X





――――――道魔……それは、力を持って人形を操る者達の、異名


「戦闘、能力……?」
 静謐な空間に響き渡ったオルビスの言葉。それを繰り返し、冴は問うた。
 並外れな運動能力という名の戦闘能力。
 闘う、力。
 ドールに備わっている、力……?
「僕達は異質だ。異質なものは蔑まれるが常。時には身の危険もあるんだよ。だからね、ドールっていうのは、本来はドーマの盾。ドーマの矛。自分の身を守る武具として、僕達は使うことができる」
 ドーマの盾。ドーマの矛。
 ドーマを守る、武具。
「でもね、ドールには魂がある。だから、本当の人間のように動くし、喋る。そうすれば、心だってある。心あるものには、どうしても躊躇いが生じる」
 人を傷つける際に。他人を襲うことに。
 だがその躊躇いが、時に災いを呼ぶことも、あるのだ。
「いくら操られていても、意思があればどうしても隙ができてしまうんだよ。そしてその隙が、ドーマにとって厄介な展開を引き起こすこともある。だからこそ、それらを回避するために僕らには必要なんだ。意思を持たないドールが」
 冷たい瞳を宿し、オルビスはくっと喉を鳴らす。冴はその冷たい笑みに息を呑んだ。
「ドーマはね、己の創った人形を思うがままに動かすことができる。でもそれは、戎夜や冴達みたいな、魂を得たドールだけ。だから君達には、心が、意思がある。そうすると、それによって躊躇いが生じる。それでは困るから、僕達は一時的に殺ぐことができるんだ。ドールの意識を。心を」
 オルビスの言葉に、ディオールはグッと拳を握りしめた。
「冴も見てたでしょ? 南のドールの変貌を。いつもと違った雰囲気に、態度。あれはね? 彼女の意識、感覚、心すらも一時的に消し去って、完璧な操り人形にした姿なんだよ。その力は、無情なだけに強大なもの」
 完璧な操り人形。
 心を、消し去る……?
「一時的な洗脳と思ってくれればいいよ。『冴』という人格を、君のドーマである凪・リラーゼは支配できる。それは冴の意思に関係なく、ね。だからこそ、最強の武具となるんだ、ドールは」
 それは無我だから。無情だから。
 一切の感情を消し去り、受けた傷の痛みも感じぬように感覚をも殺す。躊躇も情けもなく、ただ無慈悲に命令された通り動く、完璧なる操り人形。
 だからこそ、ロコも戎夜も、あんなに冷たい瞳を宿していたのだ。ドール化した時と、そうでない時の態度がまるっきり違うのも、当たり前だ。
「ある程度の距離があっても、僕達はドールを操ることができるから、安全な場所からドールを動かせばいい。まぁ、ドーマが腰抜けだったら、いかに最強の武具といえど、持ち腐れ状態になるわけど。ねぇ? ディオール」
 ニッコリと子どもらしい笑みを浮かべ、オルビスはディオールを見遣る。視線を合わせようとしない彼を嘲笑うように見上げ、オルビスは肩を竦めた。
「ディオは腰抜けなどではないわ! 貴方にそのようなこと、言う資格があるの!? ドールをただの物としか見ていない貴方に!」
 答えられないディオールの変わりに、ロコが反論する。怒り露に、オルビスを睨みつけた。
「ドールは人形。人間じゃなくて、人形なんだよ。何を勘違いしてるか知らないけど、人形は物だ。僕達ドーマによって生かされているだけ。そうでしょ?」
 ロコの非難するような眼差しをも淡々と受け流し、オルビスは淡白に答える。何か間違ってる? と問いた気な表情を浮かべ、おかしそうに笑った。
 ドールはドーマと一蓮托生。ドーマがいるから、生き続けることができる。ドールの生死を握るのは、常にドーマなのだ。
