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 初めから、凪が向けてくるのは敵意だった。
 今も昔も、一ミリたりとも凪は彼のことを信用してはいない。
 そんなことは、解っていた。
 それでも、見捨てられなかった。
 放っておけなかった。
 凪が自分と重なるから。
 同じ思いをさせたくなかったから。
 だから、手を貸した。

 青年はある一室の前で歩を止めると、ドアノブに手をかけ、扉を引く。
 キィと軋む音と共に広がった光景に、彼が表情を変えることはなかった。
 静かに部屋の中へ入り、扉を閉める。
「……ごめん」
 搾り出すような掠れた声。頭をたれる彼を出迎えたのは、『失敗作』。
 動くことのない、完成すらされなかった出来損ない。
 あげく、放置されたガラクタ。
 それは手だけだったり、頭だけだったり、足だけだったり……
 まるで死体の山のような光景。
 そして、この犠牲の果てに作り出されたのが、最高傑作である冴―――――器だった。
「ごめん、冴ちゃん」
 青年は唇を噛む。
 浮かぶは悲痛の眼差し。転がる『それら』に視線を向け、懺悔する彼の姿は、酷く小さく見えた。
 深海のような蒼の瞳が鈍く光る。
 光を反射すれば赤に輝く茶色の髪も、今はくすんで見えた。
「このままじゃ、冴ちゃんまで失うことになる」
 大切な者を失ってから、凪は少しずつ狂っていった。
 全てを憎み、恨み、拒んで。
 たった一つの望みを叶えるために、尊い生命さえも犠牲にしようとしている。
 禁忌に手を伸ばし、躊躇いなく『彼女』を利用する。
 そんな凪に手を貸したのは、紛れもない彼、ディオールだ。
 言い訳のできない、これは少女への裏切り。例え凪の真意を知らなくとも、手を貸したのは事実。
 禁忌を犯そうとしている彼に気づいた時には、もはや遅すぎたのだ。
 何もかもが。
 もう誰にも、凪は止められない。
 彼は、彼の求めるものだけを見つめ、生き続けている。

 犠牲は、一人の少女

 何も知らぬ、無垢な少女。
 全ての始まりは、もう遠い過去。
 けれど、悪夢はこれから始まる。
 遠い悲劇の果てに幕を開けようとしている悪夢を知るものは、少ない。
 それを知る青年は、何もできない自分を責めるかのように壁に拳を殴りつけた。
 含む苛立ちをぶつける様に。
 何の疑いも持たず自分を信頼する一人の少女の姿を浮かべ、歯噛みする。

 助けられない
 止められない

 無力な自分を呪い、青年はその場に蹲った。



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