけで辿った。殆ど骨と皮だけの、手足。
 痩せたを通り越してやつれきった頬。粗末な衣服。
 少女のなりは、今この大陸で生活している人々と同じ。誰もが餓え、苦しみ悶えながら、そして死んでいく。ついに疫病までもが広がりつつあるこの大陸は、死の匂いを纏っていた。
 ふと、少女の哀願が脳裏をかすめる。
『助けて』と必死に生に縋りつく少女。
 そのあまりの執着さに、彼は不快さえ感じた。
 この状況下で、なぜそこまでして生きようとするのか、と。今助かったところで、生きながらえる保証なんて、どこにもありはしないのに。

「愚かだ……」

 ポツリと零れた言葉は、少女に向けたものか、それとも、そんな少女を助けた自分に対してだったのかは、解らない。
 雨に濡れながら、彼はふと淡い光を帯びた球体に視線を移す。その瞳は、漆黒に塗れていた。
 人の魂ともいえるそれを、青年はやすやすと手にとることができる。
 それは、彼が異端であるが故。異質であるが故に。
 手の中に浮かぶそれは淡く、そしてどこか儚いものであるかのようだった。彼以外の者が触れれば、たちまち消えてしまいそうなほど、弱く、けれど美しい光を纏っている。
 死体は、動かない。
 青年はそれを一瞥すると踵をかえし、その場を去った。
 雨がやむ。
 次第に雲が晴れ、月光がのぞく。
 きらりと雨の滴が光る。風が舞った。
 死んだものは、甦らない。
 それが、この世の理。
 彼の手の中にある球体の光が、一瞬、鈍ったような気がした。





 この部屋を照らす光は、淡く灯った蝋燭の炎だけ。
 部屋の中央に横たわるそれは、細巧に作られた、不完全な人形。
 一瞬、人間と違えてしまいそうなほど鮮明に創られたそれは、ぞっとするほど美しかった。
 カツンと、靴底が鳴る音が響く。
 青年が緩慢な動作で人形の傍に近寄る。彼は視線を落とし、人形の髪を梳いた。金糸のように細く柔らかい髪。
 薄っすらと青白く映し出された輪郭をなぞる。
 人形は、動かない。
 彼は、手の中で淡い光を放つ球体を、そっと人形の上に置いた。するとそれは、吸い込まれるようにして人形の中に浸透していく。そして彼は、短く何かを囁いた。
 その瞬間。
 ピクリと、人形の身体が跳ねた。
 ゆっくりと、瞼を開ける。
 見開かれたその瞳の奥に映し出されたのは、燃えるような生命の灯火。
 それは上体を起こし、定まらぬ焦点のまま、青年を捉えた。
 何かを求めるような視線に、青年は頷くと、目覚めた人形の額に軽くキスを落とす。
 人形は、再び瞳を閉じた。事切れたように。
 ゆっくりと傾きはじめた身体を、青年が受け止める。そのまま抱きかかえ、部屋を出た。



 人形は、命を宿し
 人形は、完成した



 青年は、腕の中で眠る人形に視線を落とす。
 彼が異端と呼ばれる、これが所以。
 彼は、人の生をも狂わすことのできる、異質な人形師であった……――――



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