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 背後で勢いよく扉が開いた音に、ビクリと肩を震わせながら、冴は咄嗟に振り返った。
「冴ちゃんっ、ここにいたんだね」
 安堵を浮かべたような笑みを見せながら、声の主であるディオールは肩の力を抜く。
 凪が目を覚ました時に、飲む物をほしがるかもしれないと思い、冴が食堂で水を容器に注いでいた時に、ディオールが現れたのだ。
 瞬間、オルビスの忠告が脳裏を掠め、冴は咄嗟に身を引く。
「さっき冴ちゃんの部屋を訪ねたんだけど、いないみたいだったから。凪の部屋にも。心配してたんだ」
 しかし、それはいつもと変わらぬ態度に、優しさ。何も変わらない。何一つ。
「いきなりのことで混乱してるんじゃないかって。まさかオルビスがあんな行動に出るなんて思ってなくてね。あぁ、オルビスって言うのは……」
「西の、ドーマ?」
 ディオールの言葉に続けるように答えると、彼に動揺の色が浮かぶ。
「さっき、話をしたから」
「そう、か……」
 俯くようにいったん冴から視線を外し、それからディオールは真摯な眼差しを向けた。
「何か、酷いこととか言われなかったかい? されたりとか……」
「何も。ただ……」
「ただ?」
「……ドーマは不老長寿、ドールは不変なのだという話を、聴いたわ」
 冴が告げた言葉に、ディオールの瞳が翳り、視線が外された。その不自然なまでの行動に、冴は眉をひそめる。
「オルビスが……」
 哀愁の篭る笑みを浮かべながら、ディオールは小さく呟く。
「ショックだっただろう? いきなり自分はおそろしく長い時間を生きるだなんていわれて。ごめんね。時期を見て話すつもりだったんだ。一度に事実を話せば、冴ちゃんが混乱するだけだろうと、ロコと相談して。でも、結局はそのせいで余計に混乱させてしまった……僕が教えていれば、凪のことであんなに苦しい思いをすることもなかったかもしれないのに。本当に、ごめん」
 ディオールは悲痛な表情を浮かべながら頭を下げる。今度は冴が、それに目を見開く番だった。
 心にあるのは、安堵。
 ディオールは、やはり冴を騙してなどいなかった。きっと、オルビスの思い過ごしだったに違いない。一瞬でも彼らを疑った自分を心中で呵責し、安堵もあいまって、冴は今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
「冴、ちゃん?」
 その表情が居た溜まれず、ディオールは困惑する。だが冴は、滲む涙を指で拭いながらそれを留め、逆に微笑んで見せた。
「ディオは、悪くない。謝らないで?」
 確かにショックは受けたけれど。不変を望んだわけではないけれど、それはディオの、誰のせいでもないのだから。
 結果的に凪は無事だったし、不変にしても、考える時間は後からいくらでもある。
 ならば、それでいいのだ。そのことで、誰かが傷つく必要などない。だから冴は、笑った。
「……ありがとう」
 ディオールもつられるように笑む。空気が一気に柔らかくなり、陰鬱なものは胸の奥底へ沈む。
 今は、何も考えなくていい。解らないことはたくさんある。けれど、今は無理に考えなくてもいい。冴は思考を切り替えるように話題を変えた。
「そういえば、ロコは?」
 冴といる時以外は、必ずといっていいほどディオールの傍に当たり前といった顔でいるのに、今はその姿がない。
 ロコといえば、やはりあの態度の変化がずっと気になっていた。自分を庇ってくれた彼女は、けれど呼びかけても答えず、酷く冷たい眼をしていた。
 凪のことでいっぱいだったために、その後ロコがどうしているのか冴は知らない。気にはなっていたが、オルビスから聞かされた事実やらで正直頭が廻らなかったのは弁解できなかった。
「……ロコなら、今眠っているよ」
 ロコの名が出た途端、ディオールは表情を曇らせる。苦痛に満ちたその顔は、見ていて酷く居た堪れなかった。
「ロコに、何かあったの? 調子が悪いとか……」
 彼の様子からして、あまり芳しくない状態なのだろうか。冴は這い上がってくる不安を隠し切れずに、心配そうな表情を浮かべる。だが、ディオールはそれに首を横にふった。
「何もないし、元気だよ」
 そうはいうが、明らかに何もない雰囲気ではない。けれど、ディオールはその『何か』を告げる気はないらしい。冴はそれを感じ取り、これ以上は何も聞けなかった。
「ディオールは自分を責めているんだよ」
 しかし、まるで代弁するかのような答えが紡がれる。聴いたことのある、少し高音の残る声が響いた。予期せぬ登場にも大分慣れてきた冴は、さほど動揺も見せずに声の主の姿を求めて視線をさまよわせる。
