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「……帰ったんだ?」
 ロコとディオールを見送った後。しばらくロビーで呆けていた冴に声をかけてきた少年は、どこか複雑そうな表情を浮かべていつの間にか隣に並んでいた。
「オルビス」
「寂しい?」
 悪気はないのだろう。冴の心を見透かしたような直球な問いに、彼女は微苦笑を浮かべることしかできなかった。
「ま、僕としては煩いのがいなくなって清々したけどね」
 くるりと方向転換し、オルビスは玄関とは反対方向へと歩き出した。その姿を目で追いながら、数秒遅れて冴も踵を返す。
 何となく横に並ぶのは気が引けて、少しはなれて後ろをついて歩くこと数分。オルビスが唐突に歩を止め、冴を仰ぎ見た。
「もしかして、警戒してる?」
 問われ、冴は動揺する。別に警戒しているわけではないが、何となく無意識に距離をとってしまう。この屋敷にもうディオールとロコがいないと認識せざるを得なくなった今、自分を庇護するものはいない。
 頼り切っていたわけじゃないが、心の問題なのか、いるだけで安心できた存在がいないとなるとどこか気を張り続けなければいけない気がして、無意識に距離を置いていしまう。
 オルビスを信用していないとか、そういうわけでは決してないのだ。
「そ、そういうわけじゃ……」
「バカだな、冴。ディオール達がいなくなって僕が急に態度を変えるとでも思ったの? 心配しなくても、冴には手を出すつもりはこれっぽちもないから安心していいよ」
 冴には、というところあえて強調し、おかしそうに笑うオルビスに複雑そうな顔を向ける冴。裏を返せば、冴以外の安否は保障しないってことだ。
 ならば、凪に危害を加える可能性は十分にありえる。
「それと、病人に手を出す医者なんてもっとありえないからね」
「それって」
 凪に対しても敵対意識はないということだろうか。少なくとも、今は。
「それに、怪我人襲うなんて僕のプライドが許さないし」
 最初からその気がないといえばいいのに、全く素直じゃない。気づいた冴は、無意識に顔を綻ばせた。
 その表情に、オルビスは息を呑む。
「か……」
 出かけた言葉を咄嗟に飲み込み、複雑そうに顔をしかめる。一体、何を言うつもりだったのか。
 その名は、口に出してはいけないもので、思い出してはいけないもので……
「オルビス?」
 急に沈黙した少年を心配そうに見つめ、冴は恐る恐る手を差し伸べる。もう少しで触れるか触れないかというところで、冴の手は乾いた音と共に弾かれた。
「っ……!」
 それは、拒絶だった。オルビスの思いもよらない拒否に唖然とし、行き場をなくした掌を下ろす。
「ご、ごめ……っ」
 呆然と少年を見つめる冴よりも、弾いた本人の方が驚き、彼にしては珍しく取り乱していた。己のとった行動が信じられず、焦っているかのような。
「ごめん、冴」
「ううん、私もいきなりだったから、ごめんなさい」
 お互い謝るも、気まずい雰囲気が一度流れてしまうと、もうどうにもできなかった。この妙な沈黙を破る方法が見つからず、向き合ったままただゆっくりと時が流れていく。
 非情に居心地の悪さを感じながら。
「どうした?」
 そんな時。救世主とも言わんばかりに現れた第三者に、二人は同時に顔を上げた。どこかホッとするような表情を浮かべる冴とオルビスに首を傾げ、戎夜はどこか訝しそうに顔をしかめる。
「どうかしたのか?」
「別に何もないよ」
 戎夜の問いに、先ほどまでの妙な雰囲気が嘘のように、いつもと変わらない態度でオルビスが答えた。冴も遅れて頷き、明らかに何もなかったようには見えない二人に、戎夜は首を捻る。
「それより、戎夜こそどうかしたの?」
「特に用は……オルビス、やはり何かあったんじゃないのか?」
「何にもないって」
 話題を逸らそうとしている少年を訝しみ、問いただそうとするあまり堂々巡りな会話が続く。
「だがオルビス……」
「あぁっ、もう! うるさいッ」
 そんな二人をハラハラと見守る冴を余所に、オルビスは少し苛立った声を上げた。叫んだ少年の言葉には、どこか物悲しさが読み取れる。
「オルビスっ」
 だからなのか。機嫌悪く去っていくオルビスを追いかけようとした戎夜の服を掴んで止め、行動に移していたのは。
「私が、追いかけます」
「ま……っ」
 驚く戎夜を置いて、冴は駆け出していた。すでに姿の見えなくなったオルビスを追いかける。何故かは解らないけれど、自分の手を振り払った時のオルビスの顔が脳裏に焼きついてはなれない。
 一人取り残されたような、母親とはぐれてしまった幼い子どものように傷ついた顔。
 あんな風に表情が歪んだオルビスを見たことがなかったからかもしれない。今放っておいたら、何かが変わってしまうような気がした。
「オルビス……待って、オルビスっ」
 広く長い廊下。廊下の角を折れた所で少年の後ろ姿に追いつき、冴は思い切り叫んだ。その呼び止めに、オルビスはビクリと肩を揺らす。
「冴……」
 振り返った彼の表情は、酷く強張っていた。その表情が、また冴の胸をつく。
「何か用?」
「……解らないの」
「は?」
 用があるのかどうかも。なぜ追いかけたのかも。ただ何となく、追いかけなければいけないような気がしただけで、確定した理由はない。だから、それをどう答えればいいのか解らなかった。
 案の定、そんな風に返されるとは思ってもいなかったオルビスは、戸惑いを見せている。
「ただ、気になって」
「……」
 その外見に相応しくない、冷酷な笑みや言動は見たことがあっても、傷ついたような表情をあらわにしたことはなかったから。ものすごく傷つけるようなことをしてしまったのではないかと、気になって。
 だから、追いかけた。
「さっきの事気にしてるなら、謝るよ。あんな風に拒絶するような反応して、気分悪かったでしょ?」
「っ、違うの、そうじゃなくて」
 拒絶するような態度をとらせてしまった理由は、一体何なのか。それを知りたかったのに、オルビスはそこには触れようとしない。ただ、静かに謝るだけ。
「ごめん、一人にさせて」
 言って、背を向ける少年の姿は、どこか儚い。
「ごめん。ホントにごめんね、冴。こんなこと、思っちゃいけないけど、でも、冴が母様だったら……よかった」
 顔だけ振り返り、今にも泣き出してしまいそうな表情でオルビスは告げる。
「え?」
「ごめんね」
 もう一度繰り返すと、彼は地を蹴った。走り去っていく少年の姿を眺め、冴は立ち尽くす。
 追いかけることも、問いただすこともできず。
 だって、その姿は……

 あまりにも辛そうで。
 あまりにも苦しそうで。

 だからただ、告げられた言葉を何度も何度も反芻させることしかできなかった。



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