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 羽根が、舞う。
 一羽の小鳥が、地面に堕ちた。
 羽根を折られ、不自然にひしゃげた首。
 しなやかなラインは、血に染まる。
 それが、冴が初めて見る『死』というものだった。
 彼女は動かなくなったそれをすくい上げる。
 驚くほど美しい真紅は、冴の衣服にシミを作った。じわりと、広がる朱。
 小鳥は、あっけないほど簡単に、死んだ。その生を散らせ、ただの物体と化す。
「冴?」
 声が降ってくる。
 甘い、粘着力のある高い声。
 それは冴の身体を這い、執着なほどに絡みつく。
「あぁ、小鳥が死んでしまったのね? 可哀そうに」
 声は冴の掌の中にあるそれを見て、言葉とは裏腹に、薄っすらと笑みを浮かべた。
「でも冴? これで、小鳥はもう二度と冴の傍から逃げたりしないわ。良かったわね?」
 甘い、甘い声。気持ちの悪いほどとろんとして、ゆっくりと紡がれる言葉は、冴の身体を絡め取る。硬直したように、動けない。
 何が良いの……言葉が出そうになって、冴はそれをグッと堪えた。代わりに、頷く。
「ああ、冴。私の言うことがちゃんと解るのね? 何て可愛い子。何ていい子なの? 冴、私の可愛い冴」
 気持ちが悪い。
 けれど、母親の言葉に従わなければ、今度は自分がこの小鳥のようになる番なのだ。冴には、それが解っていた。
 母親は、狂っている。
 捻じ曲がった愛情。
 執着な愛は、いつからか母親を異常に狂わせるようになった。どこで捻じ曲がったのか、どこでずれたのか、冴はその切欠を知らない。
「冴、見て御覧なさいな。この綺麗な真紅。あぁ、なんて美しいの」
 母親は、冴から小鳥をひったくると、流れる血にうっとりと魅入る。
 冴はゾクリと背筋を凍らせた。
 美しい?
 血が? それとも、死が?
 醜くひしゃげた小鳥の首。羽根は折られ、捻じ曲がっている。
 これが、美しいというの?
「永遠に、永遠に私だけのも。私を裏切らない……それが死よ。冴、あなたも、私だけのもの」
 狂喜する母親。
 冴を抱きしめる彼女の身体は、ごつごつとして痛い。骨と皮だけの身体。それは冴も同じだったが、母親はもっと酷かった。
 まともな食料はない。親が子ども売るか、殺して食べるかだ。そうやってどうにか生きながらえているような、そんな場所だ。その考えがないだけでも、彼女の母親はまだマシなのかもしれない。
 ただ、冴にとっては、どちらも似たようなものだった。
 ゆっくりと近づく死に恐怖する毎日を送るか、突然に襲ってくる死を味わうか。それだけの違いだ、結局は。
 母親は狂っている。
 いつか自分も、小鳥と同じ運命を辿るだろう。
 この女は、娘が大事にしていた小鳥を殺し、そして、娘をも手にかける。いずれ。
「愛してるわ、冴。あなただけが宝よ」
 それは本当に愛?
 冴は無表情に母親を見つめた。彼女は微笑んでいる。どす黒く、まるでミイラのような顔。
 彼女の愛と、少女の愛は、決してかみ合うことはない。すれ違い、歪んで、消えていく。
「冴。ずっと私の傍にいるわよね? 裏切ったり、しないわよね? あの人のように……あなたはいい子だもの」
 裏切りのない、愛。
 独占欲からくる、執着心。
 縛り、括り付け、動けなくして、愛を囁く。愛河に溺れた醜い女。
 愛護 愛重 愛惜 愛執 愛染 愛念……
 そしてたどり着いたのが、愛憎?
 異様なまでの執着。
 壊れたレコードのように、同じ言葉ばかりを繰り返す。
 それはまるで、呪詛のよう。
 呪われた、愛。
 いつか向けられる刃。
 愛してると囁きながら、なぜ矛盾した行動をとるのか。
 女の感覚はとうに麻痺し、死という現実を受け止められなくなっていた。
 ただ、動かないだけ。
 けれど、冴にはその感覚がまだ生きている。
 間近に見た、死の恐怖。
 母親が愛に執着するように、少女は、生に執着する。
 思いは渇望となり、自我を強くさせる。
 それでも、冴は母親を切り捨てられなかった。矛盾していても、愛していたから。



 あの血に塗れたナイフを、突きつけられるまでは……―――――





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