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 明かりは蝋燭の炎だけ。
 シーツに染みた込んだ血が、傷の深さを物語る。ベッドの上に横たえた凪の傷を一つ一つ丁寧に治療していきながら、少年は凪のとった行動を思い返していた。
 盾になるはずのドールを庇い、自ら傷を受けた浅はかな行動。一度ならず、二度までも同じ行動を繰り返した彼に、少年は疑念していた予想を確信へと変える。
「オルビス……」
 凪を診ていた少年にかぶさるように伸びた影。苦渋の色を浮かべたディオールが、少年の後ろに佇んでいた。
「凪の傷は……深いのか?」
「相当ね。手加減しなかったし」
 さらりと答え、少年は凪の身体に包帯を巻いていく。彼の答えに暗い影を落とし、ディオールは尚も質問を重ねる。
「……僕には君の真意が解らない。なぜ凪を襲ったんだ」
「僕にはアンタの真意の方が解らないけどね、ディオール」
「はぐらさかないで、答えてくれないか」
 クツクツと笑いを立てていた少年は、興がそがれたといわんばかりに笑みを殺し、冷たい眼差しをディオールに送る。
「言ったでしょ? 見定めるためだって。何度も同じこと言わせないでよ」
 つまんない奴、と肩を竦めながら呟き、吐息する。包帯を巻き終えて治療が済むと、彼は即座に立ち上がった。その動作を目で追いながら、ディオールは質問を続ける。
「見定めるって、どういうことだ? 凪の一体何を見定めるんだ?」
「……例えば、何でドール化させなかったのか、とか?」
 ふざけた様子で口端を皮肉気に吊り上げる少年に、ディオールは弁解するように説明を足す。
「それは、まだドールを完成させたばかりで……」
「だからアンタはつまんないんだよ。何言ってるの? そんなの言いわけにもならないし、その理由はもう解ってる。ていうかそもそも、僕が一番見定めたいのは彼じゃない。アンタの方だ」
 遮るようにため息をつかれ、まっすぐな視線で見つめられたディオールは、予想していなかった答えに息を呑む。
「これも言ったよ。僕はアンタ達の真意を見定めたいんだ、ってね。だけど、東のドーマのしようとしていることは、だいたい予想がついてる。多分、僕の予想は外れていない。そうなると、ディオールの行動がどうしても解らない。だから、僕はそれを知りたいんだ」
「何を、言って……」
「誤魔化すの? だから大人は嫌いなんだよ」
 オルビスは表情を変えたディオールを睨み付け、ギリリと歯噛みした。
「僕は真意を見定めようとしてはいるけど、およそアンタ達のしようとしてることに興味はない。ただ、それによってもし、戎夜に何か影響するようなことがあってからでは遅いからやっているだけのこと。戎夜に害があると判断した時は、僕はをどんな手を使ってでも止める。絶対に阻止してみせるよ」
 トンっと、ディオールの胸を手の甲で叩き、少年は不敵な笑みを浮かべた。
「これの意味、解るでしょ? その時は、アンタ達二人のドールの破滅だよ。僕が壊してあげる」
 クツクツとこぼれる笑み。ディオールは完全に言葉を失う。
「あぁ、それからもう一つ。僕にはどうしても解せないことがあるんだけど」
 わざと話題を変えるように、少年は愛らしく小首を傾げて見せた。
「どうして彼のドールは、あんなに取り乱していたんだろうね?」
 凪の方に視線を向けながら、問い掛けるような口調で尋ねる少年の表情には、悪戯な笑みが張り付いている。
 その笑みに、ディオールは何かに気づくようにハッと顔を上げた。冷たい瞳とかち合って、彼は嫌な汗が噴出すのを感じる。
「ねぇ? 何であの子はあんな風に傷ついてたの? 自分のドーマが死ぬかも知れないという恐怖から? まさか、そんなはずないよねぇ? だって、僕たちは……」
「オルビス!」
 居た堪れず、ディオールは遮るように声を張り上げた。少年は極上の笑みを浮かべる。
「いいこと教えてあげようか? 今あの子の傍に、戎夜がいる」
「なっ……」
「今から僕は、会いに行くんだ。止める? それでもいいよ。でも、そんなことしたら、あんたは認めることになるね。故意に教えなかった、ってこと」
「違うっ。ただ今は……」
「傷つけたくないからまだ言いたくないって? ふぅん、まぁ、それでもいいけど。でもさぁ、結局どんなタイミングであれ、傷つくときは傷つくんじゃないの? 僕には、あんたの傲慢な偽善にしか見えないんだよね、そういうの。なんていうの、自己満足?」
 淡々と紡がれる、旋律。ただ事実だけを真っ直ぐに、純粋なまでに物語る。
 まるで全てを見通しているかのような台詞に、ディオールは何も言い返せなかった。ぐっと奥歯をかみ締め、拳を強く握り締める。
 その様を冷笑しながら見ていた少年は、勝ち誇ったような態度で部屋を後にした。扉が閉まる音だけが耳に残る。
 遠くなる足音を聞きながら、ディオールはベッドに横たわる凪へと視線を向けた。
 丁寧に包帯の巻かれた凪の身体。腹部は深く傷つけられ、抉られた肩の傷も、治癒するまでには相当時間を費やすだろう。
 普通の人間であれば致命傷となる傷でも、凪が、ドーマが死を迎えることはない。その事実を、少年が言うように冴は知らない。
 教えていないのだから。告げていないのだから。
「……凪、彼女は違うんだ」
 傷つけられた凪の身体。それは、己のドール、冴を守るためについたものだ。盾であるドールを庇い、身を挺してまで守ったために負った傷。
 だが、凪が本当に守ったものは……
「それでも、傷つけられるのを厭うんだな」
 ポツリと、確かめるように零れた言葉は、しかし、凪には届かなかった。



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