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 しばし沈黙が落ちた部屋に、威勢のいい声が轟いた。
「冴ッ!」
 開け放たれた扉の向こうから駆け寄ってきた幼女に、冴は咄嗟に反応を示す。
「ロコ?」
「こんな所にいたのね、冴……会いたかったわっ」
 満面の笑みを浮かべ、ロコはほぼ体当たり状態で冴に抱きつく。
「ろ、ロコっ、どうして?」
 今まで以上に大胆なその態度と、突然の出現に冴は戸惑いを隠せない。
「たまたま前を通りかかったら、冴の気配を感じ取ったものだから、つい」
 気配など解るものなんだろうか。思うも、冴はそれを口には出さなかった。それよりも、気になることがある。
「ロコ、ディオは一緒じゃないの?」
 いつもたいてい行動を共にしているはずなのに、今に限って彼の姿はない。珍しいこともあるものだと小首を傾げると、ロコは渋面を作った。
「ワタクシも先ほどから探してるの。その様子じゃ、冴も知らないのね」
「いないの?」
「屋敷中探し回っているのだけど、何せ相手も一箇所に留まってはいないでしょうから、なかなか捕まらなくて」
 確かにディオールはどちらかというと行動派だ。凪のように同じ場所にじっと留まっているタイプではない。フラフラと思いついた場所へ絶えず移動を重ねているような感じだ。
「全く、パートナーのワタクシを置いてきぼりなんて何を考えてるのかしら、ディオったら」
 呆れたように肩を落とし、ロコは溜まっていたのだろう愚痴を零した。
「それはそうと、ワタクシも気になっていたのだけれど。どうしてオルビス・ジェンファなんかと一緒にいるの?」
 決して本人に悪気はない。ロコは意外な組み合わせに素直な反応を見せただけに過ぎないのだから。しかし、そんな彼女の失礼極まりない台詞に、オルビスが黙っているはずもなかった。
「勝手に人の部屋に入ってきておいて、随分なこと言ってくれるじゃない」
「あら、正確には貴方の部屋ではないわ。冴が貸してくれているのだから」
 嫌味で言った言葉を逆に返され、オルビスは面食らう。ロコの言っていることは正論なのだが、それを素直に認めるのは癇に障る。
「だ、大体、ノックも無しに勝手に部屋に入ること自体マナー違反じゃないか」
「まぁ、ワタクシはちゃんとノックしたわ。聞こえなかっただけじゃなくて?」
「嘘だ。絶対してない」
「したわ」
「してないっ」
「しました!」
 言い合い、互いに睨み合う少女と少年。
 最早何のための言い合いなのかも解らないが、今にも触発しそうな雰囲気に、冴と戎夜はさすがに傍観しているわけにもいかなくなった。
「ロコ、お、落ち着いて」
「オルビスも落ち着け」
 これ以上険悪ムードを高めるわけにも、放っておくわけにもいかず、二人は困ったような表情を浮かべて仲裁に入る。
 それでお互い我に返ったのか、ハッとしたように両者とも口を噤んだ。
 自分の失態を見られ、ロコは居心地が悪そうに顔を歪める。オルビスもバツが悪そうに舌打ちした。
「と、とにかく喧嘩は良くないわ」
「そうね。確かに大人気なかったわ」
 宥めるように紡いだ冴の言葉に便乗するように、ロコが頷きながら答える。それを聞いたオルビスは、嘲笑を浮かべた。
「見た目に加えて中身があれじゃ、説得力まるでないよね。何百年も生きているとは思えない」
「なっ……」
 さらりと言ってのけたオルビスに、ロコは顔を引きつらせる。
「貴方失礼すぎるわ! レディに対してなんてことを! こんな屈辱初めてよ!!」
 案の定、過敏なほどの反応を示したロコは激怒した。一度治まった怒りが再び上昇し、爆発する。
 一通り喚き散らして、彼女は入ってきた時同様、勢いよく部屋を飛び出していった。
「ロコ!」
 そんな嵐のような少女の退出に、冴は慌てて後を追う。その後ろ姿を見送りながら、戎夜が小さく溜息をついた。
「オルビス」
 どこか諌めるような、彼にしては珍しく責めているような口調で呼ばれ、オルビスは不機嫌を隠そうともせずに戎夜を見上げる。
 その瞳はどこか愁いを帯びていた。
「なぜいつも南のドールにはあんな態度をとる」
「……大嫌いだから」
 フイッと顔を背け、顔をしかめながら零したその台詞には、精一杯の虚勢が感じられる。戎夜は僅かに肩を竦め、そっぽを向いて完全に機嫌を損ねてしまった主を抱き上げた。
 オルビスは、興味のない者には一ミリの慈悲も与えない。敵とみなした者には、それこそ容赦がない。
 それなのに、ロコに対しては毎回とる態度が違う。普段ならばドール化した相手を容赦なく叩き潰すのに、彼女に対してだけは傷つけるのを躊躇うし、そうかと思えば先ほどみたいに容赦なく酷い言葉を突きつける時もある。
 その矛盾した態度の原因を、戎夜は解っていた。
「嘘だ。本当はその逆なんだろう?」
 突然視界が高くなったことに驚くでもなく、オルビスは自分の顔が見えないように戎夜の胸に顔を埋める。
 ロコに対してだけは、興味がないわけでも、敵と見なしているのでもない。
 本当は、どこまでも真っ直ぐで、真っ白なあの少女に憧れているだけ。
 どんなに長い時を過ごしても、穢れすら見せないロコが羨ましかったのだ。それに対し、自分はなんと醜いことか。
 大人になりたくなくて、成長なんてしなくていいと心の成長を止めた。
 そうしなければ、正気でいられなかったから。
 自分は、成長の停止という形で、子どもである心に必死に縋り付くことで、正気を保っている。
 けれど、あの少女はどうだ?
 何もしなくとも、彼女は真っ白のままだ。あえて成長を止めるわけでもなく、何百年と生きていても、一点の曇りもない。
 穢れを知らず、自然体であるロコ。
 それに比べ、必死に虚勢を張って成長を拒み続ける自分は、みっともなく醜い。
 だから、羨ましいと思うあまり、酷いことを言ってしまうのかもしれない。どうしても、憧れが嫉妬となって態度に出てしまう。あの少女の真っ白さに耐えられずに。
 汚い自分を突きつけられるみたいで、苦しくて。
 いずれは、大人という成長に侵食されていく心を、拒み続けることができくなることが怖くて。
「……嫌いだ、あんな人形」
 それはまるで自分自身に言い聞かせているかのよう。
「僕は、戻ることも進むこともできない……」
 あの真っ白だった頃の自分に戻ることも、成長を受け入れて前へ進むこともできずに。
 この場に立ちつすくことしか、術を知らない。
「醜い人間だね、僕は」
「オルビス……」
「こんな八つ当たりなんて。本当に、醜い」
 手で顔を覆い、オルビスは静かに自嘲した。



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