13 相性の問題 トントン、と乾いた音が数回鳴った。 冴は突然の訪問者に心当たりがなく、首を傾げながら自室の扉を開けた。 「冴!」 開けたと同時に軽い衝撃を受け、面喰うもしっかりとその身体を受け止め、冴は目を見張る。 「ロコ! 目が覚めたのね」 「ええ。心配をかけてごめんなさいね。冴こそ色々と大変だったみたいだけれど、大丈夫なの?」 「それは……」 一通りオルビス達から説明を受け、今まさに色々と反芻していた最中だった。 大丈夫かと問われれば、素直に是と言えない。 頭がこんがらがって上手く整理ができないでいた。 「ちょっとちょっと、人が説明している最中に乱入してきて大丈夫も何もないんじゃない?」 「オルビス・ジェンファ! なぜ貴方がここにいるのです!?」 「……いちゃ悪いの? 君たちが冴を放置してるから、色々とフォローしてたんじゃない」 「放置などしてません! そもそも貴方たちが奇襲などかけるからこんな事態になったのですわ!」 「相変わらずあー言えばこー言う。いつまで経っても可愛げがないよね、君」 「オルビス」 突然始まった言い合いに成す術もなく見守っていた冴が、ピクリと表情を変えた。 オルビスの顔を両手で包むようにして、少し怒ったようにその瞳を見つめる。 「今のは、よくない」 「……う」 突然叱られたオルビスは引きつった表情を浮かべて言葉を失っていた。 「ロコは可愛いわ。そんなこと言ったら、悲しくなる」 冴の真剣な返答にこの場の誰もが発言することを忘れるほど凍り付いていた。 今までオルビスを叱れる者などいなかったし、そもそもロコとオルビスの口喧嘩をあっさりと止められる者もまたいなかったのだ。 冴の叱責をあっさりと受け入れているオルビスに、ロコも戎夜も、当の本人であるオルビスも、今の状況を処理できずにいる。 「はは、これはなかなか面白いことになってるね」 そんな凍り付いた静寂を破ったのは、のほほんとした青年の声だった。 「ディオ」 「やぁ、身体の調子はどう? 大丈夫かな?」 「身体の方は特に何も……だけど、新しい情報が多すぎて頭の中が変な感じにはなってるけど」 「そうか、オルビスから聞いたんだね」 いつもの笑みを張り付けていたディオールの表情が、困ったように歪む。 それだけで、彼が何を言いたいのか何となく解った。 「ディオ達が言いにくかったのは、なんとなくわかってるから」 だから、ディオールが口を開く前に冴は先手を打った。 オルビスが話してくれた不老長寿の話は、きっとまず何よりも先に説明しなければいけないことだったのだろうと思う。 けれど、それをただでさえ人でなくなったことでショックを受けている冴に追い打ちをかけるように説明できるかと問われれば、難しい話題ではある。 少し落ち着いてから、間をおいてから、と優しい彼らが考えるだろうことも、理解できた。 故意だけど、悪意じゃなかった。 「だから、謝らないで」 「冴ちゃん……」 驚いたように見開かれた蒼の瞳が細められる。 何か言いたそうではあるが、ディオールは頭を振っただけで言葉を飲みこんだ。代わりに、いつもの微笑みを浮かべる。 それだけで、十分だった。冴も釣られて表情を崩す。 「ところで、君たちはいつまで固まっている気?」 蟠りが解けたところで、ディオールが空気のような存在になっている三人に声をかける。その問いにコホンっと咳払いをして、オルビスがバツが悪そうに表情を歪ませた。 「空気を読んで邪魔しないであげたんじゃない。感謝してよね」 「相変わらず可愛げのない返答ね」 「うるさいよ」 我を取り戻した三人はそれぞれ三様のリアクションを返す。相変わらず口喧嘩なロコとオルビスに、疲れたように頭を押さえる戎夜。 「それで? 貴方達は何をしにこんなところまで来たのかしら?」 いい加減実のない会話に嫌気がさしたのか、ロコがざっくりと本題に切り込む。 それまでその場の雰囲気にすっかり流されていた冴は、一瞬で変わった部屋の空気に息を呑んだ。 