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V





 やけに身体が軽い。
 不自然なほどに。
 違和感を感じて、少女は目を覚ました。
 夢を見ていた気がする。暗い部屋の中、一人の青年とあれは……一体の人形。
 少女はその光景を思い出して、ぞくりと身震いする。肌寒さを感じた。
 少女は覚醒しきらない意識の中、起き上がって辺りに視線をめぐらせる。
 びっしりと壁に添って配置された棚には、隙間無しにアンティークドールが並べられている。ぬいぐるみや幼い子どもが持っているような可愛らしいお人形などではない。
 鮮明で、細巧に創られたそれらは、まるで本物の人間のようだった。今にも動き出すのではないかと思うくらいに。夢の中で見た、あの人形のような……少女は咄嗟に頭を振る。
「どこ……ここ」
 零れた声は、擦れていた。
 つんと鼻をつく独特の匂いに、少女は顔をしかめる。
 必死に記憶を手繰り寄せようと、こめかみを揉んだ。
 しばらく回想を繰り返し、少女はある記憶に辿り付く。それから、血の気が引いた。
 そうだ。確か自分は、母親に殺されかけたのではなかったか。逃げても逃げても、狂喜しながら母親はどこまでも少女を追いかけた。追いかけて、追い詰めた。
 命をかけた鬼ごっこ。少女は鬼に捕まり……刺された。
 そこで意識を失い、自分は死んだものだと思っていたが、幸か不幸か、生き延びた。けれど、激痛に耐えながら、結局はその命も長くはない状態だった。そう、そのままの状況ならば。
 少女は鮮明に甦った記憶に、眉をひそめる。
 彼女の前に現われた、一人の青年。
 彼は自分を助けてやろうと甘い言葉を囁いた。
 現実か夢か解らない狭間で、少女はとにかく叫んだ。助けて、と。そして目が覚めれば、この状態。少女は、あれが夢ではなく現実だったのだと実感した。
 ホッと胸をなでおろしたのとほぼ同時に、部屋の扉が開いた。自然とそちらに視線が向く。
 扉の向こうには、見覚えのある青年。少女を助けた、あの青年だ。
 漆黒の瞳。それと同じ色の艶やかな髪がさらりと揺れる。切れ長の、射るような目。形のよい唇に、陽射しを知らないかのように白い肌。男とは思えぬような端整な顔が、そこにあった。
 彼は少女の意識があることを認めると、無言で近づいてくる。表情はない。
 ただじっと、少女を見つめたまま。
 少女は突然の青年の出現に、あっけにとられるばかりで反応を返すことすら忘れていた。ポカンと呆けたまま、青年を見つめ返す。
 青年はその視線を気にする様子もなく、少女の横まで歩み寄ると、徐に彼女の顎を掴んで引き寄せた。
 瞳の奥を覗きこむようにして、顔を近づける。少女はドキリと心臓が跳ねるのがわかった。
 こんなに他人と近づいたことはもちろん、今まで異性と話す機会などなかったのだから、仕方ない。
「……問題ない」
 そんな少女とは裏腹に、青年は至って冷静に、むしろあまり興味もなさそうに呟きながら手を放す。少女は首を傾げた。
「服を着ろ」
 彼の手から解放されて、緊張をほぐすように胸をなでおろした少女に、青年は手元にあった衣服を投げてよこした。それを受け取り、目をぱちくりさせる。
 服を着ろ。
 彼は、そう言ったか?
 少女はしばし思考をめぐらせ、何かに思いあたったかのように自分のなりを確認した。
「えっ、や……っ」
 慌ててシーツを身体に巻きつける。案の定、少女の姿は全裸だった。どうりで肌寒いはずだと、顔を朱色に染めながら納得する。
 青年はそんな少女の行動に眉をひそめながらも、一瞥だけをくれて部屋からでていこうとする。だが、扉を閉める際に、何かを思い出したように動きを止めた。振り返る。
「着替えたら、声を掛けろ。外にいる」
 短く告げて、青年は今度こそ部屋を後にした。
 それを確認して、少女はベッドの上に突っ伏す。自分の裸を、異性に見られた。それだけでも恥ずかしいのに、少女は間抜けにもその事実に気づいてすらいなかったのだ。
 低く唸り声を上げながら、少女は着替えるためにベッドから下りると、渡された衣服をつまんだ。
 シンプルなデザインの、ワンピースドレス。丈はロングだ。それと、薄めのショール。
 少女はそれを手に、顔をしかめた。今年18になる彼女は、歳相応にはとても見えない。まだ幼さがだいぶ残っている。そのせいか、体型のせいか、ロングスカートとはいまいち相性が悪い。
 少女は一つ息をついて、覚悟を決めたかのように着替えを始める。他に服はない。裸よりはマシだ。
 ショールを羽織り、長いスカートを興味深げにつまむ。今まで袖を通したこのない、絹を使った高価な素材。まるで自分の丈に合わせたようなピッタリとした長さに、サイズ。少女は少し違和感を覚えて、辺りを見渡した。
 壁に掛けられた鏡を見つける。
 それを覗き込んで、絶句する。
 鏡に手をつけて、まじまじと何度もそこに映る顔を見つめた。目を瞑り、もう一度目を開く。それでも、目の前にいるその人物の顔は変わらない。
 鏡なのだから、映っているのは自分の顔のはず。
 けれど、少女が今見ているものは、全く見知らぬ女の顔だった。自分のものではない。
「私じゃ、ない……?」
 声のトーンは同じ。記憶も自分のものだ。名前だって解る。
「私は、冴(サエ)でしょ?」
 自分に言い聞かせるようにでた声は、微かに震えていた。鏡を叩く。
 違う。
 自分の顔やなりだけが、自分のものじゃない。一体どうしたというのだ……
 少女、冴は混乱した。
 激しく動揺し、その場にへたり込む。
 鏡に映る女の顔は、自分とは全く異なる、美しい顔をしていた。
 大きな瞳に、透き通るような白の肌。ふっくらと柔らかい唇に、真っ直ぐ伸びた金糸のような髪。
 それに、この顔には見覚えがある気がする。どこで……と考えてから、あの夢の中の人形が浮かんだ。 そうだ、あの人形と同じ、顔。その答えに行きついた時、冴は顔を強張らせた。
 では、あれは夢ではなかったと? 益々解らない。
 冴はふと視線がいった髪を数本つまむ。
 そういえば、自分はこんなに髪が長くなかった。肌の白さもだ。なぜ、気づかなかったのだろう。唇を噛む。
「私の身体、どうなっちゃったんだろう」
 顔が不安に歪む。
 解らないことだらけで、冴はとりあえず思い悩むのをやめた。これ以上混乱すれば、解るものまでわからなくなってしまう。
 ちょうど、さっきの青年がいっていた台詞を思い出し、気持ちを切り替えるように頭をふった。立ち上がる。
 全てを知るために、冴は部屋の扉を開けた。



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