×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。






\





「怪我を治す気ないんじゃないの?」
 怒るよりも心底呆れたような表情と口調に、冴は困ったような笑みを浮かべる。
 気を失った凪の治療を頼むために、おぼつかない足取りのまま戎夜を追いかけた彼女の姿は、いうまでもなく悲惨としか言いようのない格好だった。
 自分の服の裾を引っ張った彼女を見た瞬間、さすがの戎夜もあからさまに焦りの色を浮かべたほどだ。着ている服を血で染め上げ、正気をなくしかけていれば慌てもする。
 どこかはっきりしない冴の説明でも状況を汲み取った彼は、そのまま彼女を引っ張るようにしてオルビスの元へと駆けた。
 そんな二人を出迎えたオルビスはもちろん、一緒にいたロコが冴の姿を見て卒倒しかけたのは言うまでもない。
「あれほど安静に、って言ったはずなのにね。まぁ、傷口は開いちゃってるけど、言うほど酷くないし、また当分は動けないだろうから今度こそ懲りるでしょ」
 半分以上起こった状況をつかめない中、治療をしながら文句を零すオルビス。そんな彼に感謝しながら、冴はとりあえず安堵の色を浮かべた。
「ありがとう、オルビス」
「うん。まぁ、冴に頼まれちゃったら断れないしね。というか、冴の方こそ大丈夫?」
「え?」
「どこか上の空だよ。やっぱり不安なの?」
 じっと心配そうに自分を見上げる少年に、冴は僅かに眼を見開いた。あからさまに心配させるほど、今の自分はおかしいらしい。
「だ、大丈夫」
「ホントに? 無理してない?」
「本当に、大丈夫」
 強く頷いてみせると、オルビスは仕方なくといった風に折れた。これ以上追求しても冴は何も答えないだろう。それに、そのこと以上に気になることがあったせいでもある。
「それならいいけど。それにしても、ディオールはどこに行ったんだろうね?」
「……そういえば」
 いつもならあるはずの人影がない。この状況で彼がいないのは、あまりに不自然だ。
 オルビスは何かあるな、と中りをつけ、含ませた口調で告げた。それに対し、冴は今気がついたといわんばかりに辺りを見渡す。
 神出鬼没な青年。だが、不思議と違和感のない存在。ふわりふわりと、まるで風のように気まぐれで、でもいざという時頼りになる彼。
「ロコが探しに行ったけど、果たして捉まるかどうか」
 神妙な面持ちで考えこむオルビスを見ながら、冴は幼女の姿を思い浮かべた。オルビスを呼びに戎夜につれられ部屋を訪ねたそこにいた少女は、冴の姿を見るなり悲鳴を上げて卒倒しかけた。
 冴が傷ついたわけではないことを知ると、とりあえず気は持ち直したものの、どこか顔色は良くないままだった。そんな状況下でロコは事の騒動を伝えるべく、当初の目的を思い出したかのようにディオールを探しに行ったのだが……未だ二人が現れる気配はない。
「ま、そのうち見つかるでしょ。それじゃ、僕は部屋に戻るよ。また何かあったらいつでも呼びに来て」
「ありがとう」
 軽く手を上げ、オルビスは踵を返した。それに戎夜も続くのかと思いきや、彼が後を追う気配はない。どこか難しい表情を浮かべて、冴を見下ろす。
「……あまり深く思いつめるな。ドーマは外傷では死なない。大丈夫だ」
「戎夜さん……」
「オルビスが言っていたように、少し傷口が開いただけだ。数週間もすれば完治する」
 凪の容態のことで気を落としているのだと思い込んだ戎夜は、できる限りの言葉で慰めた。冴はそれに微苦笑を浮かべる。
 確かにあの傷を見せられて心配しないわけではないが、ドーマが死なないことも聞いている手前、以前のように取り乱すことはなかった。
 それよりも、別のことで受けた衝撃の方が強かった。

 始めて触れた、凪の『優しさ』

 そのせいなのか、先ほどから鳴り響く鼓動と、どこか釈然としない感情が渦巻く。
 ここにいろと言ってくれたあの言葉と、どこか縋るような表情に打たれて。
 どんどん強くなる想いに、思考が追いつかない。
 解らなくなる。
「私……」
 俯いた冴を見て、泣きだしてしまうのではないかと思い、戎夜は狼狽した。どうすればいいのか解らないこの状況に居た堪れず、そっと肩に手を置くと、戎夜はそのまま自分の方へ体を引き寄せた。
 それはまるで壊れ物を扱うような慎重さで、優しく抱きしめる。
 言葉こそないが、彼の優しさが全身に伝わり、それと同じくらい温もりを感じることができた。とても安堵できる心地良さ。
 けれど。
 冴が欲しい温もりは、彼のではない。
 想いは蕾。
 徐々に膨らみ孕んでいく想いに、彼女はまだ気づかない。
「苦しいの」
 どうして。
 どうしてこんなにも苦しいのか。

 凪・リラーゼ

 どんなに冷たくされても、拒絶されても、いつも真っ先に浮かぶのは冷たい瞳をした青年の姿。
 漆黒の髪と闇色の瞳を持つ、決して心を許してはくれない、彼女にとっては唯一無二の存在。
 自分がドールで、彼がドーマだからなのか。
 この特殊な関係のせいなのか。
 こんなにも、胸が張り裂けそうなのは……
 彼が、凪がいなければ生き続けることのできない身体。
 意思とは関係なく自分の全てを支配できる絶対的な存在。
 己の何を投げ打ってでも守りたいと思える者。
 これがドールの本能か。
 果たして、それだけで括れるものなのか。
―――――解らない……
 ただ、傍にいたい。
 傍にいて欲しい。

 この想いが、後にドーマとドールの関係の枠を超えたものへと成長することを、彼女はまだ知らない。



BACK   TOP   NEXT