 捉えた視線の先に、先ほどまで話をしていた二人、オルビスと戎夜が佇んでいた。入り口の前で腕を組み、自信に満ちた笑みを浮かべるオルビスは、さも当然と言わんばかりに言葉を続ける。
「自分のドールを武器として扱ったから、居た堪れないんでしょ」
 けれど、彼の口を伝って出てきたそれは、冴にはすぐに理解されなかった。彼女は驚くでもなく、首を傾げるでもなく、今告げられた言葉自体が聞こえなかったとでも言うように、反応を見せない。
「オルビス!」
 一方ディオールは、少年の言葉に声を張り上げた。珍しくその顔に怒りを浮かべて。
「何怒ってるの? あぁ、図星を指されて頭に血が上ったんだ?」
「そうじゃない! オルビス……やめるんだ」
「やめろ? 何言ってるの? また、冴に隠し事するの? 都合の悪いことは全て隠蔽? だから大人は嫌いなんだよ」
「違うッ。だが今は!」
「何度も言わせないでよ。今だろうが後だろうが、受けるショックは同じじゃない。それだったら、早い方がいいんじゃないの? 何も知らずに過ごすことは、確かに幸せなのかもしれない。そう、永遠に何も知らなければ、ね。でももし、それを知ってしまったら? どの道隠せやしないんだから。そうしたら、その時冴は思うはずだよ。どうして教えてくれなかったの、と。ディオール、あんたに失望するはずだ。その感情の分だけ、冴は余計に傷つくことになるんだ」
 違う? と勝ち誇ったような眼差しで、オルビスはディオールを射抜く。ディオールは何も言い返せなかった。ぐっと拳を握り、俯く。
「ディオールのはただの偽善なんだよ。ショックを受けるから、傷つけてしまうからという理由で、一時的な優しさを見せても、結局は本人を傷つけることになる。笑っちゃうよ。何が救いだ。何が同士だ。ホント笑っちゃうよ。一番穢れてるアンタがそれを言ってのけるんだから」
「おやめなさいっ!」
 凛とした、静止の声が響く。水を打ったような静寂が流れ、まるで時が止まったかのよう。冴はその聞きなれた声に打たれるように視線を投げた。
 見間違うはずのない、その容姿。緩く巻かれた髪が乱れている。開け放たれたままの入り口に仁王立ちし、真っ直ぐな視線を向ける少女、ロコがいた。
「ロコ……」
 一番に彼女の姿を認めたディオールの表情が、驚愕に染まった。
 冴も思わず目を見開く。眠っていると聴いていたし、先ほどの変貌が嘘のようにいつも通りな彼女を目にして、軽い混乱が巻き起こる。
「それ以上ディオを罵倒することは、このワタクシが許さないわ」
「これはこれは。ようやくお目覚めですか? ディオールのお人形さん」
「……言葉を慎みなさいな。オルビス・ジェンファ」
 くすくすとワザとらしく笑うオルビスを睨み付けるロコ。
「失礼。怒らせちゃったみたいだね」
 ロコの視線を受け止めながら、楽しんでいるような態度を見せるオルビスに、戎夜が僅かに息を漏らす。彼はあくまで傍観に徹していた。
「でもごめんね? 今君と喧嘩してる暇ないんだ。僕は冴に用があって捜してたんだから」
 オルビスの台詞に、ロコは訝しげに眉をひそめ、冴は首を傾げた。用、とはなんだろう。先ほど話をしたばかりだというのに。
「まだ話してないことがあったのを思い出してね」
「話……?」
 オルビスは頷くと、ちらりとディオールを垣間見る。視線が交錯し、ディオールは難しい表情を浮かべた。
「冴、気になってるんじゃない? 始めて会った時の戎夜と、今の戎夜が全く別人の様な態度をとっているのが。それと……ロコの変貌も」
 それは、ずっと気になっていたことだった。無慈悲なまでに凪を襲った戎夜と、目が覚めた時の戎夜の態度が、全く異なっていたことに。そして、同じように突然冷たい瞳を宿したロコのことも。冴は僅かに頷いた。
「それはね? 僕が戎夜をドール化させたから。ロコも同じ。ディオールが彼女をドール化させたからなんだよ」
 その言葉に、ロコとディオールが同時に反応を見せる。一瞬瞳を曇らせ、けれどロコはすぐに挑むような視線をオルビスに送り、ディオールは唇を噛んで俯いた。
 ドール化……
 凪を襲う戎夜ごしに、オルビスがそんなことをいっていたような気がする。冴は咄嗟に記憶を手繰りよせた。

『何で庇う、ドールを。何でドール化させない?』

 それはいったい、どういうことなのか。
 困惑を浮かべた冴の表情を読み取り、オルビスは口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「教えてあげるよ、冴。ドールに与えられた桁外れな自然治癒と、運動能力という名の、戦闘能力の意味をね」



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