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 自室に戻るなり、凪は思い切りテーブルを叩きつけた。鈍い音が辺りに響いて、かすかな余韻を残して消える。
 酷い形相で虚空を睨みつけ、彼は力任せにテーブルを薙ぎ払った。ばさばさと乾いた音を立てて、卓上にあった紙が舞いながら床に落ちる。
 苛立ちを隠そうともせず、凪は倒れたテーブルに視線を移すと、柳眉を寄せながらかき乱された内面を覆い隠そうと試みた。けれど、なぜか上手くいかない。
 それが益々凪を苛立たせ、動揺させる。
「くそっ……」
 あの、消え入りそうなまでの儚い存在。


『お礼を言いたくて……』


 躊躇いがちに紡がれた言葉が甦る。
 不安げな瞳を向けて凪を見上げる少女の顔は、別の、けれど同じ少女の顔を浮かび上がらせた。
 途端、身体に走った痺れに凪は顔を顰める。びりびりと肌を刺すような痛み。それは思いのほか長く持続し、凪に不快感を与えた。


――――――どうして助けてくれなかったの……?


 まるでそう言われ、責められているようだった。
 凪は咄嗟に口元を押さえる。喉を這い上がってくるような吐き気。咄嗟に膝をおり、前屈みになると片手を床につけて身体のバランスを取った。立っていられないほど、景色が揺れる。平衡器官が正常に機能していなかった。
 じっとりと厭な汗が頬を伝い、苦しそうに喘ぐ。
 凪はそのまま壁まで這いずって行くと、そこに背中をあずけてゆっくりと息を吐き出した。身体に力が入らない。
 厭なものを振り払うように頭を振り、凪はそのまま全てを投げ出すように目を閉じた。







「気にすることないよ、冴ちゃん」
 肩を落として戻ってきた冴に、慰めるような言葉を与えたディオールは、あくまで優しく自然に彼女をイスに座らせた。ロコがすかさず新しいお茶を用意する。目の前に湯気を上げた温かい紅茶が差し出され、冴は弱々しくもそのカップを受け取った。
「凪は誰にでもああなんだ。随分長いつき合いになるけど、未だ僕にもそっけない態度だよ」
「彼に愛想なんてものはないのだわ。だからワタクシはここのドーマが一番嫌いなのよ」
 ぶつぶつと愚痴を零しながら、ロコは紅茶を一口すする。ディオールはそれに苦笑を浮かべつつ、冴の前に膝を折った。
 目線の高さが近くなり、また顔の距離も近くなり、冴は瞬間硬直した。呑まれるような蒼の瞳。優しい眼差しが迫り、煩いほど心臓が激しく脈を打つ。
「大丈夫。凪はあんな態度だけど、悪い人間じゃない。ただ少し不器用なだけなんだ」
 ディオールのフォローに、冴は素直に頷いた。けれど、心中ではそれを受け入れていない。凪のあれは、不器用という言葉では片付けられないほど冷徹なものだった。自分を見下ろす瞳に感情はなく、言葉にもそれは含まれていない。
 ただ、疎むような、酷くいえば憎まれているような気さえした。
 邪魔に思われていると感じ取って、冴は彼の矛盾に頭を悩ませる。あんな素っ気無い態度をとって、しかも自分のことを憎んでいるようにも思えるのに、なぜ助けたりしたのだろうか。
 凪の言動はまるで咬み合っていないのだ。
「冴ちゃん。今はあまり考えすぎない方がいい。君はどうも考え込んでしまう癖があるようだね」
 苦笑を浮かべたまま、ディオールはやれやれといった感じで肩を竦めた。どんな時でも優しさが滲み出ている彼の存在は、冴にとって、唯一の拠り所になりつつある。
 彼やロコがいるから、まだ冴は正気を保っていることができた。
「そんなに思いつめていても身体に毒なだけよ? ねぇ、少し気分転換に探検しましょう!」
 ロコが目を輝かせて身を乗り出した。冴は彼女の突飛な言動が理解できず、きょとんとしたまま反応ができない。
「それは名案だね、ロコ。この屋敷の中を色々と回って見るといいよ。ここはもう、冴ちゃんの家でもあるんだから」
 自分の家。その単語に、冴はじんわりと胸に広がる温かさを感じた。
 新しい、居場所。
 少なくとも死に怯えずに暮らせる空間を与えられたことに、冴は僅かな欣幸を抱く。
「ね? いいでしょう? ぼんやりしててもつまらないもの」
 一箇所にとどまるのが苦手なのか、好奇心が旺盛なのか、ロコは今にも駆け出しそうな勢いで冴に迫る。半ば勢いに押されて頷くと、ロコは喜色満面な表情を作った。
 ぐいぐいと冴の腕を引っ張って、重たい扉を片手でいとも簡単に開けると、そのまま引きずるようにして部屋から出ていく。傍から見れば、仲のいい姉妹のようだ。
「うーん。実年齢からいけば随分と奇妙な姉妹ということになるけれどね」
 二人を見送りながら零したディオールの台詞など、当の本人達には届くはずもなかった。



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