「それに、僕の物を僕がどうしようと勝手でしょ。君に指図される覚えはないし、戎夜だってそれを承知してる。何が悪いの? 何が間違ってるの? 自分の物差しで人を測るのはやめてくれない?」
 冷ややかにさらりと言い放つオルビス。それなのにも関わらず、一瞬傷ついたような表情を浮かべたのを、冴は見逃さなかった。だからこそ、彼の言った台詞に違和感を覚える。
 おそらく、他の者から見ればオルビスの表情の微々たる変化など気づきもしないだろう。だが冴は、そういう変化に敏感だ。いつも母親の顔色を伺っていたせいもあるのかもしれない。怒らせないように常に表情を読み取り、内心を見据え、見極めてきた。そこから培った洞察力のなせる業か、きっと本心からの言葉ではないと冴は確信する。
「ッ……」
 賺した表情のオルビスに、ロコは唇を噛んだ。彼の言っていることも間違ってはいない。互いに同意しているのならば、いくら他人が言葉を連ねても無意味だ。だがそれでも、物として扱うという考えは許せなかった。どうしても。
「それより、僕には何でディオールが自分を責めるのかが解らないよ。たかがドール化させたくらいで」
 淀んだ空気を入れ替えるようなタイミングで、オルビスは新たな会話を広げた。
 ドール化。
 その言葉に冴はハッとし、ディオールとロコに視線を向ける。そうだ、ロコがドール化したのならば、それはディオールが『使った』ということになる。
 一時的な洗脳……全てを無にし、本当の人形のように操る力。
「っ、僕は……ッ」
 ディオールは言いかけて、ロコを振り返る。それから顔を歪め、口元を抑えて部屋を飛び出した。その顔に浮かぶのは、悲痛。
「ディオ!」
 ロコが後を追う。続くように部屋を出て行った彼女の後ろ姿を目で追い、冴は二人の名を呟いた。
「ロコ……ディオ……」
 なぜ二人共がそんなにも苦しそうなのか解らずに、冴も後を追いかけようとした。だが、腕を掴まれる感覚に出かけた足を咄嗟に止める。
「あんまり干渉しない方がいいよ、冴」
 オルビスに止められ、冴は途端に身体の力が抜けていくのを感じた。自分が、あまりにも無力だと突き付けられたような気がして。
 冴はドール化しなかった。凪がそれをしなかったから。
 誰も守ることができず、ただ守られて。傷ついて欲しくない人達が傷ついても、見ているだけ。何の役にも立たない自分。守られるだけの自分に、ほとほと嫌気がさしていた。
 守りたかったのに。凪が、誰も傷つくのを見たくなかったのに。
 ロコもディオールも、傷ついている。ドール化……そのことで、心を痛めている。
 物として扱うこと、扱われることに対して、極端な拒絶反応を見せていた二人が、どんな思いで自分を助けてくれたのかは解らない。ロコをドール化させることを、ディオールが躊躇わなかったわけがない。
 どんな思いで……冴は唇を噛む。
 二人の心情を思うと居た堪れなかった。もともとこうなった原因は自分にあるのだから。
 冴があの時、ディオール達の制止を無視して凪のもとへ駆けたりしなければ、あるいはロコをドール化させることはなかったかもしれない。また別の展開もあったかもしれないのに。
「……お前が気にすることじゃない」
 突然肩を叩かれ、冴はハッと顔を上げる。振り向くと、複雑な表情を浮かべた戎夜が佇んでいた。
「戎夜、さん」
「俺達にも非はあるが、後は二人の問題だ。お前が傷つく必要はない」
「そうだよ。冴は完璧な被害者なんだから」
 先ほどまでの冷酷な表情とはかけ離れた人懐こい笑みを浮かべ、オルビスは戎夜の後ろからひょこりと顔を出す。
 彼らなりの励まし方なのだろう。冴はそれに、僅かな微笑を浮かべた。



BACK   TOP   NEXT