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 砂埃を立てて、風が強く吹き乱れた。
 高い熱を孕んだ砂を踏みしめ、屋敷の前に佇む二つの影が浮かぶ。
 熱を避けるために被られたマントの中から、屋敷を見上げるような視線が送られた。
「……随分と用心深い結界。僕らの屋敷とは比べ物にならないね、これは」
 まだ少し高音の残る少年の声。
 呆れと感嘆とを交えたそれは、もう一つの影に向けられていた。
「これには骨を折っただろうな」
 少年よりも遥かに長身の、低い声音がそれに答える。青年と呼べるほどの年齢だろう。彼もまた少年同様マントを頭から被っている。
「ますます知りたいよね、ここまでするディオールの理由ってやつをさ」
 少年はクスクスと笑いをたてた。青年は何も言わない。ただ黙って、少年と屋敷を交互に見比べているだけ。
「さぁ、会いに行こうか、東のドーマ、凪・リラーゼに」
 少年の言葉に、青年は頷く。
 二人は同時に屋敷へと歩を進め、入り口に手をかけた。
 必要もないのだろう。鍵はかかっておらず、簡単に屋敷内へ入ることができた。
 玄関を入ってすぐ、真正面に広い階段があり、その途中にある広い踊り場からは左右に別れていた。ワインレッドの絨毯が敷かれ、踊り場の頭上には豪奢なシャンデリアが下がっている。
 二人は入ってすぐの所でマントを脱ぎ捨て、互いに視線を合わせると頷き合った。
 慎重に気配を探り、階段を登る。部屋の一つ一つを調べていき、目当ての人物を捜した。
「まるで迷路だね」
「……迷いそうだな」
「というか、すでに迷ってるのかもね」
 笑みを浮かべながら、少年は金の髪をかきあげた。さてどうするか、と思案していたその時。前方で扉が開く気配がした。
 二人は瞬間身体を硬直させる。
 中から姿を見せたのは、漆黒の髪に、同じく漆黒の瞳を持った長身の青年、凪だ。彼は回廊で立ち尽くす二人の存在に驚く様子も見せず、むしろ気づいていたとでもいうように二人を見据えている。
「……あんたが、凪・リラーゼ?」
 少年は凪を見た途端、肩の力を抜き、確信した声音で尋ねた。
 当然凪は答えない。ただじっと、静かに二人を眺めているだけだ。
「初めまして、だね」
 それでも少年は気に留める様子もなく、薄っすらと笑みを浮かべた。目を細め、吟味するように凪の姿を観察していく。
「戎夜(ジュウヤ)」
 やがて視線を外すと、少年が言い聞かせるような口調で呟いた。それに答えるように隣にいた青年がピクリと反応を示す。だが、すぐにだらりと糸が切れたように項垂れた。
 その瞳には、まるで正気が感じられない。上から糸で吊られているような、今にも崩れそうな体勢だった。
「いきなりで悪いんだけど、試させてもらうよ」
 少年が指をならし、凪が眉をひそめた、その瞬間。
 まるでそれを合図とするように、先ほどの崩れそうな雰囲気が嘘のような速さで、青年がその場を蹴った。






 陽射しが弱まる気配はなく、行きよりも帰りの方がむしろきつかった。
 日が傾き始めているとはいえ、まだ気温が下がる様子はない。砂漠の夜は逆に寒いというが、それに至るにはまだ少し時間がかかるらしい。
 足から伝わる熱と、頭上から届く熱とに挟まれ、冴の体力は消耗しきっていた。いくらドールの自然治癒に恵まれていようとも、暑いと認識するだけで気が滅入りそうになる。
 冴は気だるそうにとめどなく流れる汗を拭い、持っていた荷物を抱え直すと、苦笑を浮かべた。
 ディオールが男達を蹴散らしたあの後、当初の目的どおり三人は買い物に熱中した。まるで先ほどの騒動を忘れるかのように。
 始めのうちは、辺りに気を配ってビクビクしていたのだが、ロコの楽しそうな雰囲気に中てられたおかげか、時間が経つに連れて冴にもすっかり笑顔が戻っていた。
 しかし、少し調子にのりすぎたらしい。気が付けば片っ端から購入していった荷物が山積みになっており、三人は帰り際、重たい溜息をついたのだった。
「冴、もうすぐ屋敷に着くわ」
 冴はその声に回想を打ち切って視線を落とす。ロコが前方を指さしており、その方向に視線を向けると、ゆらりと揺らめく影を捉えた。
 よく目を凝らすと、それが簡素な町の中にそびえ建つ凪の屋敷であることが解る。
「凪・リラーゼはちゃんと留守番してるかしら」
「おいおい、子どもじゃないんだから」
 強制的に持たされた荷物の間から、ディオールが苦笑を浮かべてやんわりとロコを窘めた。
「あんなのワタクシから言わせればまだまだ子どもだわ」
 一番幼いロコが言ったところで、あまり説得力がない。
 冴は曖昧な笑みを浮かべながら、そのまま二人の会話に耳を傾ける。それが、暑さを凌ぐには一番だった。
 しばらく二人はとりとめのない会話を交え、冴はそんな二人の会話を聞きながら、屋敷までの距離を縮めていく。町が近づくにつれ、暑さも薄らいでいくような気がした。
「着いたわ、冴」
 ロコの呼びかけに、冴はハッと顔を上げる。あと数歩歩けば屋敷の玄関に辿りつくという距離に、冴は酷く安堵した。
 帰ってきた。それだけで、疲労も飛ぶような気がする。冴は安心から肩の力を抜こうとした。
「っ!?」
 けれど、その瞬間。
「何!?」
 突然三人の耳に届いた、凄まじい轟音。
「これは……ッ」
 ディオールが驚愕の表情を浮かべる。冴は何が起きたのかわからずに、屋敷を見上げた。
「なっ」
 見上げた先に、黒々と広がる煙。それが異常な事態を告げていることは明確で、それを認識した途端冴は青ざめた。屋敷には、凪がいる。
「凪……っ!」
「! 冴!?」
「冴ちゃんッ!」
 後方で彼女を呼び止める声が響く。それでも冴は、振り向かない。
 二人の制止も省みず、冴は荷物を投げ捨ててその場を駆け出していた。



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