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V





 薄暗い廊下に響く音が余韻を残し、少年の耳まで届いた。
 一定のリズムで鳴るそれは、確実に距離を縮めている。次第に大きく、はっきり聞こえるのがその証拠。
 少年はその音を聞きながら、閉じていた瞳をゆっくりと開く。その途端、鳴っていた音が少年のいる部屋の前でふと止まった。
 扉が開く。後から続いたのは、先ほどから鳴り響いていた足音と、青年の低い声。
「起こしてしまったか?」
 青年に表情はないが、口調は申し訳なさそうだった。ソファに横になっている少年の前で膝をおり、顔を覗きこむ。十三、四歳くらいの少年は、肩の近くまで伸びている金の髪を鬱陶しそうに払いのけた。新緑のような翠の瞳が青年を捉える。肌は少し褐色気味だ。
「起きていたよ」
 軽く頭をふりながら、少年は近づいた青年に手を伸ばす。頬を撫で、僅かに微笑むと、青年はようやく表情を緩めた。
「何か軽く食事でもとるか? 最近あまり食べていないだろう」
「欲しくない。それより、何か用があったんじゃないの?」
 少年は面倒くさそうに返しながら、青年から視線を外した。
 彼はその指摘に肯定の意味も込めて、瞬時に表情を消す。青年の態度から、少年はその用というのが深刻なものであるのだと悟った。
「先ほど使いが」
「……誰から?」
「南のドーマ」
「ディオールが、僕に何を?」
「……東のドーマが、ドールを完成させた、と」
 先ほど得たばかりの情報を、青年は抑揚なく口にする。その途端、少年の表情が固くなった。辺りの空気が一気に凍る。
「なるほどね……」
 緊張がかった声。何かを納得しながら、少年は再び青年を見つめた。
「一応ドーマ全員に報知しているのか。律儀な男だね」
「……行くのか?」
「ディオールは?」
 青年の問いには答えず、代わりに少年は己の問いを重ねる。青年は僅かに逡巡し、それに答えた。
「すでに接触している」
「そう。彼も物好きだね。あそこのドーマは僕達の中でも一番排斥的だというのに。彼にそこまでの魅力があるのか……それとも何か、別な理由があるのかな?」
 問いかけてはいるが、その表情は確信の色を浮かべていた。青年は眉を寄せる。
「どちらにしても、一度挨拶しに行かなきゃと思ってたんだ」
 少年は微笑した。そのまま上体を起こし、青年の首に腕を回して抱きつく。細い腕が絡み付き、甘えるよな態度に青年は僅かに表情を曇らせたものの、その華奢な身体を腕で覆った。そのまま抱きかかえて立ち上がる。
「行くよ、東のドーマに会いに」
 部屋を出る間際、何かを決意したように少年がポツリと呟く。青年は顔色こそ変えなかったが、口調が少し沈んでいた。
「……お前が決めたことだ。俺はそれに従う」
「止めないの?」
「理由がない。それに……」
 青年は少年を抱く腕に力を込める。
「お前にはお前の考えがあるんだろう。それなら、止める権利すら俺にはない」
「考えなどもっていないかもしれないよ?」
「お前はそんな愚かなことはしない」
「買いかぶり過ぎだよ」
 言いながら、少年は曖昧な表情を浮かべ、そのまま縋るように青年の胸に顔をうずめた。
 青年は宥めるように背中をさすり、目を伏せる。この腕の中にいる少年は、普段誰かに甘えることなど滅多にない。そんな素振りを見せる時は、決まって気持ちが不安定な時だった。
「何も心配はいらない」
 言い聞かせるような青年の声は酷く穏やかで、優しいものだった。まるで不安を拭うように。絶対の味方であると示すかのように。
「例え誰がお前を責めようとも、俺だけはお前の味方であることに代わりはない。だから何も不安に思うことなどない」
「……うん」
 力強く言われ、ようやく少年は微かに笑みを見せた。幼く、安堵するような表情。
 それは、少年が唯一青年にだけ見せる、純粋で自然な、笑みだった。



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