「今まで自分から関わることなんてなかった貴方が、なぜ凪・リラーゼには興味を持ったのです? それも今更」 「相変わらず空気読まずにぶっこんでくるね、あんたのお姫様は」 皮肉気にディオールに視線を投げると、彼は軽く肩をすくめただけ。 「はっきり聞かなければ、誤魔化されそうですもの」 「まぁ、正直に目的を喋るわけないよね、普通」 「でしょうね。だからこそストレートに訊いたのですけれど?」 「……確かめたいことがあったんだよ」 真っ直ぐなロコの視線に耐えられなくったのか、オルビスが面白くなさそうに吐き捨てた。 「確かめたいこと?」 「詳しいことは言えない。まだ真相を確信したわけじゃないからね」 「どういうことですの?」 「……僕の中で一つの疑問があった。凪・リラーゼに対してね。その疑問を晴らすために、今回の騒ぎを起こしたのは否定しない」 「その疑問とは何なの?」 「言えない、って言ったよね? 確実なことでもないのに無責任なことは言えない。はっきりした時、教えてあげるよ」 オルビスは、反応を窺うようにディオールに視線を向けた。 その視線に気が付いているはずなのに、彼はあえてそれを無視した。その反応に、オルビスは意地の悪い笑みを浮かべる。 「さっき冴にも言ったけど、しばらくお世話になることにしたから」 「何ですって!?」 「……珍しいこともあるものだね。君が長期間人と関わるなんて」 「僕なりの誠意だよ? 怪我人放っておくわけにもいかないでしょ? それに、僕以外に適任者はいないと思うんだけど」 オルビスの台詞に、冴は何のことだろう? と首を傾げた。 適任者とは、どういうことなのだろうか。 「オルビスは医者なんだ」 顔に出ていたのだろうか。察した戎夜が、簡単に説明を付け加える。 「医者?」 「そう、資格を持った正真正銘の医者だ。東のドーマの治療もオルビスがやったんだ」 さらりと言ってのけるその内容が突然すぎて入ってこない。ぽかんと呆けたまま、視線だけが戎夜からオルビスに移動する。 「オルビスが……」 「医者といっても、西ではそれほど珍しくないんだよ。あそこは医学の知識に富んだ大陸だからね」 「東が死の大陸、西が生の大陸と呼ばれている所以でもあるな」 オルビスがなんてことないと言った様子でさらりと告げる。 西の大陸は医学の知識が発展した場所。そこに住む者達は、一般的な応急処置や簡単な治療ならば呼吸をするのと同等レベルでやってのける。幼い頃からそれを教え込まれ、当たり前となっているからだ。 だから西の大陸の者達にとっては、医師の存在は決して珍しいものではない。むしろありふれた存在だからこそ、それを本職にする者はほとんどいない。医師の仕事だけでは儲からないからだ。 それに比べ、東の大陸に医師はほとんどいない。彼らがいたところで、この大陸に住む者ほとんどには治療を受けるだけの金はない。 だから、西とは違った意味でこの大陸でも医師は仕事にならなかった。 「まぁ、確かにそういう意味ではオルビスが適任ではあるけど」 ディオールも理解してはいるが、納得していない顔を浮かべている。 ロコも難しい表情を浮かべていた。 そんなに二人が滞在することが嫌なのだろうか。冴は珍しいものを見たような不思議な気分になる。 「二人がいると駄目だった?」 「ん? 駄目じゃないけど、基本的に生活リズムもそりも合わないんだよねぇ。特にロコとオルビスが」 小声でディオールに尋ねると、あぁ……と納得せざるを得ない回答が返ってきて、冴はようやく腑に落ちた。 確かに、顔を合わせれば喧嘩が始まる二人が共同生活するとなると、大変かもしれない。 「それだったら、私が二人の世話をするから、ロコとディオールは極力関わらない感じで……難しい?」 「僕は必要がない限りそれで大丈夫だけどね。うちのお姫様は無理じゃないかなー。あの性格だから」 素直に納得してしまうのは、ロコに対して失礼だろうか。 冴は困ったように小さく唸る。 凪の怪我のこともあるし、今更二人にやっぱり帰って、というのも失礼な話だ。 (どうしよう……) 「まぁ、こうなったらなるようにしかならないよ」 冴の途方を察したのか、ディオールが苦笑しながら投げやりに言い切った。 |